ちっとも聡明でない主人公が盲信した、正義の行方(映画「スパイの妻」を観て)

アニメ「SPY×FAMILY」に続き、偶然にも「スパイ」がタイトルにつく作品を連続で鑑賞しました。国内外で評価の高い黒沢清さんが監督を務める「スパイの妻」を、Netflixにて。

ちなみに本作は、映画「ドライブ・マイ・カー」で注目を集めた濱口竜介さんが脚本を務めています。(脚本のクレジットは、濱口竜介さん、野原位さん、黒沢清さんの3人が名前を連ねています)

かなり良かったです。陰影の加減など、映画館で観ると印象がグッと変わるんだろうなと。上映当時に全くフォローしていなかった自分を恥じるばかりです。

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鬱々とする陰を体現する、東出昌大さんの演技

所属事務所からの契約解除など、演技以外のところで物議を醸す東出昌大さん。ですがここ数年の東出さんは、数々の作品で抜群の存在感を見せています。

本作では、主演のふたり(蒼井優さん、高橋一生さん)が「陽」を担っていますが、東出さんはひとりで「陰」を担っています。

だいたいこういった役回りは、年配のベテラン俳優が担うことが多いです。例えば、柄本明さん、國村隼さん、高嶋政伸さん。味のある演技で映画の端々をギュッと締めるものですが、本作は東出さんがひとりでその役割を完璧に果たしています。しかも30代前半という若さ、なかなか彼の代わりができる役者は思いつきません。

戦前、戦中の日本を語る上で、「正義」を避けることはできません。「正義」とは本来ポジティブな意味で使われますが、戦争犯罪人として処刑された人たちにも「正義」はあって。しかし、その「正義」には、何かを盲信するような狂気が伴っています。

もともとは良い青年だった東出さん演じる泰治は、軍部で要職に就きます。すると何の疑いもなく、拷問を伴う取り調べに加担していく。そこに躊躇はないし、笑ってさえいるような薄気味悪さがあります。

本作は、全編を通じて、陰のような暗さがつきまとっているのですが、東出さんの存在がその暗さを鬱々とさせているように感じました。

すべてがサスペンス、ずっと不安だった妻・聡子

本作はサスペンスとカテゴライズされることが多いです。

実際に登場人物の心理やストーリー展開はサスペンスそのものなのですが、この時代そのものがサスペンスだったことは認識しておくべきでしょう。

サスペンスとは「不安や緊張など、不安定な心理が続く状態」のこと。いつ命を失ってもおかしくない戦争は、ある意味で極限状態が続いているということです。

何より、主人公ふたりのやりとりがサスペンス的だったと思います。それは外的要因によって不安を駆り立てるのでなく、お互いの存在がどこか不安定で、特に蒼井さん演じる聡子が、常に不安を抱えて生きているキャラクターのように感じました。

それは物語序盤、国家機密を優作が知る前(つまり商売は順調そのもので、何ら不自由のある暮らしをしていなかったとき)も、聡子はずっと不安定でした。それを見抜けなかった(あるいは過度に軽視していた)のが高橋さん演じる優作でした。

物語の中盤で、聡子が「私は、正義よりも幸福をとります」と優作に告げます。しかし優作は「その幸福は、悪魔の所業の上に成り立っている」と喝破する。ここから物語は急展開していき、束の間の幸せを夫婦が味わうことになるのですが……

僕は、このやりとりが、夫婦の関係が決定的に破綻するトリガーになったのではないかと解釈しています。

名前の矛盾、それが作者の皮肉だとしたら……

ここまで駄文を連ねましたが、たぶん僕の解釈は間違っています。

腑に落ちなかったのが、聡子と優作の名前。

聡明という文字が使われている聡子、優しいという文字が使われている優作。しかし実際は、聡子はちっとも聡明ではなかったし、優作は全く優しい男ではありませんでした。(物語のクライマックスで、聡子の身に起きたことはいっけん優作の「優しさ」のように感じますが、僕はなかなか非道い所業だと思いました)

監督や脚本がもし僕と同じ解釈であるとしたら、名前は聡子、優作であるはずがありません。(ここまでくると行成薫さんの原作を辿らなければならないかもしれませんが)

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……ただまあ、作者が「大義」を貫こうと奮闘したふたりに対して、皮肉的な見方をしているのであれば、名前の矛盾も成立します

作者の皮肉というのは、国益に反してコスモポリタンとして日本の悪事を暴こうとしたこと、ではありません。

もっと俯瞰したときに、もっと別の選択肢があったんじゃないかと。

ふたりが目指した幸福も実現できたかもしれない。弟的な存在である文雄(演・坂東龍汰さん)を犠牲にしなくても良かったかもしれない。

日本が、愚かな正義を盲信してしまったように、ふたりの行為もまた独りよがりの正義だったのではないか?と。

聡子と優作。主人公の持つ名前の矛盾を探るために、機会があれば、もう一度鑑賞してみようと思います。

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(Netflixで観ることができます)

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