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冬の星々(140字小説コンテスト第4期)予選通過作

季節ごとの課題の文字を使ったコンテストです(春・夏・秋・冬の年4回開催)。

冬の文字 「広」
選考 ほしおさなえ(小説家)・星々事務局

予選を通過した35編を発表します(応募総数644編)。ご応募いただきありがとうございました。

受賞作(一席、二席、三席の3賞+佳作7編)は3月中旬に発表予定です。
優秀作(入選〜予選通過の全作品)は雑誌「星々」(年2回発行)に掲載されます。
また、年間グランプリ受賞者は「星々の新人」としてデビューし、以降、雑誌「星々」に作品が掲載されます。

受賞作の速報はnoteやX(旧Twitter)でお伝えするほか、星々マガジンをフォローしていただくと記事の更新時に通知が送られます。

予選通過作

高遠みかみ(サイトからの投稿)
彼女が広島に引っ越してから、僕は広島を支配する方法ばかり考えている。県民は毎日お好み焼きともみじ饅頭を食べているから、あれらを人質に取れば広島を強奪できるはずだ。でもその前に、まずは向こうへ行かなくちゃ。僕は手づくりの翼を腕につけ、すべり台の上から高く飛んだ。いざ、広島空港へ!

南鏡花 @kyouka_minami
歯と歯の間は、広大な宇宙そのものだ。歯に何かが挟まったと言う患者の内、半分近くの歯間には月や星が挟まっている。昨日来た女の子の奥歯には満月が挟まっていた。フロスで取った満月を見せると、表情が明るくなった。今後はよく磨いてねと言ったが、満月に見惚れていて、話を聞いていたかは怪しい。

おきつね土鍋 @okitune_donabe
広大な星の海をクジラが泳ぐ。
「ご覧、宇宙クジラだよ」
母がそう言って教えてくれたのはいつのことだったか…。随分と長い間、宇宙クジラはうちの星の近くには来てくれなかった。
夜更けに遠くから、はるか遠くからの声が聞こえた。
慌てて天を仰げば、クジラの反響定位。
ああ、いてくれたのだ。

もちつきやさん @Ajya_mochi
たくさんたくさん泣いた夜に飲む水は、とっかりとして、体によく染み渡る。冷たい温度が喉をゆっくりゆっくりくだって、胃に横たわるときの安心感。その時ばかりは私の胃も広々と海のように思えて、たくさんたくさん水を飲む。今度泣いてもたくさん涙が出るように。悲しい時に涙が出ないのは損だから。

@writer_akane
母娘で住む1DKのチャイムが鳴り、慣れないスーツ姿の彼氏を振袖姿の娘が迎える。
「じゃあ行ってくるね」
晴れ着の2人を見送りに、腰掛けていたダイニングチェアから玄関まで5歩。手を振って送り出し、7歩でガスコンロ前へ。
部屋が少し広いから、一客だけのカップを出して紅茶をいれた。

モサク @mosaku_kansui
外出前、マスクのノーズフィッターを入念に調整する私の横で、娘が前髪を撫でつけている。ふと祖母の口ぐせを思いだす。「鼻高うなれ高うなれ、でこひっこめ!」しわしわの手が胡座をかく私の小鼻をむにゅむにゅし、広い額にぺちりと触れた。してやったり。私はばあちゃんのまじないに打ち勝ったのだ。​​

ケムニマキコ @qeiV97pW0x5342
本当に辛いとき、私はひとりぼっちで痛む。誰も気付かない場所に、涙の水たまりができる。
ある日、水たまりに星を見つけた。見上げると、真っ暗な空に星が広がっていた。
その星は、言葉だった。同じように泣いている貴方達の、言葉だった。
私逹はひとりぼっちのまま、同じ空に、星を浮かべている。

野田莉帆 @nodariho
天国へは写真を一枚だけ持っていける。記憶は薄れてしまうから、写真に映っている小さな女の子が誰なのかはもうわからない。それでも、天国へ来てからの習慣は染みついている。写真の縁を撫でて、いつも願う。花が綻ぶように笑う女の子が、幸せに暮らしていますように。広く澄みきった空の上で、想う。

五十嵐彪太 @tugihagi_gourd
子供の頃に住んでいた町には広場があった。小さな時計台があり、フィドル弾きが鳩や猫を相手に演奏していた。古い郵便ポストがポツンと淋しそうにしていたから、よく手紙を出した。書ける文字は少しだけ。切手も貼っていない。その手紙が60年を経て届いた。孫が喜び、返事を書くんだと張り切っている。

うたがわきしみ @arai_chi2
引き出しからはいつも雨の匂いがしていた。三十九歳というのは微妙な年齢だ。若くもないし、それほど老いてもいない。机の上に佇んだままの蓄音機がもしもあの人の声を覚えているとしたらどんな音で鳴くだろう。窓に張り付いた冷たい雨が私を見つめる。ぬるくなったコーヒーの酸味が舌の上に広がった。​​

