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秋の星々(140字小説コンテスト第4期)予選通過作

季節ごとの課題の文字を使ったコンテストです(春・夏・秋・冬の年4回開催)。

秋の文字 「深」
選考 ほしおさなえ(小説家)・星々事務局

予選を通過した35編を発表します(応募総数582編)。ご応募いただきありがとうございました。

受賞作(一席、二席、三席の3賞+佳作7編)は12月下旬に発表予定です。
優秀作(入選〜予選通過の全作品)は雑誌「星々」(年2回発行)に掲載されます。
また、年間グランプリ受賞者は「星々の新人」としてデビューし、以降、雑誌「星々」に作品が掲載されます。

https://hoshiboshi2020.stores.jp/

受賞作の速報はnoteやTwitterでお伝えするほか、星々マガジンをフォローしていただくと記事の更新時に通知が送られます。

予選通過作

@tatami_tatami_m
深く深く海の底へ潜るかのように高く高く、空へと上がっていった。轟音に体が包まれ、体が押し潰されるかのようだ。窓がないので外の様子はわからない。いや、液晶モニターが映し出してはいて既に地表がかなり遠いのがわかった。昔、犬がこうしてたった一匹で射出されたんだっけ、と気持ちが暗かった。

世原久子 @novel140tumugi
夜を切り取るような窓がひとつ。両耳を立てたウサギが一羽、赤い瞳で興味深げにこちらを見つめる。
この声は誰のものだろう。暗闇を見守るウサギか、光を辿る僕か、それとも夜の一番深い場所で謳う誰かか。
あの窓の向こうに僕は行けず、ウサギもこちらには来ず、ただ静かな語りが消えることもない。

イマムラ・コー @imamura_ko
ある日刑事が来て一枚の写真を僕に見せた。
「近くで強盗事件がありましてこの男を探してるんです。ご存知ないですか」
深刻な顔で言う。すぐにわかった。妻の初恋の人だ。以前写真を見せてもらった。今頃何してるんだろうなんて懐かしんでいた。妻に教えてあげよう。立派な刑事さんになってるよって。

荒金史見 @af_viz0319
水深500mを超えると、世界から色が消えた。750mまで沈むと、今度は音が消える。1000mで手足の感覚が消え、1250mを過ぎると『私』までいなくなる。水温36度に保たれた巨大な円柱水槽の中は、いつだって心地よい。ゆっくりと動く自動昇降機の上で、私は『私』に近づいたり遠ざかったりを、ただ繰り返す。

ともろ @gotogohan555
連日の暑い夜が終わり、少し肌寒い夜。お気に入りの肌触りの良いパジャマに袖を通す。昼間に干したふかふかの布団に潜り、眠りにつく。
朝、穏やかな日差しと爽やかな空気を感じながら眠りから覚めて、深く絶望するの。もう二度と会えないあなたを思い出す。季節がめぐっても心は置いてけぼりのまま。

草野理恵子 @riekopi158
君の島に辿り着いた。坂道の先に灯りがひとつ見え、君が書き物をしていた。僕が来ることを知っていたという。君は寝巻の上に夫のシャツを羽織っていた。袖が擦り切れていた。彼女はインクが出ないと言ってペンを勢いよく振った。僕の腕に深々と刺さり赤と黒の混じった飛沫が君の夫のシャツを汚した。

早希子(サイトからの投稿)
コップの中には水が入っている。コップに差し込む光で、深い海のように見える。私は窓を開けた。星が、一つ、二つ、数えようとすると、数えきれない程に、星が見える。深い青さと共に、深く息を吸い込んだ。そのまま、寝っ転がりたい気持ちが胸に広がる。時間が止まっているような感覚がした。

富士川三希 @f9bV01jKvyQTpOG
少し角が丸い風を深く吸いこむと、肺に透き通った朝が流れこみ波立つ稲の薫りが鼻をかすめる。あの地はアスファルトの下へ消え、あの人は空の上。そのあいだを随分歩いてきたものだ。思い出すたびに胸が締めつけられても一生手放すことのない記憶が、今日も私の足を前へ進める。ほてほてと生きるのだ。

リツ @ritsu46390630
深夜に食べたいちご大福は味がしなかった。いつもは夕食の後にお茶を飲みながら味わって食べるいちご大福を、今日は作業として食べた。長すぎる夜の過ごし方が分からなくて食べた。気を紛らわすために食べた。鼓動を落ち着かせるために食べた。美味しくて幸せな思い出に上書きされて、悲しくて泣いた。

坂本真下(サイトからの投稿)
深海行きのバスに俺は飛び乗った。跳ねる息を落ち着かせながら席に座る。もう何年も使っている肺なのに、まだ呼吸は慣れないらしい。砂浜を出発したバスは底へ向かって走り、光が車内灯だけになって暫く一匹の人魚が窓を叩いた。遠い昔俺が捨てた尾鰭を持ったままの兄が手を振っている。会いに来たよ。

