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クリエイティブでもない時間

映画や小説にもならないシチュエーション

西くんは歳下だけど
会社では先輩で、何かと面倒を見てくれた
互いに「親友」と公言していた

年末のプチ忘年会で、西くんは理不尽な攻撃を受け
わたしはその場に五千円を置いて
西くんの手首を掴み、タクシーへ乗った

「星が綺麗な場所へ」とドライバーに告げると
星が空から迫ってくるような野原に到着
プチ忘年会での愚痴を忘れるだけの、圧巻の夜空

しかし
自分達の居る場所がどこなのか、分からない
歩いても駅がなく、バスはとうに無くなっていた

途方に暮れながら歩くと
コテージなのか、ラブホなのか不明な
小さな平家が12軒ほど敷地に固まった施設を発見
そこで朝を待つことにした

幸い翌日は土曜日で、出勤しなくていい

小さな平家は、塗装が色褪せ
『空』の印がついた平家のドアは
元々、リンゴのような赤だったのだろう

赤が白っぽく醒めた扉を開けると
約70cm×30cmほどの三和土から見える先は
一面が畳、長方形の内部は真ん中に襖があり
「The昭和」だった

壁は、紙粘土に金銀の粉を混ぜた柔らかな素材で
テレビは家具調の、リモコンがないので
テレビまで歩いてボタンを押すチャンネル操作

玄関の右にある冷蔵庫は二段式の小さなもの
黒い縁取りがある、黄緑色の冷蔵庫

エアコンだけが平成を思わせる家電だった

お風呂は水栓が2つ、赤と青の水栓を同時に開き
自分達で湯の温度調整をするもの

どちらが先にお風呂に入ったのか忘れたが
ステンレスで出来た正方形の、足を折って入る湯船
入浴剤のないサラ湯と石鹸
どこにも色気や淫靡さがない、寒々しい素っ気なさ

観たいテレビがなく、会話が尽き
西くんは置いてある週刊誌を、わたしは新聞を読む
テレビの横に置いてある蚊取り線香の缶が
一層、所帯じみて数時間前の理不尽を消してゆく

畳の上に置いてあるベッドは、いかにも年季もの
寝るため布団に入っただけで、大袈裟な軋む音
西くんと「壊れたらどうする?」と笑った

恋愛関係にない男子と浴衣でベッドの中にいる
向かい合って談笑する
どちらかの掛け布団が下にズレると
どちらかが、布団を引き上げ掛け直す

深夜に目が覚め、気づくと
西くんの両脚に自分の脚を入れて暖をとっていた

「すみません」脚を引き抜こうとする
「寒いからやめて」お言葉に甘えておいた

再び目が覚めると
遮光カーテンの隙間から陽が朝を知らせた

上目遣いで見た西くんの寝顔とはだけた浴衣で
異性だと認識し
向こう見ずで西くんを連れ、飛び出したわたしは
今、西くんの良心で守られていると自覚した

気配で薄目を開けた西くんは
「おはよ」とわたしの頭を片手で包んだ
「おはよ、(ここを)出る?」聞いたわたしに
「チェックアウト、ギリギリでいいよ」

片手を解く気なく、露出した肌を整えるのもだるい
さっきより広い面積で、体温を受け入れた
西くんに意思を任せて、堕ちる

クリエイティブでもない、眠りについた時間