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冬の星々(140字小説コンテスト第4期)応募作 part5

季節ごとの課題の文字を使ったコンテストです(春・夏・秋・冬の年4回開催)。

冬の文字 「広」
選考 ほしおさなえ(小説家)・星々事務局

「冬の星々」の応募期間は1月31日をもって終了しました!
(part1~のリンクも文末にありますので、作品の未掲載などがありましたらお知らせください)

受賞作の速報はnoteやTwitterでお伝えするほか、星々マガジンをフォローしていただくと更新のお知らせが通知されます。

優秀作(入選〜予選通過の全作品)は雑誌「星々」(年2回発行)に掲載されます。
また、年間グランプリ受賞者は「星々の新人」としてデビューし、以降、雑誌「星々」に作品が掲載されます。

雑誌「星々」既刊ご購入▼


応募作(1月27日〜30日)

投稿日時が新しいものから表示されます。

1月30日

上竹龍之介(サイトからの投稿)
あの子の世界は、私のよりもずっと広い。私の狭い世界はあの子でいっぱいなのに。でも、赤い傷だらけの手首を見せたあの瞬間は、私だけを見て、心配してくれた。嬉しかった。ゆっくりと、首筋に刃を当てる。きっと、あの子の世界はもう一度私色に染まる。私のありったけをあげるから。今度は、ずっと。

@maki_text
「本の向こう側って宇宙みたいに広がっていると思わない?」夫は文庫本の形をした小型宇宙船に搭乗すると、そう言い残してひとりで旅立ってしまった。「もうすぐ晩御飯なんだからね」管制塔からの私の声も包丁が野菜を刻む音も、成層圏の外までは届かない。まあ、燃料が切れたら帰還してくれるだろう。

@maki_text
町内の電信柱に〈家族募集中〉という広告が貼られているのを見つけた。問い合わせ先は僕の自宅になっていて、家族全員のプロフィールが書いてある。家に帰って家族に訊くと、母親は「そろそろ、ねえ」と笑う。数日後、ひとりの女性が広告を見たと言ってやってきた。我が家に新しい家族がひとり増えた。

@maki_text
恋人に別れ話を告げられたばかりで涙も止まらずにいる私の前に、悪魔が現れた。手にふたつの錠剤のようなものを持っている。「青い錠剤は心の傷をきれいに癒し、赤い錠剤は傷口をいっそう広げる」私は頬を拭うと赤い錠剤を取り、元恋人の後を追った。彼の心にも傷口があるかどうかをたしかめるために。

菫野歌月 @violet_kz
わたしの透明なたましいに雫が落ち、波紋が広がっていく。
静かに、わたしは夢のない眠りに沈む。闇のなかで耀く雫は虚ろな眠りを彷徨い、やがてわたしの冷たい願いに辿り着く。
目醒めたとき、朝の光のなかでその雫が涙となって零れた。今日もこの儚く悲しい世界で生きられることが嬉しかったから。

菫野歌月 @violet_kz
わたしたちの広大な悲しみ
この世界に降る雨は涙

きみが歌ったその詞の続きをもう思い出せない。いつかきっとその声も忘れてしまう。世界は忘却に包まれぼくはすべてを失なっていく。それはこの上ない至福で、それでもあの歌は憶えていたかったのに。
最期の仄白い光の彼方でほほ咲むきみは、誰。

七夕ねむり @nemuri_sleep
ぽっかりと空虚に落ちた。真っ逆さまだった。本当の真っ暗闇だ。広い穴だった。手探りで前に進んでみて、途中でどこに向かっているのかわからなくなった。行き止まりみたいに。進むことをやめ、上を見上げると小さな光がきらりと瞬く。ぼとりと温い雫が落ちた。とっくに泣きたかったと耳元で声がした。

七夕ねむり @nemuri_sleep
心に夜を飼おうとしている。幼い頃からずっと。沢山貯金をしたら、テストで百点とれたら、大人になったら。色々な試みをしてみたけれど二十をとうに過ぎた今でもまだ夜は掴めない。あの広く静かな時間をこの胸に収められたら。夜は遠い。手に入れられないとわかっているからこそ夜を、夜を飼いたい。

ゆうこ(サイトからの投稿)
生まれて初めて、夜中に家をでた。田舎だから、街灯もない真っ暗ななか家をでることに恐怖があった。ドキドキする気持ちを抑えて一歩踏み出す。その先にある、おいしいラーメン屋を目指して。大人になるということは、世界が広がることをいうのだな。

高村芳(サイトからの投稿)
夜の公園の広場で彼女はダンスを踊っていた。背中からは蒸気が立ちのぼっている。地面を踏み込む音と衣擦れの音だけが、冬の冷たい空気に溶けていく。外灯がスポットライトのように、踊る彼女を照らしている。彼女の親は留学を反対していると風の噂で聞いた。僕も彼女のように、独りで戦えるだろうか。

あやこあにぃ @ayako_annie
父の誕生祝いにネクタイを選んだ。もっと休まるものにすべきか悩んだが、いつまで贈れるかわからないから結局これにした。骨張った手でネクタイを締め背広を羽織る。会社経営をする父は今年喜寿。朝日の中で手を上げる父も、笑顔を作る私も知っている。何もかも永遠ではないことを、知っている。

れん(サイトからの投稿)
水槽から出して自由にしてやろうと雨上がりの道路の水溜まりに金魚を入れた。すぐに母はコップでそれをすくって、ここは広いからと公園の池に移すと僕の頭を撫でた。それからも雨上がりには一匹づつ水溜まりに逃がした。池に移す度に母は頭を撫でてくれた。水槽の残りが一匹になった時…悲しくなった。

繭式織羽(サイトからの投稿)
 庭を通って誰もいない広縁に寝転がる。昼でも低い陽射しは、寒気を寄せぬ毛布代わり。
 ここで桜の花びらを並べ、溶ける氷菓に慌て、紅葉や流星群を眺めた。
 幼い自分に笑いかけてくれた人と一緒に。
 今は無音の広縁。
 にゃう、と抗議の声。広縁の主が尻尾をぴんと立てて待っていた。