はぼちゆり @habochiyuri0202
ガチャリと家のドアを開けると、私がいた。話してみると、とても趣味が合い、時間を忘れて語り明かした。目覚めるともう夕方で、もう一人の私はいなくなっていた。呑んだ後始末をしながら「私の方が消えればよかったのに」と深い溜息を吐いた。もうすぐ日が暮れる。ガチャリと家のドアが開いた。

せらひかり @hswelt
ナカタさんは深緑色のセーターがお気に入りだ。先日宇宙連絡船が不時着したとき、救助活動ボランティアに出かけてお礼にもらったらしい。赤い髪と合わせるとクリスマスカラー。ハロウィンの街で待ち合わせても見失わない。散策中、二人で編み物をする。ナカタさんのふかふかな赤毛で編む靴下は暖かい。

右近金魚 @ukonkingyo
私の世界から匂いが消えた。ウイルスの呪いだ。砂のような食事。無言のアロマオイル。深々と猫の匂いをかぎたい。じゃあ代わりに、と子ども達が言う。匂いを描いてあげる。
山吹色のふわふわは金木犀。スモーキーな緑のゾビゾビは松林。渦巻く薄茶は、猫。私は深々と色を吸い込む。魔法よ働け。

明日香 @asukahuka
深海の遊園地には失われた記憶が集まってくる。メリーゴーラウンドに乗る人影の中に子どもの私を見つけた。(変なの)あれは存在しない記憶だ。遊園地に連れてきてもらった事など一度もない。子どもの私は真剣な表情でペガサスに乗っている。私と目が合うと、恥ずかしそうに手を振った。

たつきち @TatsukichiNo3
随分と深い井戸でね。ほら。落とした石の音がしない。水もすっかり枯れている。この釣瓶に壊れた茶碗を入れて井戸に下ろすんだ。ほら。釣瓶が揺れただろう。これを引き上げると。見てごらん。茶碗が綺麗に元通り。不思議だろう?どんなモノも元通り。そう言う彼の腕の中で、彼の愛猫がミャウと鳴いた。

瓦夜 @KawaraYoru
深い涸れ井戸の底に私は居る。光を求め見上げると、丸い空は人々の顔で埋まっている。彼らの唇は絶えず動き、様々な意見が交わされている。話し合いが終わると、彼らの瞳から、雫がぽつぽつ落ちてくる。その涙で涸れ井戸に水が溜まり、私は地上へと浮上する。これで助かる。千年後くらいには、恐らく。

MEGANE @MEGANE80418606
深く、深く、私の中を潜って探す。それは、最初からきらびやかに輝く宝石と違ってただの石ころみたい。だけど、丁寧に磨いて、カットして、光に当ててやれば一等輝く。ときに烈しく、ときに静謐に。この石を活かすも殺すも私次第。怖い。石を台無しにするかもしれない。それでも何度も潜って輝かせる。

星見玲桜 @reo_hosimi
老人の頭は深い森になっている。白髪は雪を被った樹々であり、それをかき分ければ、頭皮の上を人々を乗せた橇やそれを引く犬が走り回るのが見えた。森に指を突っ込めば、驚くほど冷たい。この森に温かいお湯をかけるのかと思うと悩む。人や犬のことが心配だ。でも、仕事だからと、自分の心を鬼にする。

モサク @mosaku_kansui
顔もあげない店員の「あざっしたー」は深度0。タバコの味は変わらない。妻子がいなくなり言葉にこもる何かが見えるようになった。「お気の毒に」同情をよそおう好奇心の深さに、悲しみの底は見えない。それでも、合挽き肉200gをピタリと計った肉屋の「ありがとね」のおかげで、今日も飯がうまい。

緒川青(サイトからの投稿)
7才の時、吃音を揶揄われてから一言も喋っていない。代わりに爺ちゃんの宝物の蓄音機を鳴らす。滑らかな音。
でも、蓄音機は、シャックリみたいに音が途切れるようになった。爺ちゃんは修理どころか「お前が喋ってるみたいだ」と笑った。
「ち、ち、違う」爺ちゃんはさらに笑い皺を深くして喜んだ。

yomogi @yomogi585354524
月夜の晩に草笛を吹くと、小さな竜が深い湖の底から飛び出してくる。幾度も飛び上がっては身体をよじる度、月光に銀の鱗が煌めく。「姫!こんなに高く飛べるようになりました。三百年もすれば姫を乗せ何処へでも行けます」得意げな顔を見せるこの美しい竜は、まだ人間の寿命がどれ程かを知らない。

秋透 清太(サイトからの投稿)
パチン、パチン。祖父の爪を切る。意識を失ってから、一段と細くなった気がする。パチン、パチン。祖父は深爪だった。私は臆病なんだ。そう呟きながら爪を切っていたことを覚えている。パチン、パチン。病室の扉が開き祖母が顔を出す。今日もありがとう。そう言って、頬に伸びた傷跡を撫でる。パチン。

想田翠 @shitatamerusoda
深夜まで勉強していると、母が夜食を作ってくれた。基本的に温かいうどんかおにぎりで、たまに登場する焼うどんの特別感ったら…。踊る鰹節が回想を連れてきた。階段を上がる足音を聞いて、今頃慌てて漫画を隠しているはず。経験者だからわかる。それでも、「味方だよ」のエールを送る心は変わらない。

