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ルーカスの涙

ルーク!
すまない。
私が悪かった!

ルーカスの馬房の上の扉を開けたとき、
ルーカスは、しっかりと頭を上げ、目から大粒の涙をポロポロこぼして立っていました。

その姿を見た瞬間に、私は自分の心の弱さと未熟さ、そしてルーカスの悲しみをすべて、一瞬で悟り、そして、自分がルーカスにとった態度を猛烈に後悔しました。

ルーカスは、涙をこぼしながら、静かに私に言いました。
「あなたには、私の心が通じないのか。」と。

・・・

その日の朝、ルーカスと私は馬房の中で、あるやりとりをしていました。
でも、相互の意思疎通がまったくできず、そのうちルーカスは私を「拒絶」しだし、なんの進展もないまま、ただ時間だけが経過します。

時間が経つにつれ、ルーカスは目をむいて、両耳を後ろに向けてピタッと頭に付けて、歯をむき出しにして、「フヒー、フヒー!」と鼻から息を吐き、険しい表情になってきます。
体毛も逆毛立って、前脚を上げて立ち上がろうとし、とにかく体全体で、私の存在そのものを「全否定」しているかのように、そしてその目つきが、「いくらイキがっても、お前なんかなんの価値もない!このちっぽけなクソ野郎!」とまで言われているように思えてきました。

タロウさんとルーカスを迎えてから、睡眠時間は毎日2,3時間。
給餌、馬房掃除、グルーミング、他にもこの2頭のためにたくさんの仕事や作業に真剣に向き合ってきたつもりだったので、ルーカスのこの反抗的な顔と攻撃的な態度に、恐れよりも、怒りが心の底から湧き起こってきました。

・・・・・

この時、私はこみあげる怒りにまかせて、
「もういい! お前はずっと厩舎にいろ!」と怒鳴り、ルーカスの馬房の上と下の扉を二枚、力一杯に叩きつけて鍵をかけて閉じ込め、馬房の外に出ました。
それでもなお怒りがおさまらず、外から思いっきり下の扉を蹴飛ばしました。

ルーカスの馬房


・・・

このころの私は、起業したばかりで、日々、入れ替わり立ち替わり、乗馬に対して一家言もっている乗馬歴が自慢の人たち、元上司、他にもビーチサンダルを履いて、「それは寝間着か?」と聞きたくなるような、スケスケの服を着た、だらしない格好をしたカップルなど、とにかくなんやらかんやら、有象無象の老若男女が冷やかしに見にきていました。

(中には心から応援して下さる元騎手や、心から馬に向き合っている女性ライダー、いつもタロウさんとルーカスに声をかけてくださるご近所の方々もいらっしゃいましたが。)

馬場の埒(らち:柵のこと)に肘をついて、私とタロウさんとルーカスのやりとりをニヤニヤしながら見て、指さして大笑いしたり、馬が私の指示に従わないときは冷笑したり。

その人たちが共通しておっしゃるセリフ。
その本質は、率直に言うとこういうことでした。
「お前はリーダーとして毅然としていないから、馬に舐められている。」
「馬を飼って道楽をしているだけじゃん。うらやましいよ。良いご身分だね。ただの目立ちたがりじゃないの?いつまで続くかな。」
「こんなことやってて利益が出てるの? あなた、ビジネスってものを甘く考えてるでしょ。」
「どうせ最後は、『ほら見たことか!』っていうオチになるんじゃないの?」

私は、ニヤニヤしながらポケットに手を突っ込んで、なれなれしく話しかけてくるそんな人々が、内心とても不愉快で、腹わたが煮えくりかえることもありました。

・・・・・

このころはまだ「呼吸の大切さ」に気づいていませんでしたが、ルーカスの態度に怒り心頭で外に出たあと、本能的に馬房の外で何度も何度も深呼吸をくりかえしました。

そして、私が腹を立てていたのは意思疎通ができないルーカス相手ではなく、この数日、頭から離れない、度重なる上記の人たちの言動であったことと、その「八つ当たり」をルーカスにしてしまったことに気づきました。

私の乱暴な態度をルーカスに謝ろうと思い、馬房の上の扉を開けた瞬間。
そこには、大粒の涙をポロポロこぼしながらも、毅然と立っているルーカスがいました。

その時、ルーカスが私に言った言葉が、
「あなたには、私の心が通じないのか。」
という深い悲しみの言葉でした。

このルーカスの言葉が聞こえた私は、瞬時に、それまでの私の指示が、実はすべてルーカスに通じていたことも悟りました。
怒りに燃えた私が一人で空回りしていただけで、ルーカスは何もかも承知で、私に寄り添っていたのでした。

ルーカスは、私の指示も苛立ちもすべて分かってくれていたのに、私はそのことにまったく気づかず、野次馬達の不躾・無礼な言動に心を奪われ、一人で怒ってイライラして、ルーカスに対して、八つ当たりをしていたのでした。

ホースハーモニーの2つの原則
馬とのやりとりにおいて、
1.「力」は無用。
2.馬の反応は、
100%「人の側」に原因がある。

2つの原則は、このときに生まれました。

タロウさんとルーカスがここに来て、2週間目の出来事でした。

【馬との会話】ひとつだけ確かなこと
【馬との会話】静かでいること

これらの記事につながり、そして今も日々、私を戒めてくれる、とても大きな出来事でした。

おしまい。

補足
馬とのコミュニケーションにおける特徴を3つ。
1.馬が言っていることを、人が理性で受け止めて理解する場合。
2.人の心のノイズレベルが、ある状態まで下がったとき、瞬時に気づきやひらめきが現れてくる場合。
3.脳内の聴覚神経を通って、あたかも音声のように聞こえてくる場合。そして、それは疑いようのない、誤解しようのない、とてもシンプルな言葉で聞こえてきます。

今のところ、上記の3つの場合があります。
どれがいいとか、どれが高等とかいう区別はありません。
いつでも誰にでも、その時にもっとも適切な形で起こります。
(ホントですよ。)

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