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短編ホラー: 禁断の檻に流れた水 ③

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第4章 神さま 仏さま お釈迦さま

「何事⁈」

コテージの壁に衝突音がし、
俺とキンクマは飛び起きた。

訳が分からず、何気なく窓の外へ目をやると、
隙がない墨しか見えない夜なのに、
人が長い髪を揺らし、赤っぽいドレスを身に纏い
ゆるりと回っている。

見えないものに吊るされ、風に流され、
そこにあるのが当たり前かのように。

コテージは宙吊りにできるような木があったか?
仮に宙吊りになっても座った状態で寝落ちした俺が空中に見える仕掛けとはなんだ。

俺は胸ポケットにキンクマを入れ、外へ出る。

「……」
少女が宙を回っている、回って。回る?

ぎゃぁぁああああああ!!!

俺はその場から動けない、足が身体が硬直して、
暗がりに回る少女を見上げて動けない。

キンクマは爪を立てて俺の胸にしがみつき、
正気が定まらない次の瞬間、
回っていた少女が遠心力のままに飛んでしまい、
コテージの壁にベチャッとぶち当たる。

少女はウッドデッキに滑り落ちると体位を変えて

「どうして助けてくれなかったの」

頭部が真紅の塊にしか見えない少女。
両腕をガクガクとしながら俺たちに向かって

「ねぇ、どうして」

俺はパニック状態になり、地面に尻をつく。
少女が俺たちに語気を鋭く詰め寄ると、
その度、血飛沫が俺の全身にかかる。
少女に対して言い訳も浮かばず、腰に力が入らない。

頭の半分が凹み、顔が崩壊した少女は俺の足首を掴み、膝から太ももへよじ登って来る。

少女はもはや生温かい鉄の、生臭い物体で、
俺の肩へ手をかけて見せた顔は、白い脳みそが飛び出た中に目玉が下がり、鼻は空洞化し口は赤黒い、色しかない。

「ワタシ、何かした?」

少女が囁きになると、穴という穴から血が泡を吹いて粘っこく首筋に沿っていた。

「わぁ、かわいい」

少女がキンクマを胸ポケットから引き摺り出し、
「ハムスターの顔ってキレイ」

「返せ、この化け物!」
少女からキンクマを引ったくる。
すると少女と思えない力で俺からキンクマを奪い返す。

「キンクマ!噛め!!!」

ゲハハハハハハハハハ……ギャァ
少女の下品が高笑いが悲鳴に変わり、
毛が血で染まったキンクマは少女の手から飛び出し
地に四つん這いになると吠えるように身構え

おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まに
はんどま じんばら はらはりたや うん

俺が亡くなった妻の遥香へ毎日唱える光明真言を
キンクマは少女に向け、唸り声を出し、
俺は何かに触れたのか意識を失った。



直射日光の暑さで目が覚めた。
キンクマは俺の顔へうな垂れる形で眠って、俺の気配を感じたのかキンクマも目を覚ました。

コテージの壁には蝉がとまり、ウッドデッキに血糊はなく木肌のまま、俺たちは外へ倒れていた。
キンクマと何から話していいのだろう。

「タツジュン、露天風呂に入って帰ろう」
「そうだな。俺たち臭いかもな」
キンクマの第一声が少し笑えた。

真夏でも日影になる露天風呂は風が通り、夜の出来事が嘘みたいだ。

ヒノキの風呂桶に浸かるキンクマと俺は蝉しぐれを
沈黙しながら佇んで、悲惨な顛末は夢だったのかもしれないし、
深掘りして考えても良いことはない。

頭を空っぽにしたかった。
二泊三日の予定を切り上げて世田谷へ帰ろう。



車に積み込みし、(さて出よう)
トランクを閉めたときだった。

胸元が大きく開いたアロハシャツを着て、
犬を連れた、顔を見たら50代ぐらいの夫婦と挨拶し、
なぜか、その夫婦が俺のところへ引っ返してきた。

「つかぬことをお伺いします。
昨夜、何かご覧になりませんでしたか?」
奥さんの方が何か知っている目で聞いてくる。

「何か、とは?」
「なんて言いますか、そちらも賑やかでしたので」
……そちらも?