野辺風蘭(サイトからの投稿)
ここは北国の豪雪地帯。路肩に大人の腰くらいまで積まれた雪の上に、ルーズリーフが。落とし物です、と大きな丸文字で書かれている。横に作られた深さ数センチのジュエリーケースのような円に、片方のワイヤレスイヤホンが収まっている。広い広い白銀の世界にうずまる前に現れた、名もなき救世主だ。

梨月日々(サイトからの投稿)
何も無理して東京に行かんでも。早朝、電車に揺られる俺の頭に親父の声が響いた。東京で叶えたい夢があるんだ。でも、途絶えた夢。長年連れ添ったギターはもう捨てた。しゃきっとせんか。門出の日、革ジャンを羽織る猫背の俺に親父が言った。慣れない背広の襟を正し、俺はまた背筋をそっと伸ばした。

梨月日々(サイトからの投稿)
井の中の蛙は地上の蝸牛に海へ連れて行かれた。海の広さを教えようと言うのだ。海が広いことぐらい知っている。そして、いざ海に着くと思ったより小さい。蝸牛は蛙の無感動に驚いた。蛙は毎日井戸から見る真上の景色を見て、こちらが海ではないのかと尋ねた。蝸牛は角をしゅんとさせ答えた。それは空。

梨月日々(サイトからの投稿)
目が覚め、ふと上を見ると赤い空に七つの黒い星が見えた。春には北の空に七つ星が輝くらしいが思ったより地味だ。外からは薄い光が漏れている。朝露で水滴の付いた落葉を退けると明方の空に輝く北斗七星。まだ水滴に映った背中の宇宙しか知らぬナナホシテントウは冬を越し、広い空へ飛び立つのだった。

伊古野わらび @ico_0712
仄暗い一室にあってなお、それは美しい瑠璃色をしていた。献上された鱗粉を見つめて女王は感嘆の息をもらした。
「こんな美しい色を纏って飛ぶものがいるなんて、世界は広いのね」
女王はまだ外の世界を知らないのだ。
「私もいつか見られるかしら」
女王の言葉に働き蟻はただ曖昧な笑みだけを返した。

木畑十愛(サイトからの投稿)
「宇宙人っているのかな」
「宇宙の広さを考えるとほぼ確実に実在するけど、宇宙が広いから地球人と遭遇するのはほぼ不可能らしいよ」
「会えないけど確実に存在はするなんて、ちょっと残酷ね」
 笑って星空を見上げる君が、実は宇宙人だったりするのかな。そんな奇跡くらいあってもいい気がした。

木畑十愛(サイトからの投稿)
下校した後は、皆で近所の公園に集まるのが日課だった。丸くてグルグル回るジャングルジムみたいな遊具が真ん中にあって、上れば将来通う予定の中学校の校舎がよく見えた。
時が経ち、遊具が撤去されて誰も集まらなくなった公園を教室の窓から見下ろす。
ちっぽけな公園は、思い出の中より少し広い。

木畑十愛(サイトからの投稿)
蛸が苦手だ。吸盤とかダルンとした頭とか虚ろな目とか気持ち悪いし。
でも狭い場所が好きなのは共感できる。どこまでも冷たく広い海に投げ出されて、足が八本もあっても泳ぎ続けられるか不安なのだろう。私もそうだよ。
ドアを開ければ朝霧に煙る道。墨の代わりに白い溜息を吐き、また今日が始まる。

鈴 叶望(サイトからの投稿)
「1ヶ月後の卒業式で祝辞を述べることになったから、変な文章じゃないか聞いてほしいんだけど」「いいよ」「広々高校の三年生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。我が校を卒業すると言うことで、学業成績は向上したでしょうか。親孝行はできましたか?」「こうこうこうこう、うるさいな!」

山口絢子 @sorapoky
広い建物の中、仲間たちは談笑している。目の前に豪華なお膳が並べられ、自分の分だけ数が足りなかった。お待ちください、と給仕は言ったままそれきりで、気づけば大きな木の下にいた。どうしたの?心配して友は言い、竹皮に包んだ塩むすびをくれた。涙の理由は内緒にして、私は握り飯を胃におさめた。

ブラックココ(サイトからの投稿)
絶望的な状況になり、気を失った。目が覚めると白くて広い部屋にいた。私を含めて7人いる。見た事あるような人達だ。よく見ると名札をつけている。くず、惰性、劣等感、敗北者、悪口、嫉妬、「嫌な言葉ばかりだな」ふと、自分自身の名札を見ると、希望と書かれている。絶望的な状況にも希望はある。

松井 @matsui_yoso
聞いてくださいよ。僕に落ち度がないとは言いませんよ。でもね、部長にだって責任はあると思うんです。よくよく考えれば自分の会社の新人を広告をするって意味不明でしょ。部長が本気で止めてくれてたら。え?長広舌ってなんですか?とにかく僕が言いたいのはね、あ、すみませーん!ビールおかわり!

松井 @matsui_yoso
「広告を広告しましょう」
部下からの提案。意味がわからない。
「広告を広告するんですよ、部長」
新人が挙手し、口を開く。
「広告という言葉は周知の事実。広告を広告する意味とは?」
拍手が起こる。
「うちの優秀な新人を広告しましょう」
部下からの提案。新人が満更でもない様子で頷いている。

松井 @matsui_yoso
娘を妊娠した日に背中に赤い痣ができ、出産の日には背中一面に広がっていた。
人の形みたい、と夫に言われたことを、娘をおぶりながら思い出す。
「あなたの場所はここよって意味かもね」
娘に話しかけると、小さな手が伸びてきた。
「呪いだよ」
その声は、殺したはずのあいつのものだった。

葉菜(サイトからの投稿)
20歳の時に俺たちはお見合い結婚した。趣味も好きな物も違うが、珈琲を飲むことだけは一緒だった。2人で珈琲を飲みながら話をしたりテレビを見たりする。平凡なこの日常にこそ思う。広い世界で君と出会えて良かったと。今年で結婚して、50年になる。今も平凡な日常が続いていることに、乾杯した。

