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秋の星々(140字小説コンテスト第4期)応募作 part2

季節ごとの課題の文字を使ったコンテストです(春・夏・秋・冬の年4回開催)。

秋の文字 「深」
選考 ほしおさなえ(小説家)・星々事務局

10月31日(火)までご応募受付中です!
(応募方法や賞品、過去の受賞作などは以下のリンクをご覧ください)

受賞作の速報はnoteやTwitterでお伝えするほか、星々マガジンをフォローしていただくと更新のお知らせが通知されます。

優秀作(入選〜予選通過の全作品)は雑誌「星々」(年2回発行)に掲載されます。
また、年間グランプリ受賞者は「星々の新人」としてデビューし、以降、雑誌「星々」に作品が掲載されます。

雑誌「星々」既刊ご購入▼


応募作(10月8日〜14日)

投稿日時が新しいものから表示されます。

10月14日

皐月墨華 @29holone
「探しものがあるんです」それを最後に君は消えた。手がかりはない。山に分け入り川を下り、道を走って海のたもとへ。鏡のような海面に、差し出されているように浮かぶ手。君のようなつるりとした指先。わからないまま水面に手を伸ばせばするりと一回転。深い海のそこ。私を求める君が隣で笑っていた。

yaya(サイトからの投稿)
「冷凍庫の深さどんくらい?」
深夜に突然アパートの呼び鈴を鳴らした彼が、大量のアイスが入ったコンビニ袋を顔の前に掲げて言った。
「深さってなんだよ。大きさだろ」
言いながら僕は、ずかずかと部屋の中に入っていく彼の背中を見つめる。
気持ちが溢れないうちに帰って。アイスが溶ける前に。

翠を読む @midori_yomu
深く呼吸を繰り返すと、
息が詰まった器官がやんわりと広がる。
私は会社を辞めて、森の中へと足を運んだ。
怖い現実から目を背け、人の意見も無視した。
人なんて結局は否定をしたくなる生き物なのだ。
森の中の景色は緑を貫く大きな世界。
私にも何か貫ける志があれば、この世界を独占できたのに…。

norio(サイトからの投稿)
「小鳥飼いの家はどこですか?」「二つ目の角を右、正面に扉があるから」「そこが家なのですか?」「開けたらわかる」目の奥深くを覗き込まれた。掌の鳥は寒さに震えている、急がなければ。高い塀にぽつんと付いた扉を押した。季節を超えて現れた春空に、すうっと鳥は飛び立った。甘やかな風が流れた。

norio(サイトからの投稿)
「足元に星が瞬くところは湖です」夏山実習の夜、理科の先生のくぐもった声ごと覚えている。「落ちないように気をつけてください」と。空と地面の境目も、地面と湖面の境目も溶かす深い闇。足元に散る銀の粒は美しく冴え、近づきすぎた。爪先がひやりと濡れる。ほら、「落ちないように気をつけて」

達美 @Rinda09Rinda
もう握り返すことのないその手に刻まれた皺はあなたの生きた証であり、人生の深みを感じた。今、やっとあなたと同い年になった私の手には、あなた程の皺はないように思う。健康に気を使っているから?スキンケアをしているから?いや、そうじゃない。まだまだ、あなたには追いつけない私がここにいる。

まかず @yiloperr
返ってきたテストを見て、身体の中は黒を混ぜたようにどんよりとしてくる。普段は気にもしない内臓の重さを、今ははっきりと感じる。力の入らない足は、席まで歩くだけで精一杯だった。「頑張ったんだけどなぁ」88点だった。眉間に深いシワがよった、母の顔が浮かんだ。タイツはまだ脱げそうにない。

まかず @yiloperr
僕の前の席の、あの子だ。ほとんど話したことはないが、大人しくて、いつも本を読んでる印象だった。白軍の皆の前で、応援の手本となっている。芯の通った、よく響く声だった。不意に彼女が落としたメガホンが転がってくる。「ありがとね」メガホンを受け取る彼女の手は、日に焼けていて、深爪だった。

水原月 @mizootikyuubi
地球から200万km離れた深宇宙には、会ったことのない友人がいる。その友人は病の進行を抑えるため、時の流れが遅い星に移住したのだ。
星間郵便での文通が、私たちの唯一の繋がりであり続けるだろう。分厚い封筒に、楓の押し葉を滑り込ませる。どうか地球の小さな秋が、あの子に届きますように。

藤和工場 @factouwa
東京と新宿の夜は、いつも寂しい。誰かと誰かをわかつバスが、遠くへ走り出るから。品川の朝は尊い。排気ガスの匂いは誰かの希望をつないだ証だから。いくつ赦す夜があれば、街に愛されることができるのか。わからないまま、バスはいつも発し、君は、深く次の朝を吸い込んだ瞬間、忘れていく。

藤和工場 @factouwa
まだ少年の前に、暮れゆく空より暗い森がある。引き返そうとした背中を誰かが押した。踏み入れたら、帰り道はない。そこで響くのは少年が助けられなかったものたちの声。耳をふさいでも、鼓膜を割いても、深いところへ響き続ける。まだ明けない夜のよう、もう覚めない夢のよう。言葉にすれば罪と罰。

みけにゃん(サイトからの投稿)
私のこの深い想いは、どうやって伝えればいいのだろうか?
いつだってあなたを考えないことはない。
だってももう、あなたなしには生きられない体になってしまったのだから。
おはようからおやすみまで。いつだって一緒ならどんなに幸せなことだろう。
ああ、愛しきお布団。永遠の誓いをここに。

