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短編) 俺の危険な感情移入 ④

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親愛なる理生 様

理生、やべー。
俺、とんでもない無知だったわ。

デザイナーの『TOSHI SAITO』と
ブランドの『battlecry』って知ってるか?

トマオとケバ子はデザイナーだってよ。
人は見かけによらないな。

ケバ子はトマオの姉で、ケバ子が白血病になって、
それぞれが海外から帰国。
大学病院の近くにアパートを借りてたって。

ケバ子は半年前に入院して、トマオがドナーになったらしいわ。
デザイナーならデザイナーらしくしとけよ、首から「デザイナーです!」名札をぶら下げてさ。

トマオ先生とケバ子先生ってお呼びしないとダメだな。
もう、ウソぉ〜って展開だわ。
誰がこんなの予想できるんだよ。

トマオはコンビニで佇んでちゃいけないでしょ。
あんなのただのストーカーじゃん。
ケバ子、規則正しい生活してタバコ吸うなよ。

理生さん、ハッピーエンドで終わっていいのでしょうか(笑)



dear 兄貴。

何でデザイナーって分かったん?
というか、
兄貴は出版社にいたやろ。知っとけよ。
美談で終わって良かったやん。

美女と野獣は姉弟ね、そうなんや。
ハッピーエンドでいいやん?
兄貴は何展開がお望みでしたん?



理生へ。

コンビニの人に聞いて分かったわ。
先に聞けばよかったけどな。
デザイナーのことは知らんがな。

あんな貧乏臭いんじゃ分からんよ。
何展開がいいか?
そりゃ〜理生の想像に任せるわ。



兄貴

ネットをググってビビったわ。
あんなデザインでめちゃくちゃ高いなぁ。

オレには価値が分からんで、
トマオ先生の顔を見たけど、
デザイナーというより、デザイナーしかないね(笑)

個性が強いわ。
「へぇ〜」しみじみ画像を見とったわ。

しかし、服のセンスはオレの好みちがうな。
トップスとアウターの組み合わせ、
アウターとボトムスの組み合わせ、
『しまむら』が上品に見えるんちゃうか?

兄貴が書いていたスニーカーな。
値段見たか?
38万円だってよぉ! ぼったくりや〜ん!
デカいロゴのバッグ。256万円、はあ……。
自動車買えるやろ?

クリエイターの世界ってなんなん?
オレにはどこがいいか分からん。

展開か。
トマオとケバ子を東尋坊に呼び出して落とそうや。



理生へ。

なに、その値段? おダサいバッグが256万?
世の中間違ってるよ。
子ども食堂でしか飯が食えん子どもがいて、
一方では、クソダサいものが高値で。

デザイナーって努力して昇っていくじゃん?
自分の芽が出ず、諦めた人がいる世界。
まぁ、どこもそうだけど、見る人が見たら
「すげぇなぁ」と感じるんだね。
俺ら兄弟には分からなかったというね。

東尋坊? 船越英一郎かよ。
船越英一郎も神奈川県繋がりだな、いいキャスティングだ。



兄貴へ

船越英一郎は神奈川県なん?知らんかったわ。
相棒は横浜の斉藤由貴でさ、
誰がトマオとケバ子を東尋坊から落としたか。
2時間ドラマで解決させるんよ。

「だって!デザインを盗作されたんですぅ」
ジャッジャッジャーン、ジャッジャッジャーン



理生へ

ドラマっておかしいよな?
犯人はみんな同情される点を持ってんだぜ?

サイコパス設定もいるよなぁ?
「この人を殺してどうして悲しむの?」的な
心を持たないキャラが刑事や温泉街の人と関わるうちに人間らしい感情が芽生えて犯人号泣みたいな。

ガキの頃に虐待されて親に捨てられたとか、
父親が飲んだくれで貧乏とかさ、
犯人の過去は貧困設定で、
でも学校は私立校なんだぜ?普通、公立じゃね?

それでケバ子みたいな気が強いヒロインが周りの男にモテモテでよ、守られてさ。

チームで頑張ってきたはずなのに、
ドラマが終盤に近づくにつれ、トマオだけやたら賛美を浴びてよ。
トマオは人格者で、その他大勢は個性もない脇役。

2時間ドラマは白黒つけて、刑事や探偵や街の人と大団円。

映画はどーよ?
「この先は観ているあなたにお任せします」
これ、マジでモヤモヤするわ。



兄貴へ

それを言うならトマオとケバ子も同じやん?
ただのキモい人と根無し草が、
白血病で、しかも海外住みのデザイナーでした。
で、ハッピーエンドやろ?

納得行かんわー。

思い出引き摺るトマオがコンビニに佇んで、
ケバ子が違う男と歩いているのを発見!
トマオが発狂してブッ殺したが面白いわ。

トマオは永遠のチープキャラで、
ケバ子は蓮っ葉お下品キャラで突き抜けてほしい。

兄貴、このネタをオレに創作させて。
こんなん、オレらが納得せんやろ?



理生くんへ

あ〜理生くん、パクリだ、パクリだ(笑)
別にいいけど、使いな。

どうせなら、トマオとケバ子を転生させようぜ。

転生前の現代の知識と趣味を活かしてさ。
「トマオ、すげ〜!神かよ〜!」扱いされるのよ。
ベタ過ぎてウケるわ。

それでトマオとケバ子が対立して、
ガリガリのケバ子が鬼マッチョのトマオに勝利な。
ケバ子は無双なんだよ。

逃亡するときトマオが足手纏いでさ、
怪物が接近するのにケバ子がトマオを助けるの。

脇役でロン毛のオネエキャラが目醒めて、
途中からケバ子に恋して、
「本当はオマエが好きだった」
ロン毛オネエ、実は財閥の息子でフィニッシュ。

意地悪な姑や小姑、従業員がケバ子をイジメてバッドエンドと見せかけといてさ、
幼なじみのトマオが助けにきてフィナーレ。

ギリギリまでミスリードさせて、最後にサラッと
幸せ展開で伏線回収しちゃうありきたりなやつ。


ドラマとか映画とか長ったらしいモンは
ハッピーエンドしかないわ〜。
エンタメには心の栄養剤なるものが好まれるんだ。

日本の風潮として、主人公が不幸になるか、
死なないと感動が呼べないんだよ。

そんなの無視して、
余命半年のケバ子が腹水も貯まらず、細っそいウエストでウエディングドレスを着るのもいいね。

現実を直視したくねぇな。

俺の危険な感情移入だわ。



兄上様

メールを読み直したんよ。
ノンフィクションというか、現実は、
トマオとケバ子は運良くハッピーエンドやん。

ドキュメンタリーを観ていると他の現実は厳しく無慈悲で悲痛。

理不尽で世知辛い世の中は、
ドラマや映画にまで虚無やカタストロフィを求めないんだろう。
実社会で自分の身の上がそうだから、好んで観ないんやろな。

トマオとケバ子、実社会でも社会的な成功を収めて
病気も治るみたいだし良かったね。

幸せなのにな、オレの中でスッキリしないのはどうしてなんかね?

オレの心のラムネが物足りない音を立てたわ。