一文字龍之介(サイトからの投稿)
すこし、背伸びしてやってきた純喫茶。柔らかい冬日差が小窓から広がっていた。隅の席、朱塗色のソファに体を預ける。数十分おきに鳴る入り口の鈴を耳に、机の上にポツリと置かれたコーヒーカップを覗き込めば、自分の顔が艶やかな黒茶色の鏡に映った。と、一口、鏡の中の未熟者は顰めっ面をしていた。

雨森由希(サイトからの投稿)
雲海が広がり、眼下の眠りについた街を覆い隠す。空はありったけの星で輝く青。人生で初めて見るその景色に目を細め、息をつく。朝日が顔を出し、海が光を反射し始める。山から山へ。その先の太陽にまで続く道ができる。私は寒さで震える手でシャッターを切り、急いでコートのポッケに手を突っ込んだ。

雨森由希(サイトからの投稿)
暗い押し入れで足を畳み、息を潜める。外からはあの人の声。高い声も低い声も聞こえる。見つからないように、意識の片隅にも映らないように意識する。目はきつく閉じた。この闇は私の友達。少しずつ光を広げる。無限に続く自由で透明な世界。押し入れで最も輝くこのキャンパスに、私は今日も色を塗る。

雨森由希(サイトからの投稿)
一人分の、硬い革靴の足音が響く。一つずつ穴の開く音がする。沢山の人が集まる都会の一角で少しずつ、少しずつ恐怖が伝染する。いや、そんな間もないのかもしれない。辺りの顔は全て同じに見える。ここにはマネキンしかいないのかと思うほどだ。どこまでも広がる人の群れに瞬きする間もなく穴が開く。

小橋口ひろし(サイトからの投稿)
広の父はタイで戦死し、空襲で家は全焼した。タイから送られてきた葉書など父の思い出が全て灰に帰した。ただ一つの思い出は国民学校の校門の傍に生えている楠だ。国民学校の入学式の時、広は楠の前で父と一緒に写真を撮った。写真は燃え、楠は焼けた。が、翌年の春に芽を出した。芽を見て涙が流れた。

waka @HummingDays
今回の旅でも目的は果たせなかった。
もう無理なのかもと思いながらまた地図を広げ旅支度を始める。
ただ気分は晴れやかだ。
夢みたいな話だけど可能性がゼロではない。
挑戦出来る幸せと楽しさを知っているから。
準備万端、天気良好、気合十分。
では、いってきます。

甲突696 @yFgvzRdE8zsUjSr
ベランダに出た彼女は、夏に使い切らなかった制汗スプレーのガスを抜いている。新しい島を見つけた船乗りみたいに手を伸ばして、指がボタンを押し込むと、すみれ色の薄暮がわずかにゆらめく。
何をそんなに怒っているのだろう。
身に覚えはないけれど、怒涛の長広舌につきあう覚悟はもうできている。

甲突696 @yFgvzRdE8zsUjSr
人間を食べると体に良いんだ。哀しげな声が、高い空を渡っていく。
新しい広さの単位が発見されてから、僕らが彼に気づくまで、およそ300年かかった。声を認識するのにさらに100年。
彼が世界をすべて平らげるには5000年かかるという。それまで僕らは、鮮度を保っていられるのだろうか。

甲突696 @yFgvzRdE8zsUjSr
あてのない深夜ツーリングのつもりが、なぜか昔住んでいたアパートの前に来ている。エンジンを切って見上げると、窓には明かりがついて、かすかに女性の声がしていた。
上京して最初に住んだ部屋で、六畳一間でも十分広かった。いつか世界だって狭いと思うのかな、タンクを撫でてバイクにそう囁く。

懐中蛍 @lake_fall
家具店で立派な机を見付けた。いい香りで触り心地もよい。椅子に座り机に突っ伏すとつい寝てしまった。
夢を見た。
広大な村の中心には大樹があり、密かに崇められていた。だが季節が巡り村から人が去って一人も居なくなり、大樹は切られ丸太は机に。
目覚めると涙が出ていた。
この机を買うと決めた。

懐中蛍 @lake_fall
新首相の所信表明演説が長い。要点の定まらない長広舌を延々と続けるつもりか。
記者の私は苛立っていた。
秘書官らしき人物が出て「総理、次のご予定が」と呟くのが聞こえた。
「もう終わる。スピーチに仕込んだ呪文は全て唱え終えたよ」
新首相の身体が鈍い音を立てて変形し始め、床にひびが入った。

懐中蛍 @lake_fall
(背広を着て、毎日営業周りを欠かさなかったあなたにはきっと神様の御加護があるでしょう。あなたの異変を見逃した私は上司としても人間としても失格です。天国へ行くのはあなただけで十分です…)
雪の降る境内、合わせた手を離すと、私は爆弾入りの段ボール箱を載せた車に乗り込み会社へ向かった。

1月29日

桜 花音 @ka_sakura39
いつも私が手を引いていた。三歳下の幼馴染は泣いてばかり。私がいないとダメなんだから。お姉さん風ふかせて守っているつもりだった。
気づけば彼は背が伸びて、今や失恋で酔い潰れた私を軽々とおぶっている。
「手がかかるな」なんて言うから広い背中に甘えてみた。寒空の下、触れた所が熱を帯びる。

野辺風蘭(サイトからの投稿)
スキー場のゴンドラに二人きりで揺られている。お父さんが冬季限定発売の洋酒入りのチョコレートを一かけら、私のかじかんだ手に乗せ、「スキー場で食べるこれが、一番おいしいんだ。」と呟く。舌の上で広がり、熱が体の芯を巡る初めての感覚。もう一個、とせがむ私。今は独りの冬、あの熱が恋しい。

高村芳(サイトからの投稿)
「好きなの持っていきなさい」母にそう言われて、親父の部屋に入った。主を失った四畳半は、少し埃っぽい。クローゼットを開くと、ずらりと背広が並んでいた。酒も煙草も博打もやらない、死んだ親父の唯一の趣味だった。カバーを外す。そこには丁寧にアイロンがかけられた、親父の大きな背中があった。

兎野しっぽ @sippo_usagino
恋がしたい。恋をすれば人生も豊かになるし、創作の幅も広がる。いいことずくめだ。
婚活パーティーで出会った男性と交際し、無事に結婚して子宝にも恵まれた。けれども、当初の目的だった創作からは手を引いた。
小説は書けなくなったけど、人生の幅が広がった。今のわたしは、幸せな物語の主人公だ。

水原月 @mizootikyuubi
被験者はこちらへ、と通された部屋はかなり広く、物が一切無い。入って早々に背後の扉が閉まった。
バイト代の使い道を考えつつ歩き回っていると、角で小さな黒い箱を拾った。よく見ようとしたら暗くなった。停電か?前に歩こうとしたら壁にぶつかり、よろめいたら後ろにも壁が。左右にも壁。ん?