みけにゃん(サイトからの投稿)
俺はいつになく緊張していた。
彼女との3回目のデート。
だが、まだ手を繋げていない。
(手は念入りに洗った。それに…互いの気持ちも深まったと思う。だから大丈夫)
隣を歩く彼女の手まで数センチ。
伸ばそうとすると、キュッと握られた。
「やっと繋げたね」
彼女が嬉しそうに微笑んだ。

此糸桜樺 @Konoito_Ouka
海が僕を呼んでいた。行かなくては、と思った。足を踏み入れれば、たぷんと波が立つ。全身を海に委ねれば、どくどくと水の対流が起きる。
海は僕を歓迎していた。このまま海の奥深くへ沈んでしまいたい、とさえ思った。水中を揺蕩いながら、紺碧の海底へと向かう。
徐々に、海と僕が一体化してゆく――

世原久子 @novel140tumugi
深煎りのコーヒーを選ぶのは気合を入れる朝。ただでさえ苦い一杯を更に飲み慣れない味にして、自分は大人だと暗示をかける。
あたふたと落ち着かないのをコーヒーのせいにして、女子の群れの中で一際目立つベリーショートに勇気をもらった日を思い出す。先輩が卒業してしまう前に、私も私を貫くのだ。

七壺寛 @ryoi44
虫の脚みたいな無数のアンテナが薄暮の空を狭めて、屋上を覆うゴミ溜まりから雑草が生えている。飛行機がすぐ上の空を飛んで轟音を落とす。放課後に屋上で遊ぶ子供の声は徐々に少なくなって、夜の陰りが降りてきた。橋や階段で繋がる歪なビルの群れは一まとまりの無秩序として、深い夜に沈んでいく。

七壺寛 @ryoi44
暗い天井を電線が血管のようにうねっている。水道管から滴る雫が路地や帽子の上で弾けて、湿った音が響く。閉じた扉に囲まれた郵便人は深みの底で独りを感じた。入り組んだ階段を彼は早足で上がる。薄い日差しが路地の錆を露わにするなか、麻雀牌を混ぜる音と潮州語で談笑する声に彼は安堵した。

おおとのごもり猫之介 @ponkotsu_mt
これから寒くなろうというのに私は暇を持て余してダムにいる。鏡面になった人造湖は紅葉の綾衣を映して綺麗だが、静かに怒っているようで怖かった。
背中の空は谷底まで切り立っている。
糸につけた錘を水中深くに沈めたら魚が引いたけれど、つくづく駄目な私は何もできない。竿の先に蜻蛉が止まった。

おおとのごもり猫之介 @ponkotsu_mt
梟の声がゆっくりと夜を更す。
女は古井戸の蓋板を一枚剥ぎ、鶴瓶にランプと握飯をおさめ深い闇に沈めた。続けて糸電話をつうと垂らし、張力が返ってくるのを確認してから、缶筒の中に語りかけた。
「何か欲しいものがあれば言って」
少しの間を置いて、男の声色でブリキ缶が呟いた。
「ジユウヲクレ」

おおとのごもり猫之介 @ponkotsu_mt
もう泳げなくなった鯨が光の届かぬ底まで沈んで静かに横たわる。
深海は自分が何者なのか不明になるほど暗い。
どういう理屈やら発光している私の一部が波動になびく。光を求めて近づいてくる小さい奴はかまわず食い、大きい奴からはひとまず逃げる。半ば勝手に動く体が本当に私であるかすら疑わしい。

酒部朔 @saku_sakabe
金銀財宝を身にまとったセイレーンたちが、美しい素潜りの男を追いかけて、海峡に潜っていく。パールがきらきら沈んでいく。男の耳は聞こえない。恋をしたセイレーンたちは着飾るしかない。男はどこまでも深く潜り、力尽きたセイレーンは浮かび、海賊船の油を吐いて溶ける。

酒部朔 @saku_sakabe
夜の深い深いところで君に電話する。公衆電話にコインを入れて番号を打つ。君の回線に繋がる。最後の電話だ。耳に必死に受話器を当てる。君の宇宙船は明日、航行区域を離れる。手放した風船みたいに。事故だった。さよなら。そう録音しても電話を切ることができない。

酒部朔 @saku_sakabe
生きることが結構好きだったってことに気がついたんだね。42度の高熱の深淵で見つけたひかり。みっともなくてもいいからそれにすがって戻っておいで。一緒に生きよう。手放したくなってもかまわない。この先何度も絶望するだろう。でもそのひかりはそこにいてくれる。

風花 雨(サイトからの投稿)
深夜。人も街も眠る時間。漏れ出た家の光も消え、深い闇がすべてを飲み込む。そんな夜空に浮かぶ中秋の名月は綺麗だ。星と共に輝く月は太陽と地球の都合に合わせて形を変えながら、静かにそっと街を見守っている。そんな深い秋の夜は終わり太陽は昇る。
「月はいつも謙虚だ。」昇る太陽はそう呟いた。

10月13日

席替え(サイトからの投稿)
くじ引きで席替えをした。ある女子がくじ引き後に深田君と席を交換しだした。放課後、結果的に深田君と隣になった女の子は深田君が嫌で泣いてしまった。女の子は互いに謝り、席を元に戻しすっきりした表情で仲直りした。僕は女の子の涙も謝罪もどちらも正しいようには思えなかった。

