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小説: ペトリコールの共鳴 ⑨

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第九話 囚われたリアリスト

結果として俺は脅迫と監禁、詐欺未遂に遭い、
暫くメディアでは
『被害者Aさん(40)』として扱われた。

被害者の多さはそれだけ証言が取れ、
どれも美人局として性的不同意はお咎めなしになり
詐欺未遂で済まされたのは警察のお陰であり、ハムスターのキンクマが言語を理解できたからだ。

ファンタジー小説のような顛末は実家の親兄弟にも話してない。どうせ信じないだろう。



会社で孤立し不祥事を起こした俺は懲戒解雇となり、煮え切らない心情を愛羅へ愚痴を言う。

愛羅は能面の顔で
「タツジュンさん、あたしと一緒にサロンへ行ってもらえませんか」
サロン? 何のサロンだ?
「タツジュンさんの状況を法律に詳しい先生へ相談しましょう」

迎えが来ると言うので愛羅に付き合い、ネット社会で場所を特定されたくない運転手の要望により、
目隠しをしたまま乗車した。

目を覆うものがなくなると、
昭和に建立されたであろう取り壊し寸前を思わせる建物の一部屋はラベンダーの匂いが立ち込める。

お世辞にも美女とは言えないが、愛羅より明らかに若い20代そこそこの見知らぬ女性達が温かい笑顔で親しくしてくれ、ため息製造機のスイッチはOFFになる。

打ちっぱなしのコンクリートが剥き出しの壁とモノクロで揃えたテーブルとソファーに招かれ座る。
気づくと愛羅の姿は消えていた。

「粗茶です」
マグカップに注がれたお茶を荒ましな音で置かれ、女の子達に歓迎されているようで雑な所作を稚拙より悪意を覚えた。

お茶を運んできた女の子は両膝を床に付けたまま
「タツジュンさんは辰巳淳弥さんでお間違いないでしょうか」突然呼ばれた本名。

「今から法律に詳しい先生がおみえになります。
今日は印鑑や通帳などお持ちではないですか?
こちらでお預かりします」
女の子のセリフに事態が把握できない。

俺は頭痛がしてきた。そして眠い。

床に両膝を付いた女の子は無言のまま、目線は壁に向けられて不気味さが否めない。俺が逃げないように見張られている気がしないでもない。

ここからはもう。
愛羅の代理人という女の『先生』が、
愛羅は性的不同意を訴えている。
よって示談金300万円を支払うようローンを組めだの、証拠があるだの『先生』の金切声は
頭痛をより苦痛にし、“俺の意識が覚めた頃”は
真っ暗な縦長の箱へ詰められた上に、
手足も目や口を塞がれ、全裸で拘束されていた。

側から金属板を叩く音や呻き声、少なくともここには俺以外二人いる。各自が箱詰めされているのだと分かると殺される恐怖がよぎる。
糞尿で刺激臭が鼻の粘膜を痛みに変える。
息をするも口の中へ苦さと不快感は生き地獄へいるようだ。

身体を駆使したところで誰がここを発見できるか、「俺が何をしたというんだ」
持て余す怒り、死ぬかもしれない恐怖。

奥からリピートする地鳴りに似た音声がする。

処女を穢した獣たちよ
股から流れし血を喜ぶ者よ
地獄へ堕とした不埒な者よ
乙女のいのち 支配者よ
汝は生きとし生ける者の敵
悪に 闇に 痛みに 浸かる獣物へ
いざ、汝の身をもち罰を受けよ

BGMはモスキート音。不快を煮詰めた箱では眠りさえも不可能でとても順応できない。

ここにいると、箱詰めされた人が交互に入れ替わり、いずれも男で俺と同じ手口で騙されて来たのだろう。新入りの呻き声にはまだパワーがある。

身体を拘束される痛み、金属の箱を叩く音、
地鳴り声、モスキート音、呻き声、悪臭、空腹、糞尿を垂れ流す羞恥心、死への恐怖心は正気を潰しにかかっている意図が手に取るようだ。

長いスパンで箱が開けられる。その時はゼリー状の飲み物を与えられて、また箱は閉まる。

1日1回だとしたら俺は5日間監禁されていた。

最後の飲み物を口にして意識がなくなり、次に目が覚めたとき、俺は衣類やバッグとともにマンションの路地裏へ投棄され、
部屋は愛羅が居た痕跡がなくなっていた。

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