草野理恵子 @riekopi158
あんたが金網の穴を広げて私を通した。行方不明者を探すポスターを貼って歩いた。写真はただのいたずら描きにしか見えなかった。「どろどろだよ顔。なんか溶けたみたいに。いいの?それで」あんたはいいと言った。この顔でいるはずだからって。急な雨にあんたはポスターを濡れないように抱きしめた。

イマイエイチ @imaieichi
子供たちは大声で笑いながら集まってくる。地面に落ちる自分達の影を黒くする。後から後からやって来て、影はどんどん広がって、どんどんどんどん黒くなる。公園を越え、街を越え、海を越えて星を覆う。冬の冷たい宇宙に笑い声を響かせて、子供たちの黒い星がゴロゴロ転がって行く。

神谷怜来 @Reira_Kamiya21
長らく帰らなかった家へ、初めて子どもを連れて来た。もう少し広い玄関だと思っていたけれど、記憶より狭い。わ、すごい…と小さな指がさす方には、ひびの入った壁がある。29年前からそのままだ。私は子どもの両肩に手を添え、あの日の話を始める。おそらくはこの先もこのままであろう傷を眺めながら。

青塚 薫 @ShunTodoroki
ばら撒かれたパン屑を喜んでついばみにいくと、大き過ぎてついばみ切れない時がある。そんな時はひどくがっかりする。なぜもう少し細かく千切ってくれないのかと腹が立つ。でもこの広い鳩の世界、何も君だけじゃない。他の鳩にとっても日常茶飯事さ。それでも僕らは、ついばまずにはいられないんだ。

勿忘 @wasurenak
狭い店内は老若男女、犬猫その他諸々の生き物で賑わっていた。カウンターに目を向けるとマスターは目を瞑って空の珈琲ポットを回していた。ちょうど世界の変わり目だったようだ。空のサーバーから湯気が立ち始めた頃、店内は桜に包まれた。「次は日本か」誰かの声がする。世界一狭い店内は今日も広い。

鈴木林 @bellwoodFiU
立入禁止区域の雪を渡り、私たちは家へと戻った。割れた窓から侵入する。すっかり氷漬けになったリビングで、喧嘩の時につけた壁の傷や、あの日食べようとしたご飯がそのまま固まっている。持って来た布を広げて私たちは座った。体温でほんのわずか溶けた床の表面が澄んで、カーペットの赤色を見せる。

海芝 @umishiba_st
際限なく広がり続ける海でずっと背浮きをしている。こうやって波に身を任せていると、遠くの方で島が燃えていたり、サーフィンをしている人たちの顔が浮かんでくる。時折、青い鳥が落としてくるビラを読み、赤い箱を開けてBGMをかけるが、さして自分の人生に影響はないので、今日も液晶の空を見る。

多福(サイトからの投稿)
森下はいちいちうるさい。右の髪だけうねってるとか、制服のリボンがザツだとか、ソックスの折り返しが広すぎるとか。はっ?アイツ、辞めるの?ガサガサの下唇がゴワついたマフラーにあたって痛い。明日からは1本早い電車じゃなくてもいいのか。無理にひっぱった人差し指のささくれから血がにじむ。

結城熊雄(サイトからの投稿)
午前五時。仄暗い光によって縁どられた部屋が、いつもより広く感じる。なんの音も聞こえない。あまりにも静かで、神様の葬式みたいだ。ふと思い立ち、足の爪を切ることにした。なぜか音は僕を咎めるように、やけに鋭く鼓膜を刺す。夜に爪を切ってはいけないというが、今は夜なのかもしれないと思った。

笹慎 @s_makoto_panda
コタツにむいた蜜柑の皮を広げる。薄皮はそのままで食べるのが好きだ。
天板に顎を乗せた犬が私の口へと運ばれていく蜜柑を懸命に見つめている。そっぽを向いて蜜柑をあげようとしない私にため息をつくと、父は彼に一粒の果肉を与えた。
今はもうどちらもいないコタツで残された母と私は蜜柑を食べる。

小鳥遊 @takanashi_25325
団地の広場にある象形遊具のパンダが私の友達だった。小さい頃からパンダの上に乗り、石の冷たさに心が落ち着き、高校生になっても母と喧嘩すると夜中にパンダの上に腰掛けていた。離婚して娘を連れて実家に戻るとパンダはいなく、カエルの遊具に変わっていた。娘はカエルに乗り嬉しそうに笑っている。

チアントレン @chianthrene
可愛いものを見たような顔をするな。単なる覚え方のテクニックとして自分自身の意思で、新白島駅のことを新広島駅だと思い込む選択をしたのだ。青森と同じ位置関係になる利便性が出力時に現実との折り合いを数段階踏むコストを上回る。そして今たまたま踏み外してシンシロシマエキと言った。それだけ。

森林みどり(サイトからの投稿)
その夏はずっとおくるみを編んでいた。白と浅葱色の毛糸で花柄の五角形をいくつも作り、繋いだ。鉤針は糸をすくい、次の糸を絡ませて黙々と広がって行った。お腹は丸く膨らんでいたけれど、私はそれが産まれるのだとうまく実感できなかった。私は見知らぬ誰かをくるむためのおくるみを夏中編み続けた。