MEGANE @MEGANE80418606
深海に暮らす人魚姫は、心は美しいけれど醜い姿をしていた。「アンタ、恋はしないの?」幼馴染の人魚は訊ねる。「アタシなら、アンタをとびきり美しい人魚にも人間にもしてやれるよ」悔しそうに唇を噛みしめる幼馴染に人魚姫は「もう恋をしてるわ、あなたにね」と醜いながらも愛嬌のある笑顔をみせた。

紫 妃(サイトからの投稿)
「わたしね、人魚姫になりたいの」意味深な言葉を残して彼女は僕の前から姿を消した。それから幾度となく時が過ぎ、再び彼女を見掛けたのは秋の気配を感じ始めた夜のことだ。海の美しい某国の王子が日本人の花嫁を迎えたとニュースで流れている。立て付けの悪い窓からすきま風が僕の頬をかすめた。

と龍(サイトからの投稿)
「不快だ」それが口癖の少女がいた。全てが嫌な彼女を憐れに思った神様が、提案する。「深いだ」と頭の中で漢字を変換してみなさい。少女は深いに思いながらも、分かったと答えた。あの絵画は深いだ、人生を分かった気でいる。あの映画も深い、あの人も深い、何よりそんなことを言っている私は、浅い。

と龍(サイトからの投稿)
秋の空気が大好きだった。夜の優しくも冷たい風は、深海に潜ってくみたいだった。真っ暗で、静かで、自分しかいない。二酸化炭素を吐き出す呼吸も、泡という神秘に変わる。それは放課後に描いていた水彩画のようで、全てを忘れさせるから好きだ。だけど毎年秋は短くなっていく。そして僕は海へ向かう。

文月 古都(サイトからの投稿)
すっかり日が暮れるのが早くなった。季節は着実に前に進み、開いた窓から涼しい風が通り抜けていく。パソコン作業と格闘する日々はどこか手応えがなく、作業後の手の中はいつも空っぽだった。窓の外は夕暮れの終わりかけの空で満たされている。その深い青で手の中をいっぱいに埋め尽くしたくなった。

市川祥子(サイトからの投稿)
身近な人の死。悲しい出来事が幾つも続いた。私の心は深く深く、マリアナ海溝まで沈んでいった。ふと、息が苦しいことに気付いた。もがいていると、何かが強い力で私の腕を引っ張った。ぐんぐん明るい方へ吸い寄せられる。水面から顔を出し深く息を吸うと、ピリリとした冷たい空気が喉を指した。

矢入えいど(サイトからの投稿)
人は二度死ぬと深海へ落ちる。空のてっぺんと海の底は繋がっているという。私は生まれ故郷の茅ヶ崎の海に潜った。父を探すのだ。昔水泳をやっていたから、潜水は得意だった。父はムツゴロウになって、海の底で静かに目を開けていた。私が泡を吐いて近づくと、胸鰭を小さく動かして柔らかな砂に潜った。

瓦夜 @KawaraYoru
深い涸れ井戸の底に私は居る。光を求め見上げると、丸い空は人々の顔で埋まっている。彼らの唇は絶えず動き、様々な意見が交わされている。話し合いが終わると、彼らの瞳から、雫がぽつぽつ落ちてくる。その涙で涸れ井戸に水が溜まり、私は地上へと浮上する。これで助かる。千年後くらいには、恐らく。

ラナン @Ranan_depaume
深々と頭を垂れる芒が、今日はしゃんと伸びていた。この時期の花粉は結構つらい。花粉症で、と言っても大抵は今の時期に?なんて顔が向けられて、数秒後には自律神経の話をされてしまう。そんな満ちた顔でこっちを見るな。植物も人間もちょっと控えめな方が好きだなと芒の代わりに頭を垂れて歩いた。

10月12日

からもも(サイトからの投稿)
金木犀の香りが風と共に鼻をくすぐる。「香りって記憶に一番残るんだって」隣にいる彼が言う。私は彼の意図が分からなくて首を傾げた。彼がクスっと笑う。「金木犀の香りがするたびに僕は君のことを思い出すってこと。」。もう一度秋風が私たちの間を通り抜ける。今度は息を深く吸って思い出を込めた。

門歩 鸞(サイトからの投稿)
深い井戸の底で深呼吸した
誰も邪魔しないこの真っ暗な空間
なぜか居心地がいい
そういえば村上春樹の小説にも井戸の話がよく出ていたな
自らの深層心理に近づくようなこの感覚……

「ねえ」
彼女が僕の右肩をゆする
「怖い夢見ちゃった」
僕は彼女の体を引き寄せ
その唇を深く愛撫した

野田莉帆 @nodariho
私はよく物を無くす。
鍵やピアスなどの小さい物から、ビニール傘や自転車などの大きな物まで。
『探すのをやめた時見つかる事もよくある話で』と。
ラジオの深夜放送で、井上陽水が歌っていたので探すのをやめたのだが。
無くし物は増える一方で、部屋から物が忽然と消えた。
バカな、とひとり踊る。

物部木絹子 @yuko_momen
その廃墟は最近気になっていたけど、今は友達も居ないし一人で入る勇気もなかった。なのに今日は呼び寄せられるように庭に入ってしまったのだ。井戸があり、覗き込むと深そう。瞬間、誰かに背を押される。落ちる寸前なんとか見えたそいつは嘗ての親友の顔をしている! あ、今日ってあいつの命日だ。