「ご主人と奥さまは何かご覧になったんです?」

夫婦は俺の目をじっと見続けて逸らさない。
いい事があったのだろうか?
奥さんの身体が左右に揺れている。

夫婦は鎌倉からコテージに来たそうだが、昨夕、近くの池で見てはならないものを目撃したあと、
未明に夫婦揃って全く同じ恐ろしい夢を見たと話してくれた。

ポロシャツの胸ポケットからキンクマが顔を出し、
(夫婦から話を聞け)顎で合図を送ってきた。

「お二人が良ければ、うちのコテージでお話しませんか?」俺は声をかけて
三人+キンクマ、芝犬とコテージに入った。

奥さんの方から
「晩に幽霊を見ませんでしたか?」

「僕らはここに来る前、スーパーに寄ったんです。
そうしたらすぐに電話が掛かってきましてですね、
不気味なビルへ呼び出されて、これから先が悪夢でした」
途切れ途切れに語るご主人の眼差しが定まらない。

「夕方、コテージから下った山林で儀式があるから来いと言われて行ったんです。
ビルの管理人って男の人から強引に勧誘を受けたんです、それがきっかけで」

「はい」

「妻をコテージに留守番させて、僕だけが参加したんですね。儀式の内容は僕の口からは言いたくありませんが、多分、あなたも参加されたんじゃないかと思ったんです」

なぜかご主人から微笑が漏れ、テーブルの下から規則正しい音がする。

「そうして夜中。儀式のメインである子どもが幽霊になって私たちを襲ってきたんです。
うちのモカ、いえ愛犬が幽霊を追い払ったのですが、同じころ、そちらからも悲鳴が聞こえて」

キンクマは夫婦の後ろ、キッチンから
「うんうん」と頷く。

そうか、キンクマは儀式を目撃したから家にいなかったのか。
俺の中で一本の線が繋がった。

「俺は儀式を知らないですが、
昨日の昼過ぎに『御水の家』という場所から俺の財布を拾ったと連絡があり、未明に血だらけの幽霊を見ました」

俺は多少端折ったが正直に話すと
「詳しいことをご存知でしたか?」
ご主人から尋ねられ、俺は首を振る。

奥さんから
「私どもの親戚が、昔この地方に住んでおりまして、今朝、親戚に電話したんです」



13年ぐらい前。
おばあちゃんの別荘に遊びに来ていた当時13歳の少女が自転車でスーパーに行ったきり行方不明になって。

警察や消防団、地元の人が総出で少女を探したそうなんです。
しかし、神隠しにあったみたいで未だに少女の行方は分からないとのことです。

うちの親戚が噂話として申しますのが、
『御水の家』が怪しいと。

あそこは宗教ではないらしいのですが、
良い噂はないとのことで、少女がいなくなった当時も地元の人は『御水の家』を調べた方がいいと警察に相談した人がいたぐらいに変わった家族。

『御水の家』は受付にいる男の継母が代表で、
不良だった男を更生させたのは継母の愛情という話なんですけどね。
その愛情というのが、禁断の愛。

法律的に、連れ子と継母は直系姻族に当たるので結婚できませんが、内縁というか、人に紹介するのは自称でも、とりあえずは迷惑かけませんもんね。

昨日、儀式があったの場所は池なんですが、
『御水の家』では、あの池の水を表向きは天然水として販売しているんです。身体がお悪い方には、
病気に効くなど薬事法っていうのかな?
医療の法律に引っかかるアコギな商売をしていて。

でも代表の継母さんは口が上手くて、不治の病で苦しむ人が水を求めて縋ってくる。
罪作りなことをしているって。

現代にはネットがあっても、ホームページがない会社もあって。
レビューを見ずに、信じ込んだらプラセボ効果が出るのでしょうか。

これは私どもの勝手な想像ですが、昨日の儀式は、代表の継母が高齢で世代交代するためだったのかと考えました。

集まった人々は継母を慕う人やうちの主人みたいに勧誘された人が儀式に呼ばれた人かもしれません。

奥さんは声をひそめる。

あの男には小学生ぐらいの娘がいて、
その子も『美穂ちゃん』という名前なんだそうです。

町の噂だと、男と行方不明になった少女との間に生まれた娘らしいんです。

悪夢に出てきた少女は13年前に行方不明になった少女の神戸美穂ちゃんが、あの男の娘が生け贄になるのを阻止したかったのかな、阻止できなかったから怒って幽霊として出てきたのかな、なんて。