流山青衣(サイトからの投稿)
森野は葛藤した。犯人が罪を重ねると、彼の病状が軽くなったから。しかし、警察官として野放しにはできない。犯罪者は手際が良かった。一夜にして杉林を伐採し、広葉樹に植え替えた。森野が現場に入ると、涙は出なかった。杉さえいなければ。いや、罪を憎んで、杉を憎まずだ。森野は今日も戦っている。

れん(サイトからの投稿)
この世界は悲しみに満ちていると、空から舞い降りた老人が嘆く。老人は倒木の欠片を拾い擦り出す。すると欠片から光のハートがいくつも現れて世界に散っていく。ハートが触れた途端に崩れた道は修復され、削れた山は緑を戻し、広範囲に汚れた海は澄んだ青色に変化する。ハートが世界を塗り替えていく。

犬山よ~すけ(サイトからの投稿)
「広!しっかりしなさい!」
私が目を覚ますと、目の前に変な黒い生きものが
心配そうにこちらを覗いている。
目は大きく見開き、水かきのある手を広げ、皮膚は鱗でおおわれていた。
それは半魚人と化した、私の母親であった。
そのことに気づいた私は、再び気絶した。

結紬(サイトからの投稿)
君と過ごした時間が長すぎたおかげで広くなった世界で、君の心の欠片を探してる。僕が放った言葉のせいで粉々になってしまった君の心を。あの日の僕は臆病で、君の想いが怖かった。一度でも君を傷つけた僕を許さなくていい。必ず探し出してみせるから、君を傷つけないと誓うから、笑う君の隣にいたい。

御堂なえ(サイトからの投稿)
寒い。巻いたマフラーに鼻まで埋めて冷気に耐える。今年はどこまで冷え込むのか。不意にぴゅうと吹き抜けた風のつめたさに、思わずかたく目を瞑る。直後、何かあたたかなものがふれた。驚いて目を開くと、右の手袋を外して笑う彼女が映った。
「お待たせ」
ぬくもりがじんわりと僕のほほに広がった。

さんぽ(サイトからの投稿)
カップ麺の重しに置いたスマホが低く唸った。『GW帰る』娘からの短いメッセージに思わず口元が緩む。まだ硬さが残った麺を啜りながら部屋を見回すと、三人で撮った最後の家族写真が目に入った。「一人で住むには広すぎるから、この家は」言い訳のように呟く私に、妻は変わらず微笑むばかりだ。

小橋口ひろし(サイトからの投稿)
村役場の拡声器が村中に響いた。「津波が来ます。すぐ非難して下さい」。地震で壊れた家の柱が、広の父親の足に倒れている。広は柱を除けようとしたが、10歳の力ではびくともしない。「広、逃げろ! 逃げるんだ!」。悲痛な怒声に、広は「お父さん、生きててね!」と涙声で叫び、走り出した。

如月恵 @kisaragi14kei
郵便受けに差出人不明の手紙が入っていた。女の子が好みそうなかわいい封筒には切手も宛名も無い。便箋は複雑に折られ固く畳まれていた。子供達がハートやYシャツの形に折るのに似ている。慎重に広げると、縦横斜めの折り目に隠れるほど小さく、豆粒みたいな字で、ごめんなさい、と書かれていた。

泥からす @mudness_crows
ふと思い立ち、部屋の片付けを始めた。暫くすると、学生時代の教科書や返却されたテスト、出す事のなかった古い履歴書等の書類が山になった。其れ等を庭に持ち出して火をつける。宵闇の中、燃え広がる炎が赤々と周囲を照らす。その火で団子を焼いた。色褪せた人生にも、これくらいは意味があったのだ。

泥からす @mudness_crows
強い木があった。根は逞しく大地を穿ち、広壮な枝葉は天を覆うかと思われた。ただ、木は種子を持たなかった。強い自分が子孫を残す必要はないと考えたのだ。やがて幾星霜が過ぎ、太くなりすぎた枝は風を忘れた。硬すぎる樹皮には寄りつく虫もない。最早その木を顧みる者もなく、今もそこに立っている。

若元あかり(サイトからの投稿)
わたくしの生まれは恐らく恵まれたものだと思います。それなのにこうも不幸になれるとは、もはや才能ではないかと一念発起、人生を不幸にする本なるものを書き上げました。丹精とまごころを込めたチェーンメールのようなこちらの本を広く知らしめるため、自己啓発本コーナーへそっと忍ばせる所存です。

空々(サイトからの投稿)
久しぶりに痛み出した右肩には、痛みとは別に、違和感がある。血管の狭窄が血流の澱みを産んでいるのだ。塞がった血管はやがて血液を堰き止め、破れるだろう。
私と世界を繋ぐ管は今日も狭く、考えは言葉になるまでに時間を要する。信号機は全て赤。管を広げてはいけない。

1月28日

まつかほ(サイトからの投稿)
空間の中心にコトリと座ると、あまりに広いなと錯覚しそうになる。空間を温める為のスイッチが入り、どこからかゔうーんと音が聞こえた、と思ったら扉が開く。折角温め始めたのに。
「急遽恋人が来ることになったみたいで」
そう言って、隣に自分と同じ姿の冷凍肉が座った。レンジが温めを再開した。

右近金魚 @ukonkingyo
夜のマントに身を包み物売りが現れた。「お望みは?」と言うので「幸福」と答えた。物売りがマントを広げると、金貨の山。私は首をふる。続いて油田、桃源郷、惑星デラックスセットと繰り出すが私は頷かず、悪魔は退散した。やれやれと窓を開けると月が梅の白い香りを連れてきてくれた。嗚呼、幸せだ。