野田莉帆 @nodariho
人生200年時代。
少子高齢化が深刻だ。
寿命が何歳に延びようと、出産適齢期は大昔から何も変わりがないのだった。
紅葉散る午後。
喫茶店では、125歳のお婆ちゃんと180歳のお婆ちゃんが仲良くお茶を飲んでいる。
「お変わりないわね」
「あなたも」
みんな、昔は子どもだったことさえ忘れかけている。

夢沢那智 @Nachi_Yumesawa
「来月で店を閉めるんだよ」

夕陽が射し込む店内。呟くようなマスターの声。僕は彼の入れるコーヒーが好きだった。アンティークな調度品や、カザルスのレコードに混じるノイズも。

記憶と香りは深く結びついているという。この先、コーヒーを飲むたびに僕はマスターの寂しい笑顔を思い出すだろう。

門歩 鸞(サイトからの投稿)
「深海魚ってなぜこんなにブサイクな顔をしているのかしら」
「海の底は真っ暗で誰にも見えないし、自分の容姿に気を配らなくていいからさ」
「陸に上げると目玉が飛び出すって言うけど」
「目玉が飛び出るほど驚くってよく言うだろう」
「あなた、海洋生物学者だったらもっとマシな説明してよ」

かげる @rrugp6ui
深い海。
「俺とお前で、頂上決戦をしよう」
「こいつ、何を言ってるんだ……」
 海賊王と、サーカス一味が、話しをしている。途中で喧嘩になるのは、いつものことだ。
「何ってお前も海賊王になりたいんだろ? それなら正々堂々と戦うしかねえじゃねーか」
 ニコッと笑う姿に神経を逆撫でされた。

かげる @rrugp6ui
なにか大きなものを捕らえようとしたが、そのせいで、均衡が崩れて、衝撃波となる。近くにいたぼくは、「あ」と声を上げることしかできなくて、その爆風に吹き飛ばされる。心臓がバクバクと、脈拍を早めている。なんで、そんな余計なことをするんだ。ぼくは、深い奈落の底に沈む。右手を伸ばしながら。

あきら @akirakekunote
秋の空の視覚的高度はどんどんたかくなる。きっと空から見れば、赤黄から茶へと暗く翳っていく山々や町の視覚的深度も、ふかくなってゆくことだろう。私たちがすむ空間は秋に開ききって引き伸ばされている。そして冬が来たらそれらは一気に押し潰されて、ひともこころも静かに圧縮されていくのだ。

たつきち @TatsukichiNo3
随分と深い井戸でね。ほら。落とした石の音がしない。水もすっかり枯れている。この釣瓶に壊れた茶碗を入れて井戸に下ろすんだ。ほら。釣瓶が揺れただろう。これを引き上げると。見てごらん。茶碗が綺麗に元通り。不思議だろう?どんなモノも元通り。そう言う彼の腕の中で、彼の愛猫がミャウと鳴いた。

辻内みさと @sami5ss8kt2misa
彼に婚約者がいたと知ったのは、会社で直接式の招待状を貰った時だった。同期入社の私と彼。二人腕を組み夜の街を歩きもしたが、彼にとっては汚点にならない程度の関係だったようだ。「御」に二重線を入れ「出席」を丸で囲む。想った分だけ心が抉られるというのなら、どうか醜く痕が残るほどに、深く。

10月11日

蟻の背中 @dayandmore
金木犀の、きりりと香る秋の途。重なり落ちた紅の葉海。深深と身を埋ずめ「一緒に遊ぼう」と誘う無邪気の子。ずんぐり丸いトチの実を拾い「地球の宝物だ」と喜んだいつかのあなた。それと同じ耀きを放つ瞳を見れば、愛しさが溢れ、つい抱きしめてしまう。星を航る冒険船は今、青天のきっと何処かに。

東方健太郎 @thethomas3
郊外の住宅地にあるコンビニエンスストアの裏手には、小さな家屋が建てられていた。備えつけの灰皿に煙草を捨てると、じゅわっと焔を落とした。吸い殻は、わりと少ないような気がした。店員が歩いてきて、その灰皿を手に持つと、裏手の奥に消えていった。一人残された形となり、深めのため息が漏れた。

イマムラ・コー @imamura_ko
江戸時代のことだ。古びた池の傍に立ち深刻な表情をしている者がいた。俺には生きる価値などないのだ、そう思い池に飛び込んでしまった。激しい音と共に深く沈み、その姿が見えなくなった。たまたま通りがかりにその光景を見た俳人が後世に残る俳句を書き残したとは、蛙には知るよしもなかっただろう。

明日香 @asukahuka
深海の遊園地には失われた記憶が集まってくる。メリーゴーラウンドに乗る人影の中に子どもの私を見つけた。(変なの)あれは存在しない記憶だ。遊園地に連れてきてもらった事など一度もない。子どもの私は真剣な表情でペガサスに乗っている。私と目が合うと、恥ずかしそうに手を振った。

葉名月乃夜 @hanazukinoya25
私はずっと、深い闇の中に居た。誰も手を差し伸べてくれない、寂しい世界。もういっそ、消えてしまいたいとさえ願った。求められないのならば、生きていても仕方ないから。だけどある日、暗闇の中に一筋の光が差した。私は手を伸ばし、光に触れる。光は私を掴んでくれる。それは、天使のお迎えだった。

