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「民謡ジャズって何?」 現代ポーランドにおけるジャズとトラッドの関係①

今年はポーランドと日本の国交樹立100周年というアニヴァーサリー・イヤー。それにともない、これまでにも増してポーランドがらみのカルチャーイベントが目白押しなんです。中でも「音楽関係」は早速キテます!

そのうちの2つをご紹介しましょう。昨年のカンヌ映画祭最優秀監督賞を受賞したPaweł Pawlikowski パヴェウ・パヴリコフスキ監督の最新作映画『COLD WAR あの歌、2つの心』の公開と、トラッド・シーン最前線のヴァイオリン奏者Janusz Prusinowski ヤヌシュ・プルシノフスキの来日公演です。それぞれ6月の催しです

ヤヌシュの来日は音楽関係だろうけど、COLD WARは違うだろうって? いえいえ、この作品はピアニストとシンガーが主人公の、恋愛映画でもあり音楽映画でもあるという欲張りな内容なのです。主人公ヴィクトルが指揮・編曲する民族音楽舞踊合唱団や、彼が亡命したパリで演奏する「民謡ジャズ」もあって、音楽ファンならすごく楽しめる映画になっています。

この2つのイベントを再来月に控え、バックグラウンドとなっているポーランドのジャズとトラッド事情を開催直前まで何回かに分けてわかりやすく解説していきたいと思います。この記事はシリーズ第一回ということになります。

↓(サンプル動画と公式ウェブサイトです)

COLD WAR あの歌、2つの心

ヤヌシュ・プルシノフスキと彼のバンドKompania

ところでこちらのプルシノフスキ公演を予約した方には、ポーランドのトラッドシーン最先端のミュージシャンたちを紹介する映画が無料で見られるというすごい特典があります。ポーランド音楽ライターの僕も強力にオススメするバンドがたくさん出ていますので、ぜひライヴのご予約を!
(詳細↓)

さて、多くの方が上の説明で「民謡ジャズって、つまりどういう音楽なの?」と疑問に感じたことと思います。かんたんに言うと「民謡や伝統音楽曲を題材にしたジャズ」ということになります。

民謡や伝統音楽のことを「トラッド」と呼ぶことのほうが多いのですが「トラッド・ジャズ」は既成の別ジャンルに対する呼称なので、僕はあえて「民謡ジャズ」を使っています。さらに、民謡ジャズは大まかに2種類に分けることができます。

1.民謡や伝統音楽そのものをカヴァーしている
2.民謡や伝統音楽の要素をミックスしている

カヴァーというのは文字通り曲自体を演奏することですが、民謡をカヴァーしているからと言って必ずしもトラッド・タッチが感じられるというわけではありません。一方で2.のほうはトラッド風味をどこかに感じさせつつもオリジナル曲だったり、いろんな民謡の断片しか使っていなかったりなどさまざまなパターンがあります。

さて、日本の人は民謡や伝統という言葉にはどことなく「古臭さ」「懐かしさ」のようなものを感じがちですが、ポーランドは少し事情が違います。

まずこの国は、人口の半分が35歳以下の若い国です。なので当然、リスナーもミュージシャンも若い世代がとても多い。これはつまり伝統音楽の演奏家自体も若者がたくさんいるということでもあるし、そこから影響を受けるジャズをはじめとした他ジャンルのミュージシャンも若者が中心だということです。

若いポーランド人にとって、トラッドは日本よりももっと身近にあるものなんですね。年代別人口比率は国の音楽のあり方に対する影響の中で大きな比重を占めるという、好例です。

映画『COLD WAR あの歌、2つの心』でトマシュ・コット演じるヴィクトルが亡命先で奏でる「民謡ジャズ」は、現代ポーランドの音楽シーン最先端を走るジャズピアニストMarcin Masecki マルチン・マセツキがアレンジを担当しています。彼もまた1980年生まれの比較的若い世代のミュージシャンです。

マセツキや映画中の音楽については、公開時に劇場で販売される公式パンフレットに掲載予定の私の解説に詳しく書いてありますので、みなさまぜひ劇場に足をお運びになり、ご購入下さい(笑)

そのマルチン・マセツキが民謡ジャズを演奏している映像がありますので、まずは聴いていただきましょう。こちらは民謡ジャズの2つの分類のうち「要素をミックスした」ほうになります。

民謡風のメロディで形作られた楽曲をベースに、なかなかアヴァンギャルドな演奏を展開しています。ところでこのトリオのベーシストとドラマーはCOLD WARの民謡ジャズ演奏シーンでも登場してます。マセツキはトマシュ・コットの吹き替えなので音だけ登場です。映像が白黒なのも映画と同じだし、ちょっとサントラのプロトタイプっぽい音楽です。

ところで、上のマセツキ・トリオの演奏を聴いて「あれ、なんかショパンっぽくない?」と思った方。するどい! ポーランドのジャズとショパンの関係については次回か次々回記事に書きますのでお楽しみに♪

ポーランドの民謡ジャズは、ヴァラエティ豊かで「今の音楽」としてアップデートされているのも特徴です。やはり若い世代が多く関わって新しい感性で捉え直されているからでしょう。

この国で今一番人気があるアーティストの一人で、最もワールドワイドに活躍している女性ヴォーカリストAnna Maria Jopek アンナ・マリア・ヨペクも民謡ジャズの旗手です。アメリカの偉大なサックス奏者Branford Marsalis ブランフォード・マーサリスとの連名でリリースした最新作は、典型的な「ミックス」タイプの民謡ジャズ。さらに民謡カヴァーもあります。

ここでお知らせ。今月13日に御茶ノ水のDisk Union JAZZ TOKYOで彼女とピーター・バラカンさんとのトークショーが開催されます。15:00~です。お父さんがポーランド人というバラカンさんも本作をとても気に入ってましたよ。

他にもいくつかポーランドの民謡ジャズのオススメを挙げて、シリーズ「現代ポーランドにおけるジャズとトラッドの関係」初回を終えたいと思います。

僕のお気に入りユニットBabooshki バブーシュキ(ポーランド人とウクライナ人の女性ヴォーカリスト2人が結成)によるクリスマス・キャロル。これは分類としては1.の「カヴァー型」ですね。ちなみにポーランドは人口の9割がカトリックなので、キャロルなどの宗教系伝承曲も民謡ジャズネタになることが多いです。

クラリネット、ギター(&ベース、シンセ)、ドラムのトリオPole ポーレ。戦前までのポーランドは、ユダヤ人を含めたいろんな民族が暮らす多民族国家でした。そうした歴史を踏まえて、このようにクレズマーの要素をさらにミックスさせた民謡ジャズも盛んです。

現代ポーランドジャズシーンで最も注目を集める天才ピアニスト/コンポーザーのKamil Piotrowicz カミル・ピョトロヴィチのファースト(クインテット名義)から。カシュープ人という、北部に住む少数民族の伝統舞踊音楽をベースにしています。

トランペット奏者Maciej Fortuna マチェイ・フォルトゥナによるポーランド民謡「Lipka リプカ」のカヴァー。民族衣装を着た女性の踊りもついたキャッチーな映像です。

最後に、ドイツのACTレーベルから名作を連発しているヴァイオリニストのAdam Bałdych アダム・バウディフの最新作から中世の伝承曲のカヴァー。以前雑誌の特集のためにインタヴューした時、ジャズにおけるトラッドの影響についてアダムはこういうことを言っていました。

「トラッドというのは、僕がどこから来たのかを示すためのIDカードのようなものだと思うんだ」

というわけでした。次回の「現代ポーランドにおけるジャズとトラッドの関係」をお楽しみに!

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