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小説: ペトリコールの共鳴 ②

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第二話 一途に相手を想い過ぎ


 布団から顔を出すのが、昨夜から愛羅に変わった。

 キンクマが死に、俺は掌に乗せて涙を流すと、
「ネズミなんて汚い」
愛羅はキンクマをトイレに流してしまった。

「タツジュンさん、あなたは洗脳されてます。
動物は畜生です。ペットの葬式は搾取ですよ。
こうして自然に還すのが、普通で
真っ当な人間がするべきことです」

 今朝までの舌足らずなしゃべり方が一変し、威圧感と攻撃的な口調へ、俺は言い返せるだけの力が抜けていた。起き抜けから全身の怠さが否めない。

 翌日、帰宅すると愛羅がここへ自分の荷物を運び入れ、遥香やキンクマが居た気配はなくなっていた。

 SNSも辞めた。モノを思考するのまで怠さが伴う。
愛羅は大岡総理の隠し子で「パパに迷惑かける」
身分が身分なので、愛羅が言うなら仕方ない。

 仕事はやる気のない日が続いている。午前中は適当に過ごし、午後から作業に入るが、早く帰りたい気持ちと逆行し、残業になる。定時過ぎても後輩達がまだ部署にいた。

愛羅は俺の話を否定せず傾聴してくれた。

 家へ帰り、愛羅に愚痴を言う。愛羅は
「タツジュンさんを配慮しない会社が悪い。
あなたは奥さんを亡くした人。配慮されるべき。
そんな人に通常の業務を振る上司は常識がない」

言われてみれば、愛羅の言うとおりだ。

 テレビをつけると、ニュースで個人情報漏洩が
大きな話題になっていた。

「変ですよね?日本人が日本人を罰して。
個人情報は東国に流れて、
いつ日本は支配されるか分かりません。
日本は東国から監視されてるのに……」

「そうなの?」

「タツジュンさん、知らないんですか?
迷惑メールの殆どが個人情報漏洩です。
企業のpcをハッキングし、個人情報を抜く。
普通、企業は顧客データを削除するべきで、
管理をすると、個人情報漏洩に繋がるんです」

 愛羅と暮らすようになり、社内の雰囲気まで変化を感じる。

 俺が挨拶をしても、皆がよそよそしく、
同期や先輩は明らかに俺を避けている。
別に会社へ友達を作りにきたんじゃない、
愛羅がいれば、充実している。

 土曜は愛羅と少し遠くへドライブに出た。
愛羅は自分の考えをしっかり持ち、遥香やキンクマとは正反対の価値観。清々しいほどの自己主張は、長いものに巻かれた今までの俺の生き方を斬新な色に塗り替える。

「23時か。遅くなったな」
マンションまで少しの場所。信号は赤になった。
ブレーキを踏む俺に愛羅は、
「左右から車輌が来てないのに停まるんですか」

 無言の俺に愛羅は畳み掛ける。
「道路交通法は人が作ったルールです。
人が人を支配しています。
車輌が来てないと進むのが合理的じゃないですか」

 俺しか愛羅を理解できない。一心同体の心持ち。
会社にある顧客データを消去し、営業先へ愛羅からの教えを解いて回ったばかりに解雇通達された。
正しいことをして理不尽だ。

 愛羅は利発な女で、俺をサロンへ誘ってくれた。
サロンでは、
「タツジュンさん、こんにちは」
見知らぬ女性達が温かい笑顔で親しくしてくれ、
ため息製造機のスイッチはOFFになる。


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