【第3期星々大賞受賞者】
のび。
@meganesense1
街角で声をかけられた。○受け取ったアンケートには見たこともない文字が並んでいた。○怖くなってアンケートを突き返して逃げた。○家に帰ってアンケートの事を検索した。○アンケートを差し出した女の深爪が頭の中にこびりついて離れない。○アンケートが好きだ。○ご回答ありがとうございました。

【第3期星々大賞受賞者】
のび。
@meganesense1
祖母の故郷にはアサセサマがいた。アサセサマは川に棲み、釣り人や子どもたちに「そっちは深い。こっちは浅い」と教えてくれる。ボソボソと小さな声で。故郷の人は皆、アサセサマのことが大好きだっだけれど、故郷はダムの底に沈んでしまった。アサセサマも祖母ももういない。だけど私が覚えている。

かまどうま @nekozeyakinku
航宙通信士のNは、今日が初の顔合わせだった。
「副長、私は地球にいた時は、他人から頻繁に道を尋ねらたものです。理由はわかりませんが」
私が言葉を返そうとすると、Nは大きな声をあげた。
「ア、アンノウンから通信!?ち、地球の所在を尋ねてきています!………ね?」
彼は深いため息をついた。

鬼姫ライム @KiKi_lim224
「秋に飽きた」とガールフレンドが呟く。僕は沈黙を貫いた。「そもそも季節なんていらないのよ。雨と晴れで充分なのに」"でも曇りは存在する"僕は心で相槌をした。冷蔵庫のモーター音は変わらず不気味な音を鳴らし、カーテンの隙間から真っ赤な夕日が差し込む。彼女の渇いた深紅の唇に、唇を重ねた。

夢沢那智 @Nachi_Yumesawa
秋は山吹色のドレスを着た少女の姿でやって来て、服と同じ色の手帳に書かれた予定を淡々とこなしていく。

「空を押し上げる」
「木々の葉を染める」
「畑に実りをもたらす」
「恋人たちを詩人にする」等々……。

すべての仕事を終えた秋は枯葉の寝床で深い眠りに落ちる。

そして、冬が目覚める。

青羊君 @xmrxworldx
眠る彼女の隣には花を植えた。私の慰めというより、小さな庭の片隅で、彼女が寂しがらないために。
立ち上がって土を払うと、陽の差す窓辺からニーと心配そうな声がした。大丈夫、あなたの妹はただ深く眠ってる。
木枯らしが秋の空に高く吹く。次の季節は彼女の面影を追って、寂しくなるわね、私たち。

麻峯ふゆ(サイトからの投稿)
東京の街は眠らない。深夜2時、秋の夜は、月が綺麗。空見上げながら、あなたは私に言った。「俺の田舎は満天の星空が毎日見えるんだ、この先俺と一緒に星に囲まれながら生きてほしい」私は思いがけない言葉に目を丸くしながら深く頷いた。幸せな夜だった。

麻峯ふゆ(サイトからの投稿)
もう夜が明ける。些細なことで喧嘩してしまい、この深い悲しみや怒りや憤りをどこに置いておこうか悩んでいたら眠れなかった。秋の朝焼けが少し綺麗に見えるのは私の心が好きという力で生まれ変わったおかげだと思う。喧嘩したきみに深く感謝をこめて、おはよう。ひんやりとした匂いを感じながら。

夢沢那智 @Nachi_Yumesawa
足りないものを奪い合って人間はいつまでも争いをやめなかった。成熟しない彼らにしびれを切らした神様は、水や食べ物や資源等をたっぷり与えてみた。それでも人間たちは肌の色の違いや自国の領土を増やしたいという欲望から戦争を続けた。神様は深い溜め息をつくとすべての人間を塩の柱に変えた。

たね(サイトからの投稿)
ロングラン中の夏のなか自転車をこいでいた。「秋はどこへ?」まるで熱を含んだアスファルトで秋に蓋をしたみたいだ。ところが畔道へと入った途端に風が変わった。適度に湿った土と稲穂。それらを含む風が体の奥へと流れた瞬間、それは聞こえてきた。「私はここにいます。」風が運んだ深い秋の香りだ。

右近金魚 @ukonkingyo
私の世界から匂いが消えた。ウイルスの呪いだ。砂のような食事。無言のアロマオイル。深々と猫の匂いをかぎたい。じゃあ代わりに、と子ども達が言う。匂いを描いてあげる。
山吹色のふわふわは金木犀。スモーキーな緑のゾビゾビは松林。渦巻く薄茶は、猫。私は深々と色を吸い込む。魔法よ働け。

麦倉モカ @gyozabeer_
深い霧を抜けると、川の水が穏やかに流れ、空に無数の星が輝いていた。一生懸命働いて目まぐるしく過ぎていく毎日。私が学生時代恋をしていたあの女性は今何をしているのだろう。私は彼女に一目惚れしてからずっと、彼女のことを運命の人だと思っている。ゆっくりと空を見上げた。今日は七月七日だ。

10月10日

瑠七 月映(サイトからの投稿)
深い森の湖底に沈む。とうの昔に葉々を失くした白木は、何百年ものあいだ水中で艶やかに生きていた。コバルトブルーが透き通るイレモノの内側で、酸素と出会い朽ちることはない。この世界で生と死は反転するのだ。さあ、いらっしゃい! 陸地で息ができなくなったあなたを歓迎するわ。さあ、さあ――。

籾木 はやひこ(サイトからの投稿)
私の天星術は海。正義感が強く、いじめられてる人をみると相手がどんなに強かろうと自分を犠牲にしてまで守ってしまうタイプ。感情深く深く考え決断はそれに伴い重い。先日、30年ぶりにいじめから守った人にお礼を言われた。感謝されるためにしたのではないがうれしかった。そうして私は生きている。