如月恵 @kisaragi14kei
未明、猫に起こされた。小さな灯りを点けると眩しげに目を細める。猫は深い闇を見通し遠い声を聴く。夜明け、鳥の声が聞こえる。鳥は空を広く見渡し、紫外線までも見る目で光を深く知る。猫でもなく鳥でもない私は哺乳類でありながら闇を見通せず、鳥類でないのに色を見て、闇と光の間に立っている。

多福(サイトからの投稿)
深緑色をした長楕円形のやや肉厚な葉がますます艶やかさを増す。
築45年の実家が売れた。
父母が亡くなり、姉妹もみな嫁いで行ったその空っぽの家に、
久しぶりの外気が隅々にまで行きわたる。
玄関横で主人の気配を感じながら、椿は今年も花をつける。
新たな住人は喜んでくれるだろうか。

あきら @akirakekunote
砂利の上に、死んだオニヤンマがおちている。夏の間空を抱いていた羽は深く透きとおり、アキアカネが秋空を無数に泳いでいくのを、大きな眼で睨みつけている。あれだけきらめいていた夏が、呆気なく空っぽになりそこにおちていた。鮮やかな秋に責め立てられ、わたしは恐ろしくて、母の手を握る。

伊古野わらび @ico_0712
「この穴はどこまで続いているんですか?」と尋ねると「向こう側まで」と端的な答えが返ってきた。
「それは深いですね」と頷くと、相手はガガガっと豪快に笑った。
「そりゃあ深いですわ。何せ『地表』までですから。わたしらじゃ冷えて固まって岩石になるほどですよ」
僕らは怖や怖やと笑い合った。

鈴木林 @bellwoodFiU
深夜営業のみのファミレスには家族が集まった。一人暮らしの父、ひとつところにいない母、身長2メートルの娘、煙草を食べる息子、漢字を編み出す犬。フライドポテトを掛け金にしてトランプで遊ぶ。朝になるとドリンクバーが調子を崩し薄い炭酸を吐き出すので、皆はしぶしぶ個別会計しそれぞれ帰った。

石森みさお @330_ishimori
熱波から一転、厳しい寒さがやってきて、街は文明を壊す程の深い雪に埋もれてしまった。世界の半分がそんな様子で、寒い代わりに争いの火は消え、みんな静かに身を寄せ合っている。僕は懐に猫と空腹を抱いて束の間のぬくみに微睡むけれど、この子の餌が尽きたら僕も武器を持つのかな、とふるえている。

彩葉 @sih_irodoruha
やまない雨は塩辛い。傘がざらざらする。空と海が逆になった世界。空に海がある。深いところにいなければ落ちてきてしまう魚。見上げてどのあたりが浅いのかと落ちてくる魚の場所を確認しながら推測する。魚は深く潜ろうとするが潜るほど塩分が低くなる。海の底はきっと空なのだろう。

山口絢子 @sorapoky
誰も信じてくれなかったが、人がいた。深い森の中に。叱られるたびに、逃げ込んだ。風に踊る長い髪は、タクトのように木々を揺らす。知らない旋律であったが、つられて口ずさんでいた。国も性別もわからないその人を、森の人と私は呼んだ。寂しくなると言葉にできない歌をうたう。五十年経った今でも。

ケムニマキコ(サイトからの投稿)
深泥池の浮島はな、植物の遺体が積もってできてるんやって。ほんでな、そこに根を張って、新しい草木が生えるねん。私らも、そんな風にしよな。私が一つの島になって、あんたの居場所になったげる。ズタズタにされた上履きを放り投げ、私達は駆け出した。キンモクセイの匂いは、夕方みたいやと思った。

泥からす @mudness_crows
「だから、これは浮気とかじゃなくて……」深海の底の様なファミレス。僕は、彼女の口から漏れる言い訳の気泡を眺めていた。(そんなに空気を吐いたら大変だよ。それに、海の底はもう少し静かな方がいい)そんな事を考える僕の胸の穴からは口の無い虚が顔を出し、彼女の目の中で嘘の大群が水を跳ねた。

藍沢 空 @sky_indigoblau
実家を片づけにいったら、だいぶ昔の恋の欠片がいくつも出てきた。よくもまあ、こんなに深いところから。薪を焚べて燃やしてしまいたかったが、火の始末も大変だ。仕方がないので、夜空に向かって丸めて投げたら、張りついて瞬きだした。そうか、今度は毎夜見張られるのか。ずっと忘れていてごめんね。

祥寺真帆 @lily_aoi
先祖は珍しい医者だったそうだ。代々伝わる話がある。みな心の深いところに森を持っている。ちんまりとした、明るい感じの森だ。大人になるとそこに忘れ物を取りに行ったり、お祈りに行ったり、泣き言をこぼしに行ったりするという。お墓参りに行くと、森のかおりが鼻をかすめるときがある。

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