かもしか(サイトからの投稿)
記憶のない広い海の先に、いつしかの記憶が星となって明滅する。最後の記憶は数分前の手触り。お嬢さん、と呼んだ時に潤んだその目に星が反射していた。あの少女は誰だったのだろう。手を握ると、記憶の広野を縫う糸端に辿り着く。少女はわたしをおばあちゃんと呼んでいた。孫という字を思い出した。

愚鈍不足脳(サイトからの投稿)
深き雪夜の、皚々と人無き広小路に、十六ばかり小女郎は、掻つ捌かれる婀娜たる腹より転び出でたる腸の、べろ/\と舌吐きて、淋漓と暗血の花片を地に滴らせ、玉の腕に力無く、薄き朱唇の間よりつやめく皓歯透きて見え、翠髪品よく振り乱し、曇り無き目元に血潮温みて、常の如く就褥せる状に斃れたり。

石森みさお @330_ishimori
同級生に変な奴がいた。「青空は醜くて、夕焼けは不愉快で、夜空は怖い」そう言って常に怯えていた。就職で地元を離れ疎遠になって数年後、彼が自らの目を潰したという噂を聞いて俺は天を仰いだ。想像してみる。どんなものだろう、頭上に広がるこの空が、酷くおぞましい世界とは。青空は、醜くて……。

愚鈍不足脳(サイトからの投稿)
戸外は冷たく歔涙してゐます。居間にぎゝめくテレビの音、其の、眸が為には毒ともなる眩耀と広がる虹の光線、或るは其奴を駆役する誰かのゐることが、僕の清浄たる玻璃鏡に、墨染の蜘蛛の囲を絡繹と蟠らせ、ワク/\と脅かすので、夜の目も得せず、ひたぶるに慄然と、更をいよ/\更たらしむるのです。

高村芳(サイトからの投稿)
この暗く広く寒い宇宙で、僕は小惑星に花を植え続けている。レゴリスの隙間に、誰が見るかもわからない、一度も人の手のぬくもりを知ることがないかもしれない花を。「さあ、次の星へ行かないと」僕は花を置き去りにして小型宇宙船に乗りこんだ。君も僕も、どこかで誰かと会えますようにと祈りながら。

ちぃひろ @chi_hirobunko
殆ど空っぽの鞄から俺はタバコを取り出した。陽の下で吸うのはなんだか落ち着かなくて路地に入ってから火をつけた。それでも煙はビルの隙間に広がる空に吸い込まれていった。「お天道様は見ているよ」と言われた気がした。

俺を見てくれるんなら誰だっていい。お日様の為に明日は学校、行ってやるよ。

愚鈍不足脳(サイトからの投稿)
ひらひらと小糠に交じりて、瓦斯の薄明かりに鮮やかに粉雪の舞ひ広ごれる、藍鼠を覆へる空に見上ぐるばかりの高楼、暗ければ頂きは杳として見え分かず、峻厳と聳えたるが、絵巻物に見ゆる魔王の根城かと凄まじ。

やまなつ @mikan_0094
あんなに広かった宇宙が今はもう乗るくらいの大きさになってしまった。小指よりももっともっと小さくなったら破裂して、また新しい宇宙に生まれ変わるのだそうだ。僕は今の星空が好きだから全て変わってしまうのがとてもさみしい。決して忘れてしまわないように、真っ暗な空をにらみつけた。

まごち(サイトからの投稿)
目の前の世界が広がる時。それは、外国の留学生に日本語を教える時。互いに国が違う。だから習慣も考えも好みも価値観も。全てがぜんぜん違う。だけどわたしたちは。同じ場所で、同じ言葉を使って、一緒に笑う。それは「違っていいよね、楽しいよね」と教え合い、許し合う瞬間。宝物のような時。

まごち(サイトからの投稿)
さよならをした。もう、二度と会えない。むせかえるような悲しみが、体の外まで広がっていく。元気で。幸せでいてね。そう思う。だけどそんな言葉では足りない。多分わたしは優しくない。もう一度会えるなら、わたしに向けての言葉をください。この先、ずっと大丈夫でいられる、そんな言葉をください。

yomogi @yomogi585354524
「雪山でひとりぼっちで暮らしてきた白い鬼はね」駅前広場に隣接するカフェでハルが語る童話を聞いている。「心から人を愛し、人に愛されると消えてしまうんだ」。広場の喧騒に気を取られた一瞬の間にハルは消え、テーブルには赤い目の小さな雪兎がひとつ、春の陽に輝きながらゆっくり溶け始めていた。

長中ちすず(サイトからの投稿)
いい加減にしてくれよ。いつまでそうやって泣いているつもりなんだ。こんな時でさえ、君は本当に世話が焼ける。大丈夫だから。ほら。涙を拭いて。僕は君の笑顔が、広い広い原っぱで駆け回っている時より大好きなんだから。ああ、そろそろだ。最高の笑顔で送ってくれよ。僕の相棒。

外山雪(サイトからの投稿)
あなたの海は、広くないけれど深い。そして、時々雪が降るかもしれない。それがいいのか悪いのか、今は判断できない。医者は顔をしかめながら診断結果を告げた。私の病気は治らない。そんな簡単に受け入れることはできない。だけど、雪が降るのはいいことだ。雪が好きなあなたを思い出すことができる。

一文字龍之介(サイトからの投稿)
広漠とした冬の朝焼け空、ひとりの悪魔は落ちてきた。悪魔の翼は煤汚れ、重々しい灰色、自分のうまれた国の国旗を掲げている。悪魔当人はごめんヨォ、ごめんヨォと情けない声を上げ、アッという間に塵だらけの地面に激突し、周囲に憎悪と悲劇を散りばめた。あるのは爆弾の骸と荒漠な土地だけである。

益久渡来多(サイトからの投稿)
鳥王国の集会でカンムリワシ国王が襲撃され、「殴られた…う…しろ…から…だ…」と言い残し意識不明に。捜査に当たったホーク鳥官は事情徴収を終え全鳥を広間に集めた。
「国王は確かに犯人を言い残していた。『殴られた。‘う’。城から出すな』と」
黒く首の長い鳥が窓から城下の湖に飛び込んだ。