ともろ @gotogohan555
「またいらっしゃってくださいね。」そういうと、紳士は深々とお辞儀をした。
贅沢をしたかった。誰にもくれてやるもんかと、今まで稼いできたお金を全部使ってしまいたかった。結局できなかった。凡人の僕にはお金の使い方がわからなかった。身の丈。相応。つまらないことばで苦しめられる日々。

染井吉野 @ddYbyK4vTUJWAJ9
「月が綺麗ですね」
 貴方はそう言うけれどね。 
 私は月なんかじゃなくて、この太陽系のもっともっと先にある、もうなくなっているかもしれないあの深紅の星について話して欲しいのです。
 貴方だけが、見つけてください。

花山 瞬(サイトからの投稿)
また母親と父親が喧嘩していた。今日で四日目だ。僕は、弟の投げた鋭い球を丁寧にキャッチする。刺さるような甲高い声とねじ伏せるような深く低い声が交互に、庭まで響いてくる。「あの声、きっと星まで届いてるよ」二人で夜空を見上げる。あの満月は、一体誰があそこまで投げたボールなのだろう。

六井象(サイトからの投稿)
俺がバイトするコンビニに深夜、オモチャのロボットが酒を買いに来た。 自分の背丈ほどもある缶ビールを抱えて出ていく足音が、カチャカチャと物悲しかった。 街はもう3月だ。 オモチャのロボットにも酔わなきゃやってられないような別れがあるのだろう。

六井象(サイトからの投稿)
昼休み、お弁当を食べている時に思い出した。たこさんウィンナーにされたウィンナーが、本物の蛸に会いに行くドキュメンタリー番組を、数年前深夜のテレビで、観た気がする。しかし、周りの誰に訊いても、それを知らない。何かの勘違いだったのか。帰りに、たこ焼きを買った。

六井象(サイトからの投稿)
秋の並木道を歩いている時、ふと立ち並ぶ木々の幹を見ると、それぞれのコイン投入口の横に「あと100円で紅葉」「あと300円で紅葉」。それぞれの表示、その残り金額を見て、いよいよ秋も深まってきたなぁ、と実感する。

冨原睦菜 @kachirinfactory
「先に愛をくれちまいな!」キレのある啖呵に場が静まり返る。今世紀最後の深窓令嬢と評判のお嬢様の声だ。いつにも増して各界の重鎮が参加されている彼女の社交界デビューな今宵。何事かと慌ててお嬢様の元へ駆け寄った私はしばし呆然。私に気づいてニコッと微笑む姿は…深夜アニメのヒロインだった。

青羊君 @xmrxworldx
深窓の闇の奥に星々の輝きを見た。覗き込んでいると、窓が二度、三度と瞬かれ、「ママー、ドシタノ」と幼い言葉がかけられる。私は笑って「なんでもないよ」と言う。ただ、あなたの無垢な夜空の中のきらめきが、とてもきれいだっただけ。これからもずっと、あなたの瞳に輝く星を、守らせてほしいだけ。

中川原すべり(サイトからの投稿)
大学のコンパでアルコール中毒になり、三途の川にやってきた僕は祖母の言葉を思いだした。日本で一番深い川は三途の川だよ、と祖母は言っていた。嘘か本当か確かめてやろうと思い、川に潜ろうとしたときだった。水面から死んだ祖母が顔を出し、にこっと笑った。その直後だった。僕の意識が戻ったのは。

中川原すべり(サイトからの投稿)
僕は深という字になぜか嫌われている。小学生のときは漢字のテストでいつも深という字を書き間違えた。大人になってからも嫌いな上司の名字が深田だったり、深という字がついている場所で財布や携帯をなくしたりした。あなたの話は深みがなくてつまらない、と好きな女の子に罵られ、泣いたこともある。

中川原すべり(サイトからの投稿)
小学五年生のときに僕が書いた将来の夢についての作文。「僕の将来の夢は阪神が優勝した年に道頓堀川に飛びこむことです。父は巨人ファンなので嫌がると思うけど、絶対に飛びこんでみせます」父はこの作文を読んだあと、深いため息をついた。「一生むりや」とも言った。でも親父、やっと夢が叶ったぜ。

10月9日

海屋敷こるり @umiyasiki
秋になった。灰青色の腹に淡い陽の光を反射させながら、マダム達が長いバカンスから帰ってくる。夏の間、ロシアの深く冷たい海で栄養豊富なプランクトンを堪能したイワシの人魚達は、刀のようにすらりとした体にたっぷり脂を蓄えている。そして決まって口々にこう言うのだ。「太ったって?旬よ、旬!」

神崎鈴菜 @suzu_nasuzusiro
色なき声――それは彼岸を過ぎた秋の風のように、熱を失った彼の声を揶揄した言葉だと思っていた。「合唱じゃ本当の声を出せないから」周りに合わせたテナーの音域からファルセットでソプラノの高音域へ。鼓膜を震わせる音圧と心の奥深くまで響く歌声を、私は透明以外の色で表現することが出来なかった。

一羽 @cheese__crane00
あと、1年。
瞬く間に秋めいた木漏れ日は、静かに慰めるような爽やかさを含んでいた。さよなら。これが恋愛映画なら、恋人が走り寄ってきて私を掻き抱いたりするのかも、なんて。帽子を目深に被り直し、乾いた空気を踏み落す。
また、1年。「おかえりなさい」愛する君は川の向こうで両手を広げている。

