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ショート: 大海を胸に秘めて

「海砂糖 綾を織りなし 光の紋」
海岸線に差し掛かり、助手席の母が句を詠んだ。 

「海水ってしょっぱいのに、そこは砂糖?」
なにげなく母へ問うと、
「海と塩じゃ色気がない」
消えそうで、アンニュイな声が返ってきた。

母は娘の私にも、何を考えているのか不明な、
父や祖母へは甘えるが、人見知り。

「よく人の親になれたな」と思うような
母の様子から、誰でも親になれると感じ、
私は母のような人にならないと決めていた。
周りが囲わないといけないメンヘラは頼りない。

私は小学生から、バレーボールで身体を鍛え、
他者との受け答えは、歯切れの良い言葉。
「お母さんみたいな軟弱は嫌いだ」

二年前。
連日、豪雨警報が消えず鉄道も走らない。
会社から自宅待機を命じられた昼間。
珍しく、母と居間で過ごしながら、
母は「なにか音がする」しつこかった。

(またメンヘラが発動した)
無視していると、轟音と共に私は“塞がれた”。

どれだけ眠ったのか
耳の奥で、野太い獣の叫びが続く。

言語にならない絶叫が消えたとき、
「おい! 大丈夫か⁈」
私の身体を覆うものが剥がされ、少し軽くなり、
引っ張る方向へ目を開けてみた。

シャベルを持った男性が、私の腕を握る。


背中に冷たさが滑り落ち、反射的に落ちたものへ
目をやると、体躯の半分にガラスの刺さった母が
泥へ伏せるが如く同化した。

砂糖蜜のような、ただのメンヘラは
娘の私を庇えるだけの大海を秘め、死んでいた。

#シロクマ文芸部
#小牧幸助さん