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短編ホラー:禁断の檻に流れた水 ⑤

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第6章 目に見えないことの恐ろしさ

御手洗亜子は渋々とした表情で
「13年前の事件でしょう?
真理の気持ちは同じ母親として痛いほど分かりますよ。
でもね、うちの実家を無根拠に誹謗中傷していいワケがないんです」

浮所いずみの目をしっかり見据える亜子へ、
浮所は亜子を無視して、飄々と質問する。

「真理さんは御手洗美穂ちゃんを神戸美穂さんのお子さんと主張なさっていますが?」

「兄の子を神戸美穂ちゃんが産んだってもの?
発想が気色悪くないですか。
O型の兄とB型の神戸美穂ちゃんからA型の美穂は生まれませんし、
美穂は3月生まれで小6でも11歳です。
もしも神戸美穂ちゃんが出産したなら、それまでどこでどうやって匿うんですか?」

亜子は冷凍物の袋を指で触れながら
「あれだけ探して、うちにも警察が来たんです。
常識で考えておかしくないですかね」

「昨夜、『スーパーみその』から10キロ離れた池で“行事”があったのはご存知ですか?」

「うちから10キロ先で、ですか?
盆踊りですか?
いえ、うちは何も注文は受けていませんよ」

「大変失礼ですが、昨夜の御手洗様ご家族のアリバイを聞かせていただけると有り難いのですが」

「あなた方、マスコミでしょう?
警察の真似事ですか?まあ、いいわ。
遠くからいらっしゃったのだし」

亜子は「失礼します」とスポーツ飲料を飲む。

「私はアルバイトが休んだので急遽、昼から21時までここにいました。
母は施設におりますので確認してください。
主人と兄は遅くまで田中さん……ご近所のトラブルに付き合っていたようですよ。私が帰宅した時もケンカの仲裁をしていました。美穂は17時から20時まで器械体操の夏期講習に行ってスクールバスの送迎付きです」

浮所へとどめを刺すように、

「うちは警備会社と契約しています。スーパーやビルや家の出入り口と付近はカメラに写っています。
家族のアリバイが知りたいなら、
どうぞ確認なさってくださいね」

亜子はハンカチで首元を拭い、

「私が裁判したいぐらいなんです。
インターネットに嘘を書き込まれて……
誰がやっているか分かっています。
真理しかいません」

ハンカチを握った亜子の目は尖っている。

「あの子、社会人になってからおかしくなって。
うちのビルで怪しい水を売っているとか、
兄との間に赤ちゃんができたって、それも2回。
気が狂っています」亜子の目は充血する。

「亜子と兄の件も、
昔、カフェで3人がお茶しただけなんですよ。
でも真理の旦那から慰謝料を請求されて、警察に脅迫されたと相談したので、確認していただいても結構ですよ」

「私が真理と双子だと知ったのは、神戸美穂ちゃんが行方不明になった後。
兄はO型、母と私たち双子はA型。
神戸美穂ちゃんはB型。
真理の旦那はA型なんですってね。
……。
うちはね、母と兄から私たち双子が生まれたと聞かされました。
でも、母と兄の血は他人でしょう?
真理だけが神戸家で養育されましたが、
うちは人から後ろ指をさされることはしません」

亜子が自分で喋りながら興奮が増し
「そもそも神戸美穂ちゃんの親は誰なんですか?」浮所はタブレットの手を止め黙った。

「マスコミなら公平に事実を書いてください。
神戸美穂ちゃんがいなくなったのは気の毒で、
私たちは双子と知らずに協力してきました。
あの日、神戸美穂ちゃんがうちのスーパーに来店したとされています。
しかし従業員は神戸美穂ちゃんを目撃していませんし、店の防犯カメラへ神戸美穂ちゃんは写っていませんでした。
レジの記録も警察に提出しました」

「なのに、どこかのテレビ局が買い物したと報道して……うちは関わりがないのに。
とにかく真理たちと絶縁しています」

一気に捲し立てる亜子の顔に苦悩が見える。

「最後に、亜子さんは幽霊を見たことがありますか?」

「あっ、もしかしてコテージの?
踊る幽霊ですね。それがどうかしましたか?
あそこのコテージは毎年お盆になると、
神戸さんの親族が集まり、美穂ちゃんの捜索をしているんですって」