山田実和子(サイトからの投稿)
深秋の時期、私たちの恋人関係は散った。別れ際、「またね」と言われた。私には理解不能だった。数日後、近くで雨宿りをしていると、彼が傘を差し出してきた。葉は落ちて、彼の温かい表情に再び堕ちた。心の奥深くに、彼に植え付けられた愛が芽を出した。近くに盗人萩が咲いていた。花言葉は、略奪愛。

せらひかり @hswelt
ナカタさんは深緑色のセーターがお気に入りだ。先日宇宙連絡船が不時着したとき、救助活動ボランティアに出かけてお礼にもらったらしい。赤い髪と合わせるとクリスマスカラー。ハロウィンの街で待ち合わせても見失わない。散策中、二人で編み物をする。ナカタさんのふかふかな赤毛で編む靴下は暖かい。

葉名月乃夜 @hanazukinoya25
少年少女は深緑に包まれた森を進んでいく。もう闇が蔓延る時間だというのに、彼ら彼女らは怯まない。そうして不気味な鳴き声をも通り抜けた先、子供達を迎え入れた景色は素晴らしいものだった。空一面に散りばめられた宝石のような星々。それは子供にとって勇気の証であり、永劫に記憶の宝となった。

葉名月乃夜 @hanazukinoya25
雨が強い夜、一つのビニール傘に二人で入る。「あのさっ」上擦った声が出た。君は「ん?」と私を見る。「好き、です。付き合って下さい」なんとか言い切り、君の方を向く。深い闇に覆われたその表情は見えない。たっぷり10秒待った後。「うん、僕も好き」君が私を抱きしめた。世界一幸せな時間だった。

おどりばの橙 @orange___ohno
「深い意味はないけど」と肩に回された大きな手。私達とは反対側、海沿いの道を歩く女の子が会釈した。空はまだ少し明るい。スゥと音を立てて息を吸った貴方は自販機を指さして「何がい?」とこちらを見ずに言った。冷えてしまった缶珈琲を一人弄び、貴方の好きだったところを無理矢理思い出す帰り道。

兎野しっぽ @sippo_usagino
彼は昔よりせっかちになった。こちらは彼が訪れるのを指折り数えて待っていたのに、来たと思ったら休む間もなくあっという間に去ってしまう。もう少しゆっくりしていきなよと引き止めても、彼は困ったように笑うだけ。彼が残した深紅に染まった木々を見上げる。吐き出す息の白さがことさら切なかった。

はぼちゆり @habochiyuri0202
ガチャリと家のドアを開けると、私がいた。話してみると、とても趣味が合い、時間を忘れて語り明かした。目覚めるともう夕方で、もう一人の私はいなくなっていた。呑んだ後始末をしながら「私の方が消えればよかったのに」と深い溜息を吐いた。もうすぐ日が暮れる。ガチャリと家のドアが開いた。

亜鉛(サイトからの投稿)
僕が麦わら帽子をかぶるのは夏の終わりだけ。
虫採り網を片手に深々とかぶった途端、蝉の慌ただしい音も遠のき、眩しい光も隙間から漏れ入るだけで夏が終わるようで寂しいから。
でも、そろそろかぶっても良いかもしれない。
白髪で薄い髪の毛。手には医者から忠告されたビール。ああ、もう秋だ。

パトリシア環(サイトからの投稿)
パチパチと爆ぜる音がして、明るいブラウン色のコーヒー豆が躍る。ここからが本番。ダークチョコレートのような深い色になるまで、じっくり煎る。道行く人が、良い香り、と立ち止まり鼻をクンクンさせ始めたら、そろそろ出来上がり。今年の豆も上手に煎れましたね。返事をしない夫が写真の中で微笑む。

パトリシア環(サイトからの投稿)
ブラックホールを見たことがありますか?私は小さい頃から毎日落ちているから知っています。その暗く、深い、絶望に満ちた底なしの恐怖たるや。生きながらに死んでゆくのです。でも不思議ですね、あなたと出会ってからは落ちなくなりました。だから今日も私はあなたの腕をぎゅっと握って眠るのです。

パトリシア環(サイトからの投稿)
沢山の血が流れた。大勢の誇りが踏みにじられ、拭いきれぬ絶望が国を覆った。仲間の命、愛する人、家も街も何もかも失った。生き残った者は皆、孤独と寂しさに震えた。しかし戦終の日、国に新しい王女が生まれる奇跡が起きた。国民は、今皆が最も求める物を王女の名に冠した。彼女の名は、「深愛」。

藤和 @towa49666
日課のジョギングを終えて深呼吸をする。少し前まで下手に走ると命の危険があるような気温だったのに、気がつけば胸に吸う空気はすっかり冷たくなっている。息を整えてスポーツドリンクを飲む。川沿いに咲くコスモスと、それに添えられた青い空。今年の秋はいつまでこの町の側にいてくれるのだろうか。

麦倉モカ @gyozabeer_
僕は、お日様というものを見たことがない。どんな匂いがするのだろう。伸びたり縮んだりするのかな。あ、そうだ。あの人にお日様をプレゼントしたら喜んでくれるかな。綺麗な箱に入れて、リボンを結ぼう。でも、僕がお日様を見ることはこれから先、ずっと、ない。何故なら、僕は深海魚だから。