まつかほ(サイトからの投稿)
空間の中心にコトリと座ると、あまりに広いなと錯覚しそうになる。空間を温める為のスイッチが入り、どこからかゔうーんと音が聞こえた、と思ったら扉が開く。折角温め始めたのに。
「急遽恋人が来ることになったみたいで」
そう言って、隣に自分と同じ姿の冷凍肉が座った。レンジが温めを再開した。

高村芳(サイトからの投稿)
「好きなの持っていきなさい」母にそう言われて、親父の部屋に入った。主を失った四畳半は、少し埃っぽい。クローゼットを開くと、ずらりと背広が並んでいた。酒も煙草も博打もやらない、死んだ親父の唯一の趣味だった。カバーを外す。そこには丁寧にアイロンがかけられた、親父の大きな背中があった。

伊古野わらび @ico_0712
仄暗い一室にあってなお、それは美しい瑠璃色をしていた。献上された鱗粉を見つめて女王は感嘆の息をもらした。
「こんな美しい色を纏って飛ぶものがいるなんて、世界は広いのね」
女王はまだ外の世界を知らないのだ。
「私もいつか見られるかしら」
女王の言葉に働き蟻はただ曖昧な笑みだけを返した。

@maki_text
「本の向こう側って宇宙みたいに広がっていると思わない?」夫は文庫本の形をした小型宇宙船に搭乗すると、そう言い残してひとりで旅立ってしまった。「もうすぐ晩御飯なんだからね」管制塔からの私の声も包丁が野菜を刻む音も、成層圏の外までは届かない。まあ、燃料が切れたら帰還してくれるだろう。

八木寅 @yagitoal
よしよし、大丈夫。
夜泣きした子を抱きしめ寝かした。やっと、眠りにつける。そう思ったのに、火の玉がちらついた。炎は広がり、人の形をなした。
前に会った時はどうすればいいかわからなかった。でも、今ならわかる。
よしよし、大丈夫。
私の顔を持った炎は涙を流しだし、やがて煙になって消えた。

石森みさお @330_ishimori
友人がオナモミの実になってしまった。感受性の葉を広げすぎて心が傷だらけになったから、しばらく殻にこもることにしたのだそうだ。実から伸びる棘はしがみつく爪にも見えて、そんなになってもまだ人を求めるのかと胸が痛む。水をやれば芽吹くのかも知れないが、彼女の自由か、と思いそっとしている。​​

みやふきん(サイトからの投稿)
祖母が管理するようになって石庭は変貌を遂げた。あちこちに緑が繁り花が咲き、虫が集い、植えられたばかりの木の枝には鳥の姿もあった。あたたかな昼下がりには広縁の戸は開け放たれ、日干しされた座布団を見ると、私はそこに顔を埋めて味わうのだ。おだやかな陽だまりの有効期限があと僅かなことを。

kikko @38kikko6
六本木には名前に木のつく家が六軒あったらしい。じゃあ広尾は?と調べてみた。江戸の昔、それはそれは長いしっぽが、4里四方をふわふわ覆っていたのだとか。水はけが良いから米も育った。いつしかしっぽは消えたけど、悲しい気持ちで広尾の街を歩いていると、見えないしっぽに頬を撫でられるという。

海街るり子(サイトからの投稿)
広瀬くんは背が高い。広瀬くんは足が速くて、数学が得意で、国語が少し苦手。冬生まれで、みずがめ座で、B型の男の子。おばあちゃんと暮らしていて、学校まで自転車で通っている。真面目だけれど、授業中たまに頭が揺れている。広瀬くんは優しい。私に花を手向けてくれた。広瀬くんは、私のものだ。

河音直歩(サイトからの投稿)
タクシーで祖父の葬式へ向かう。後部座席は父と姉と並んでぎゅうぎゅう、快晴の日射しが強い。父は見たことのない背広姿で「お義父さんが結婚祝いに作ってくれた。大事にしまっていて、今日、初めて着た」と苦しそうに笑う。埃ひとつ付くたび父は、姉も私も、手を伸ばして払う。何度も何度も払う。

長尾たぐい @zzznap3
スカイダイビングが好きだ。落下。雲の中は白く、空気は物質である。加速。不安が身体から剥がれてゆく。加速。地球が熱烈に私を手招いているとすら思う。加速。いやそれは錯覚だ。パラシュートが開く。私はそれを畳んだ誰かの手つきを思う。徐々に近づく地上には、人の切り拓いた田畑が広がっている。

祥寺真帆 @lily_aoi
そのときになったら必ず誰でも翼が生えますと教わった。「そのとき」がいつなのかわからないし、広げた翼は自分にしか見えないらしかった。大人になり忘れていた。言葉より先に手が伸びるほど守りたいものができた。ひるみそうな鏡の中の自分に強くうなずき、気づいた。血の滲む勇気の先に翼があった。

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