昨日、主人が見た少女は小学生ぐらいですし、行方不明になった少女の年齢や現在にいる少女の年齢が符合するんです。

考えたくない話ですが、行方不明になった神戸美穂ちゃんは既に亡くなっているかもしれませんね。
それで、私たちに幽霊として現れて訴えかけているのかもしれません。

あと、もう一つ。
話は前後しますが、本当にあなたは財布を落としたのでしょうか。

モカの散歩に出る前、検索すると、
『スーパーみその』は、経営責任者が『御手洗みその』と出てきます。
あなたのスマホでも調べてみてください。

『御手洗みその』で検索すると『御水の家』が出てきます。
あの2軒は繋がっていて、常にスーパーでは獲物を探しているとすれば、全てに合理的な説明がつきます。

病気療養でコテージにお見えになる人もいるでしょうし、こんな田舎なので都会からくる人へ水を売るのは難しい話ではありません。

私は霊能力がありません。しかし、
幽霊の姿と言葉を覚えていました。
幽霊は無念なのだと分かりました。

空中で舞っている幽霊は自由になりたくて、そして勢い余って壁にぶつかって落ちた少女は、無念を表している。

奥さんは両腕をいっぱいに広げて、身振り手振りで、分かりやすく説明する。


幽霊は12〜13年前に儀式の失敗で亡くなったのかなと思いました。

儀式に参加した人はみんな大人です。
子どもである自分を大人が見て見ぬふりをした怒りが言葉として出たのだと解釈しました。

幽霊を見て、私が襲われたときは心臓が止まりそうなほどの恐怖でした。

奥さんは胸を両手で抑える。

でも親戚から話を聞いたり検索したりして、
こんな妄想すると少女の幽霊が怖いと思えなくなるんですよ。

私の妄想が正しいなら、早く少女の亡骸を見つけてあげたいんです。

それには動かぬ証拠や確証が必要になります。

夜に見たものは、
母になった13歳だった神戸美穂ちゃんが、
あの男の娘
つまり、我が子を守りにきたのかなと思いました。

今生きている『御水の家』の少女のDNA鑑定をすれば早いのでしょうけど、第三者がDNA鑑定を一家へ強制できませんものね。

奥さんは一気に早口で説明し、
話と不釣り合いな笑顔を俺へ見せた。



「キンクマ。
昨日見たことを全部話してくれないか」

    ーーー関係者ーーー
『スーパーみその』『御水の家』
→御手洗みその
→みそのの義理の息子
→男の娘?姪っ子? 美穂 (小学生)
『13年前の行方不明者』
→神戸美穂 (当時13歳)



「週刊エックスの浮所いずみさんの携帯ですか。
私、以前、浮所さんにお世話になった
辰巳淳弥です」



行方不明になった少女の親に会おう。
盆休み中に俺ができることはしておきたかった。
興味本位じゃない。
尋常じゃない幽霊の悲痛な訴えを少女の親にも聞いて欲しかった。

「辰巳さん?ああ、三軒茶屋のタツジュンさん。
ご無沙汰しております。
どうかなさいましたか?」

浮所いずみのウィスパーボイスは健在で、話しやすい雰囲気を醸し出す。

「浮所さん、今、お電話してよかったですか?

「はい」

「突然ですみません。13年前にZ県Y町で中学生の少女が行方不明になった事件はご存知ですか?」

「pcのタブを開くんで、ちょっと待ってください。
……ああ、はい。知ってますよ。
この事件がどうかしたんですか?」

俺はキンクマが見た儀式の話や幽霊のこと、勧誘されてからおかしくなった他のコテージの夫婦の話をした。

浮所さんは
「これ、問い合わせがあるんですよ。
貸別荘に行って幽霊を見たから調べてくれって」

「それでですね、行方不明になった神戸美穂ちゃんの親に会いたいんですが、教えてもらうのは可能ですか」

浮所さんは黙り
「ネットにある通りしか、です。
個人情報になりますからね。守秘義務もか。
まあ、でもタツジュンさんにスクープもらっちゃったからな〜。
美穂ちゃんの両親は今でも休みの日はY町で捜索しているそうですよ。芝犬のモカちゃん?いやココアちゃんを連れて」

スマホはスピーカーにしてあり
俺はキンクマと目が合う。

「モカちゃん、です」
「むむ?タツジュンさん、断定できるんですか」

「午前中にその夫婦に会いましたから」

「本当ですか?私も今からそちらへ伺っていいですか?実は私も少女の親に会ったことがないんです。
私もZ県にいるんでコテージの住所をショートメールしてもらえますか?
ここからなら高速道路を使って行きます」

俺たちが会話した相手が少女の両親とは。

「タツジュン、どおりであの夫婦は詳しいと思って聞いてたんだ」
「だよな、都合の良くこの町に親戚がさ」

俺とキンクマはそれぞれがスマホから検索し、
当時のニュースを見つけた。

美穂ちゃんは鎌倉市在住だった『神戸美穂』
2011年8月12日、午後18時ごろ。
中学1年生の夏休み、別荘で静養中に行方不明。
両親は神戸裕介45歳、真理37歳。
捜索は難航中、らしい。

添付してある画像は美穂ちゃんで髪が長く、
バレエ発表会のものもあり、幽霊が宙を舞っていた理由が分かった。

コテージの玄関から音がした。
「こんにちは!浮所です!お世話になります!」


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