まむ(サイトからの投稿)
「一緒にこの映画見に行こうよ!」
この瞬間、私は心の底からの喜びを感じる。人付き合いが苦手な私にとって、彼女は太陽のように輝かしい存在だ。
彼女はいつも私を照らし、道標を示し、地球から見ているだけだった星々に近づけてくれる。
そして、新しい星に触れたとき、私の宇宙はまた、広がる。

まむ(サイトからの投稿)
許してなんかやるもんか。仲良し姉妹なんて噂されているが、最近は姉との距離を感じる。
公園のベンチに寝転がると、夜空いっぱいに広がる星が見える。地球から見ればこんなにも近くに見えるのに、実際は何光年も離れている。何光年にも及ぶ距離を埋めてくれるのは、果たして何なのだろう。

森林みどり(サイトからの投稿)
信号待ちで止まった所から、そのアパートの窓の灯がよく見えた。私は後部座席で赤ん坊をあやしていた。夕方から夜に変わった頃だった。アパートの外壁は薄いグリーンだった。寂しい水の色。灯りの中にいる広い額の女性が見えた。あれは私だったろうか。あの灯の中にいる私は、今と違っていただろうか。

森林みどり(サイトからの投稿)
その夏はずっとおくるみを編んでいた。白と浅葱色の毛糸で花柄の五角形をいくつも作り、繋いだ。鉤針は糸をすくい、次の糸を絡ませて黙々と広がって行った。お腹は丸く膨らんでいたけれど、私はそれが産まれるのだとうまく実感できなかった。私は見知らぬ誰かをくるむためのおくるみを夏中編み続けた。

森林みどり(サイトからの投稿)
シンクの上に糖衣錠を二粒乗せる。ジンジンと右の顳顬が痛むのだ。今日が初出勤だった。紺色のパンツスーツのジャケットに取れない皺が一つあって、私はそれを気にしながら「宜しくお願いします」を繰り返した。糖衣錠を水で飲み下す。凝り固まっていたものが、白く広がりほどけて行く気がした。

西乃暁文(サイトからの投稿)
地下街のトイレを出ると、自分がどの方向から来たのか分からなくなったが、辺りを見渡すと見覚えのある姿が視界に入った。
先程現在地を確認した際、私の横でマップを眺めていた人だ。
「まだマップの前にいる。道に迷ったのかな?」
心の広い私は声をかけることにした。自分の方向音痴さを忘れて。

193(サイトからの投稿)
毎日のように乗る電車の広くて狭い空間で私を見つけ出してくれる人が現れたらな…と考えていたら改札のレバーでつんのめる。「おめでとうございます!当駅利用者百万人目です!記念に当路線の一生乗り放題切符を贈呈します」と駅員。卒業まで残り一月半。家業を継ぐ為Uターンする私には無用の長物だ…

チアントレン @chianthrene
可愛いものを見たような顔をするな。単なる覚え方のテクニックとして自分自身の意思で、新白島駅のことを新広島駅だと思い込む選択をしたのだ。青森と同じ位置関係になる利便性が出力時に現実との折り合いを数段階踏むコストを上回る。そして今たまたま踏み外してシンシロシマエキと言った。それだけ。

チアントレン @chianthrene
大粒が豊作だ、今夜の酒や半年後の誕生日が楽しみでならない……といいきかせて目をそらしている。背嚢を押し広げるのもいいかげんにしないと接ぎめがさけて両手にふた粒っきりの稼ぎ、靴下の片っぽも贈れない。といいきかせてまにあわずに落ちて割れた粒をかぎつけたやつらの影から目をそらしている。

追川しづり(サイトからの投稿)
眼前に広がる一面の星空。暗い空に散らばった星々は魅力的な光を放っている。伸ばした手を下ろし、ハンドルを握る。荒波が崖壁に打ち寄せる音が聞こえた。アクセルを踏む。それだけなのに、足が動かない。死ぬことは怖くなんてない。ならどうして?見上げたフロントガラスの奥に答えは広がっていた。

こしいたお(サイトからの投稿)
机に向かい中学生でも知ってそうな漢字を調べながら、短編小説を書く寡黙な夫。「いつか自分の作った作品が映画化される日が来る」と大風呂敷を広げる。そう口にしたわけではなく、こっそり小さくノートの片隅に書いてあった。闇夜に針の穴を通すほどの無謀な挑戦者。諦めていないのは私も同じ。

こしいたお(サイトからの投稿)
仕事を終え広いリビングで寛いでいると、一体の人型ロボットが現れた。「おかえりなさいませ。お早い帰りですね。コーヒーはいかがですか?」「頼むよ」僕は平静を装う。一口飲むと目の前が真っ暗になった。気づけば手足を縛られ身動きがとれない。玄関の方で声がした。「警察の皆様お待ちしてました」

こんにちは世界(サイトからの投稿)
幼いあの頃。広がる星空の下、桜も散って日も浅い頃、青々と茂る芝生広場の丘陵で友達のまさと君と駄弁っていた。あの星はなんだとか、何とかの大三角だとか今ではあまり覚えていない。覚えているとしたら今、歩道橋と信号機の上に輝いている星の名前だけ。北極星、それだけはちゃんと覚えてる。

笹慎 @s_makoto_panda
父は屋台で小ぶりの揚げたジャガイモが串に刺さったオヤツを買ってくれた。
ほんのりと甘くて大好きな揚げ芋。
ススキノの広場。たくさんの大きな雪像。有名ウイスキーの看板。雪でできた滑り台。
関東に引越し、ジャガイモどころか水道水さえも不味くて絶望した小学一年生の冬。
ここは星も見えない。

1月27日

笹慎 @s_makoto_panda
広げていた要点ノートを閉じた。
儀式のように丁寧に鉛筆を削る。明日はマークシート式。シャープペンから鉛筆に持ち替える時間がもったいないので、鉛筆しか使わない。
十本削り終わるとキャップをつけた。
次に消しゴム。予備のために二つ。腕時計も二つ。最後に受験票。
一つ一つ鞄にしまっていく。

コモドモネ @komodo_eekth19
40年前、初任給でカメラを買った。当時の彼女と旅に出ると沢山撮影し、現像した写真でアルバムを何冊も作った。そして40年後、退職金でカメラ付きドローンを買った。寝たきりの妻が旅をしている気分を味わえるようにと高額な広角レンズも搭載した。「君のためなら。だからもっと長生きしておくれ」