如月恵 @kisaragi14kei
夜に列車が走る。ハーフミラー効果で明るい車内から暗い外は見通せず、黒い窓に自分の顔が映っている。建物の灯や車の光が山間を流れて行く。海岸沿いに抜けコンビナート工場横に停車した。夜光虫の青い輝き、貝や点滅する深海魚の光を散りばめた竜宮城のようだ。いつのまにか深く潜ってきたらしい。

葵そら(サイトからの投稿)
羊雲を背に、舞うドローン。林檎の注文を受ける小型ロボットは、可愛い仕草が大人気。正確さも有難い。ケンタは、父の形見の芯切鋏を握りしめた。持ち手の傷に、深い味わいがある。ケンタのスマート農法は、泥臭い父とは真逆のやり方。しかし、父が毎日、林檎に話しかけていたことは、受け継いでいた。

みけにゃん(サイトからの投稿)
朝、外に出るとひんやりとした空気に包まれた。
「さむっ」
思わず身震いをし、私は体をさする。
今年は夏がとても長かった。
だが、季節はちゃんと移ろい、秋になっていた。
木々の葉っぱは少しずつ色を変えていく。
私は笑みを浮かべ深く息を吸った。
(秋…いらっしゃい)

月原たぬき(サイトからの投稿)
「昔、月に植えた花が咲いたから見に行く」と、隣で幼なじみが言ったのは一昨年の秋だった。枯れ草が騒ぐ河川敷。冗談だと思い僕は笑ったけれど、満月から輝く梯子がおりてきて、彼女はそれにつかまり手をふりながら夜空の深くへ舞いあがっていった。あれからたまに金木犀の花が降る。瞼からこぼれる。

10月8日

坂本真下(サイトからの投稿)
深海行きのバスに俺は飛び乗った。跳ねる息を落ち着かせながら席に座る。もう何年も使っている肺なのに、まだ呼吸は慣れないらしい。砂浜を出発したバスは底へ向かって走り、光が車内灯だけになって暫く一匹の人魚が窓を叩いた。遠い昔俺が捨てた尾鰭を持ったままの兄が手を振っている。会いに来たよ。

雪菜冷 @setsuna_rei_
冷気で目を覚ますと開け放った障子から一面の紅葉が見えた。寝床から体を起こす君。豊かな髪に美しい曲線を描く玉肌が紅を纏うよう。冬になれば病の僕は暖かな気候を求め南へ行く。壁には先日貰ったという婚礼衣装。今目の前の美しさだけは僕のものに。君の肩に強く歯を立てればジワリ。深紅が滲んだ。

kocolokoro @kocolokoro67800
「引き上げますよ」
公民館へ続く山道で、深いぬかるみにはまったワゴン車の傍で立ち往生していた男に声をかけた。フックでワゴンと僕の車を結び、僕はアクセルを一気に踏み込んだ。
ぬかるみからワゴンが抜け出すと、窓から彼女が顔を出した。推しの笑顔とライブ成功のためなら、車一台、安いものだ。

kocolokoro @kocolokoro67800
「ロールキャベツでございます」
お爺様の手料理はいつも美味しくて、ついお箸が進んじゃう。
あら、シルクのように滑らかな小指に深爪ができてるわ。爪を切り過ぎたのかな、それとも、噛み癖がついちゃったのかな。
小指一つに思いを巡らせ、その深みある生涯を一口で味わえるアタシはきっと幸せね。

水原月 @mizootikyuubi
祖父の遺した文庫本を読んでいたら、銀杏の葉が挟まっていた。
幼い頃、秋になると銀杏の葉を集めて、古本屋を営んでいた祖父にプレゼントした。深い黄色によく染まった銀杏の葉は、本のお守りになるから。
乾いた銀杏の葉を、慎重に手のひらに置いた。元気か?という祖父の声が、聞こえた気がした。

一羽 @cheese__crane00
「最近さ、人肌恋しくなるんだよね」
大衆居酒屋の生暖かい空気は落ち着かない。寒くなってきたから、と適当に返答し、男の手元へ目線を落した。
…しっかり、嵌められている。
ペパーミントの吐息、深爪になる程抜かりなく切り揃えられた指先。
燻んだリングは、真っ白な海に嚥下させて仕舞えばいい。

友川創希(サイトからの投稿)
俺が事件のあった深い山奥を捜査しているところ、何やら人影があった。あれは、女性だろうか。少し不気味だなと思いつつも、俺は声をかけてみた。「あの、こんなところでどうされましたか?」するとその女性は振り返り、俺に向かってこういった。「私、この山で死んでしまったの?」と。

愛花しおん(サイトからの投稿)
深夜バスの窓から、隣を走るトラックに描かれた「煌めき発見」の言葉が心で輝いた。高速道路の光は深海の様に見え、コロナ禍になってからの世のうつり変わりを想う。寝静まったバスの中で、幼少期に種子島の浜で拾った星砂の入った小瓶を見つめた。深々とした無月に星砂に似た星々が優しく泣き瞬いた…

雪菜冷 @setsuna_rei_
あの女性は毎日同じ格好で同じ車窓から秋桜畑を眺めている。秋も深まる時分に麦わら帽子と向日葵のワンピースという出立ち。地縛霊か。僕は心配で声をかけた。反応がない。秋桜の指輪を作り置いてみた。驚いた顔で指輪をはめ一頻り泣いた後彼女は下車した。よかった。僕は車体をすり抜け天まで昇った。

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