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卵かけご飯のマナーを知らない

卵かけご飯の食べ方マナーを知らない
昔、それで恥ずかしい思いをした

出張先での朝ご飯は、給食形式で
お盆にのった主食や副食をいただく

器に生卵があったので、卵をご飯にのせ
ざっくり絡ませて食べていると
一緒のテーブルにいた人達から、奇妙な顔をされた

卵かけご飯というのは、生卵とご飯をよく混ぜ
勢いをつけ、かきこんで食べるのが一般的らしい

うちは、親が教えてくれることなく
祖母は、毎朝卵かけご飯が習慣だったので
祖母の流儀で食べていた

友達が泊まりに来たり、旅行へ行ったとき
人が卵かけご飯を食べる
そのときは、幾ら思い出そうにも
頭から、誰かが食べる光景は浮かんで来なかった

家に帰り、ひとり、卵かけご飯を食べる
出張先で言われた通り
生卵とご飯を泡立つまでかき混ぜ、箸で掬うと
箸先から、ねっとりしたご飯がこぼれ
結局、スプーンで食べるしか方法がなかった

他人を意識して見ていると
カレーや牛丼も、具とご飯を同化させて食する人が
わたしが想像していたより多数いて
もしかすると、マナーがない食べ物
「美味しく食べられたら良いんだ」
わたしが少数派でも開き直った

海鮮丼を食べていたおり
わたしの前に座ったレオ氏が
「変わった食べ方するね」
海鮮丼の食べ方は一般化されているのか
マナーを知らないわたしは、箸が止まった

ひと口大のご飯に、少しの海鮮をのせて食べる
小さな握り寿司を作るようにして、口へ運ぶ
箸から溢れないなら良いのかと思い込んでいた

他人の食べ方は、どうなんだろう
気になると箸が進まなくなり、お残しをした

他人が知っていることを知らない
周りが当然できることができてなかった、わたし
他人のことは見えているのに、自分を知らなくて
こういうのは、人間関係にも通ずるなと感じた

もっと危機感を持ちながら
他人にどう見ているかを把握し、計算しないと
食事すら、気楽に楽しく過ごせない
胸が苦しい、針の筵に座る時間だった

自宅で卵かけご飯を食べていると
ひとりは気兼ねないって、安堵し
独り身の不自由の中に、自由があると叩き込まれる

ありのままなんて存在しない
互いが監視し合ってナンボと、身に沁みてしまう