風雪ネル(サイトからの投稿)
子供の頃はお父さんの膝の上が私の定位置だった。広くてゴツゴツしててちょっぴりタバコ臭い。そんな場所は私に大きな安心を与えてくれた。でも、大人になるに連れてその場所に座ることはめっきり無くなってしまった。今ではそこはもう私の場所ではなく、娘の…いや父からしたら孫の場所であるようだ。

おの橙 @orange___ohno
無人駅には僕らしかいなかった。冬の夕暮れは一瞬で夜を連れてくるから皆訳もわからず足早になる。
「合格おめでと」
制服のスカートが驚きでなびく。
「何くれるん」
途端に愛しくなって、額に唇をつけた。
「私のおでこ、広いからな?いっぱいできる。時間足りないくらいに」
君の顔は見れなかった。

永津わか @nagatsu21_26
布団の中。机の下。カーテンと窓の間。自分の形が分かってほっとする、子どもの頃はそういう場所が好きだった。困り顔をする大人に対しておばあちゃんだけが味方だった。急に広い世界に出てきたんだ、慣れの時間だよって。だから畳んだはずの洗濯物にこんもり潜む影を叱るか否か、今とても悩んでいる。

永津わか @nagatsu21_26
はぐれちゃうくらいなら、こんなに広くなくていいのにね。ぽっかりした空を仰ぐと、同じように上を見た君がそうだねと頷いた。でもそれはむつかしいと知っている。嵐は何度も来るし手は簡単に解けてしまう。ずっと一緒だったらなと呟くと、君が膝を打った。もし離れたら、一緒に待ち合わせができるね。

三上宥 @RANDAMHAJILE51
天の涙はもう何週間も途切れる事なく、遍くものを侵し続けていた。青空という画布を遙か遠くまでべっとり塗ったくった鈍色の東雲は、無作法に心の隅を踏み荒す。広縁の奢侈な椅子に腰掛け、ふうと一息に雪洞の灯を消した。降り注ぐ猛烈な旭が風景をセピアに染め、清かな雫の調和だけが世界を彩うのだ。

永津わか @nagatsu21_26
そんな狭い場所で必死になって楽しいのかよと毒づかれた彼は、きょとんとして汗を拭って、容易に測れるコートの中で言った。こんなに広いのにな、と。今なら分かる。あの時あの人は世界の大きさを指したのだと。僕はもう同じ四角にはいないけど、だからこんな小さな画面を前にしていたって、いつでも。

山羊山ヨウコ(サイトからの投稿)
広っぱに蔓延する雑草の翠緑を陽光が温める。白昼の眩い奔流に火照った透明な息衝きは叢の翳りから立ち昇る。茫々と風に靡く雑草と翳りに潜む物言わぬ息遣いが。青光りする鏡面のような空に臨み其処に居座っている遊具は誰かを待っているような誰にも触れられたくはないような風情で黙っている。

そら @hanabira457
上を向いて歩こう。
新卒、横浜で初めての一人暮らし。
怒鳴られ詰められ泣いていた日々の中、たった一つ決めていたルールだった。
職場から家までの真っ暗な帰り道、登り坂から徐々に顔を出す広い空だけを見つめていた。
あの時、満天の星空は間違いなく私だけのもので、私の全てだった。

まんまるまる(サイトからの投稿)
広大な草原と青空に囲まれた場所をいつまでも走っていたい。
でもその広大な草原と青空は血の色に染まったのだ。
きのこ雲が大きく膨れ上がり、人々が川に顔を埋める。
サイレンと赤子がうるさい程に鳴き、人々は魂が亡くなったかのようだ。
…これは私の生涯と、一番広くて綺麗な私の国の話。

時南 坊(サイトからの投稿)
「オレのこと忘れた?」
「消した」
「ということは跡は残ってんだ」
「ゴメン。潰したんだったわ」
「ということはカスは残ってんだ」
「ごめんね。土といっしょに埋めたから
 もうわかんないよ」
「ひとりで帰るんだ」
「どうやったら、この広い樹海から
 抜け出せるか教えてくんない」

おの橙 @orange___ohno
「風がよく吹き抜ける夕焼けのにおいを知っていますか」
背の高い人に聞かれた。道に迷ったようだった。
「はい」
「どちらに」
一呼吸分、肺を広げ応える。
「細い裏道の通学路、駅から外れた商店街、午後のプールの帰り道、そこからまだ見ぬどこかへ、」
彼は温かく微笑み、私の手を取り先を急いだ。

彩葉 @sih_irodoruha
南極の氷の上にいる。ペンギンがいなくなったので調査に行ってくるようにと言われたのだ。こんな見晴らしのいい場所でどう探せばいいのか。途方にくれているとどこかから音がする。ペンギンは空にいた。飛んでいたのだ。ペンギンの群れは氷の上よりも広く自由な空を住処とすることにしたらしい。

彩葉 @sih_irodoruha
青空が広がる。雲はとまったまま。この空はぼくだけに見えている。世界は時間が動くだけ。太陽が「居場所がわからないよ」と囁く。ぼくはただ青空がひとかけ欲しかっただけ。切り取ったら残った青空はポロポロと崩れてしまった。広がっていた青空は、あのときのままぼくの目のなかにいる。

彩葉 @sih_irodoruha
長い時間歩いてきた。やっと見えてきた扉の向こうはやさしさという名の世界だと聞いた。予報ではそろそろ矢が降るといっていた。広いはずの世界が矢で埋まり始めている。あの扉の向こうはこの世界よりもっと広くて、矢を知らない人たちがたくさんいるという。わたしは受け入れてもらえるだろうか。

かぼすサワー @boaluz0829
呆れた顔をした彼女の不満は積み重なっていた。先のないこの屋上のように。近付いて最後の言葉を聞き返すほどの関係ではない。見上げる空には発着便。広い滑走路を見渡せるこの場所は別れ話をするには不向きだ。なぜ今気が付いたのか。ため息が轟音のように耳に届き二人の関係は崩れたのだと実感した。

松本俊彦(サイトからの投稿)
何で真冬の夜にこんな屋外で待ち合わせなんだ。しかも、もう約束の時間なのに初音は来ていない。こんなところ、空の星を見るぐらいしかないじゃないか。でも、空ってこんなに広かったんだなあ。今まで気が付かなかった。空をゆっくり見ることなんてなかったものなあ。初音、これが狙いだったのかな。

益久渡来多(サイトからの投稿)
「ご予約のヒロタ様ぁ」
内気な博が豪華ディナーに誘ってくれた。将来の事など話してたら「鉱田恵さん」と、彼が改まる。
「金なんて要らないよね?」
一瞬戸惑ったが直ぐ判った。シャイな博のプロポーズ。
「要らない!」満面の笑顔で答えた。私は「鉱田(こうだ)恵」から「広田恵」になるのだ。

益久渡来多(サイトからの投稿)
皆の夢を平らげて、腹が空いた獏は都会に人間が大勢いると教えて貰った。
たらふく夢を食べたくて遥か東京へ来たけれど、無限の広い星空は楽しい夢が溢れてる筈なのに、そこにあるのは星も見えない四角いお空とちっぽけな夢ばかり。
一口食べたら消えてしまいそうで申し訳なくてご馳走になれないよ。

見坂卓郎(サイトからの投稿)
うちの猫はこたつになる。冬になるともこもこ広がり、家族四人をすっぽり包む。電気がなくてもぽかぽかだ。なんだか優しいにおいがする。家族はお団子みたいにくっついて、猫のこたつで丸くなる。テーブルだけがとてもせまい。猫のひたい。みかんを一つしか置けないので、じゃんけんをして決めている。

まつかほ(サイトからの投稿)
なんだかなぁと独りごちる。広い宇宙を何千年とかけて旅してきて、その間にすっかり体は小さくなった。太陽に近づく頃には、この体は霧散しているだろう。彗星の独り言に、公転する惑星達はホッと胸を撫で下ろした。「ぶつかって壊れる心配を、暫くはしなくていいようだ」という噂が瞬く間に広まった。

秋透清太(サイトからの投稿)
熱かったよね。語りかけながら墓石に水をかける。視野を広く持て。それが親父の口癖だった。誰よりも視野が広かった親父は、一番に僕を見つけて、助けて、骨になった。水桶を戻しに歩き出すと、世界が一瞬白み、背後で轟音がした。振り返るとすぐそこに水汲み場があった。親父の声が聞こえた気がした。

秋透清太(サイトからの投稿)
マグカップから香ばしさと湯気が立ち昇る。カタカタとキーを叩くたび、物語が進む。最近になってやっと人差し指以外も使えるようになった。ふと手を止めて、使い古した広辞苑に手を伸ばす。皺の刻まれた手で、皺だらけの頁を捲る。言葉の湖に潜りながら深く息を吸う。まだ書ける。まだ、諦めたくない。

まつかほ(サイトからの投稿)
世界は広がり続けていると夫が言う。「広大な宇宙が裾野を広げているように、肺を広げて生きる為に男は自らの世界を広げて戦っているのだ。広々と寝て何が悪い?」独身の時に買った高級シングルベッドを諦め、私はソファーへ。明日はいよいよ大掃除決行日。大丈夫、明日からは広いベッドで寝られるわ。

コヨーテ @srnb_readeasy
広いグラウンドの隅で膝に手をついて、俯いた。ニ軍チームのサイドバックの俺。先週先輩が引退して、始まる引退までの最終節。失点の罰で走った後、ネックウォーマーを鼻の頭まで沈めた。初めてボールを蹴った日も、寒くて楽しくて、つま先が痛かった。あの日の俺が憧れるよう、アキレス腱を伸ばした。

コヨーテ @srnb_readeasy
午前12時発の夜行列車を待つ。銀世界に浮かぶ孤島のような駅。狭いこの町から広い都会へ向かう今夜は、初めて雪が降る音が聞こえた。見送りには、来てくれないんだ。もう一度、会いたかったな。冷たい窓、誰もいないホームに手を振った。少し眠って目を覚ましたその街の空は、何だかビルで狭く感じた。

コヨーテ @srnb_readeasy
広重が描いた浮世絵のように、見栄を張った。ホットコーヒーをブラックで飲むのはとっても苦い。でも、それが大人だと思っていた。カフェで日本史の期末試験の勉強が、君との初デートとなった。窓ぎわ横並びのカウンターでマーカーを引くフリして、ただ、横顔を見ていた。それだけで今日一日が満点だ。

貴田雄介(サイトからの投稿)
広島に原爆が落とされたことをアメリカ人は知らないというニュースを聞いた。ショックだった。井上ひさしは原爆は人類に落とされたと言った。アメリカ人は日本人を黄色い猿だと差別しているから学校でも教えない。でも日本人が知らないのはなぜか。自分が差別されている事実を知るのが怖いのだろう。

桜井かな(サイトからの投稿)
「広いポシェットが欲しいの」と幼い娘が言う。「大きなポシェットでしょ」と笑いながら訂正すると、違うと力強く首を振った。「広いポシェットは色々取り出せるの。ワクワクする気持ちとか、楽しい思い出をね。指人形のお家にもなるんだよ」と。広い、の意味がぐんと広がり、洗濯をやめて青空を見た。

こしいたお(サイトからの投稿)
彼女にはリセット癖がある。熱中していたゲームを前触れなく消したり、時間もお金も惜しまずに収集したアニメキャラグッズを突然売り払ったりした。僕は彼女の行動を危惧していた。「いつかは僕も…」そんな僕の心を読んだのか、彼女はこう呟いた。「この広大な世界でね、一番大切な君だけが残ったの」

梅若とろろ(サイトからの投稿)
弟の顔を一目見たく、誰よりも早く駆けつけたが既に姿はなかった。冬枯れた幹は枝々を蜘蛛の巣のように伸び広げ、絡まりそうな梅の木々は細々と立っていた。冷たい風に吹き曝されても弟は俺を待ち、東風の吹くより前に弟は土に還ってゆく。俺たちは幾千年もすれ違い、幾千先も焦がれては悩み続ける。

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