亜子は振り返り、誰もいないのを確認し、

「どれぐらいの人数で捜索しているか知りませんが、親族以外のコテージのお客様は、幽霊が出たっておっしゃるんですよね。
私は気持ち悪くてコテージに近寄りません」



浮所さんが電話をしている間、キンクマが俺に話しかけてくる。

「ねぇねぇ。
昨日、僕たち以外にコテージに人がいた?」

「そういえば、キンクマ探しに出たときは誰も」

「それからね
『一糸乱れぬ』って言葉があるじゃん?
それってアイドルやアーティストのグループが
シンクロした振り付けのことを言う?」

いきなり奇妙な質問へ
「そうだけど」

「昨日僕が見た儀式も一糸乱れぬ光景だったんだよね。
昨日、勧誘された人が輪に入って号令のたびに同じ動作ができるのかな?」

「神戸裕介さんのことを指してる?」

「うん。
午前中ね、神戸さん達の話を納得して聞いてたけど
浮所さんや亜子さんの話を聞いていたら、
何か矛盾や違和感が残ってさ」

「そっか」

「変だなぁと思うのが、13歳の少女が子どもを産んだって親が言い張るじゃん。
親って普通、信じたくないから言わなくない?」

「普通はね。何か確信があるんだろうな」

「だから神戸夫妻は頑なに御手洗一家を攻撃するんだろうね」

「この事件、どちらも何か隠し事がありそうだな」

「例えば?」「う〜ん、分からん」

「僕たちがここへ来て13年も解決しなかったことが解決すると思わないけどさ」

「名探偵じゃないからなぁ」

「ねぇ、タツジュン。真理さんが
『13年前に美穂ちゃんは死んでるかも』って言っていたけど、生きてるかもしれないのにね」

車内から道路を揺らす蜃気楼が見える。

茹だるような暑さが視覚に感じ、
でも浮所いずみの方へ視線を向けると
親指を立てて微笑む仕草が爽やかだ。



「暑〜い。外めっちゃ暑いですよ〜。
お待たせしました。
特ダネを掴んできましたよ」

浮所さんのテンションの高さへ少し期待した。

「タツジュンさん、びっくりですよ。
神戸裕介の実母は御手洗みその」

キンクマが目を丸くし、俺の顔を見つめている。

「御手洗みそのは再婚していたんですね。
裕介と真理が異父兄妹とは、いやぁ。
それでかな? 現在二人は同居人になっています。
真理の戸籍にないですもん、避けられないわ」

「はあああ……」

「それで神戸家も御手洗家も結束が固くて、互いが攻防しているんですかね」

「浮所さん、情報が早くないですか」

「ははは。うちの特定班はこういうものですよ。
……というのは嘘です。
取材している先輩記者に聞きました」

スマホを見ながら浮所さんは話を続ける。

「諸悪の根源は裕介の父親みたいで、
御手洗みそのは、裕介の父親の『従妹』
みそのは双子を出産する前、親族宛に
「姻族関係終了届」を郵送し絶縁しています。
みそのは実家へ「絶縁状」を出すほどの徹底ぶりだそうです。
……
神戸美穂ちゃんには関係ない話ですけど、
裕介の父親は底なしの女癖の悪さらしくて、
それが原因で幾つか裁判になっていますね。
詳しくはまた先輩に聞いてみようかな」


浮所さんの情報が濃くて多く、俺の頭に入って来ない。
限りなく遠くへ真相がある。

「浮所さん。神戸美穂ちゃんの親は?」
「そこまでは分かりませんでした」

「やけに13年前の事件へ詳しいんですね。
記者って色々知ってるんですね、凄いわ」

俺の感嘆へ浮所さんは涼しい顔をする。

「まあ、ね。今の仕事ですから」

浮所さんの答えは噛み合ってない気がしたが、
いずれにせよ、神戸美穂ちゃんは生まれたときから命を狙われる宿命を感じた。

蜃気楼みたいに現実は見えているが、歪みがある。

御手洗みそのと神戸裕介は親子であり、
御手洗亜子と神戸真理が双子姉妹である秘密が行方不明事件まで長年隠されてきて、
神戸美穂ちゃんの両親や家族関係の複雑さ。

御手洗一家が疑われながらも、アリバイを立証できる根拠の強さ。

そして亜子までも知る幽霊目撃情報。

見えるものよりも見えないものの方が恐ろしい。

大人たちの欲望や秘密が重なり合い、
結局のところ被害者となったのは無辜の少女。

俺たちがこうしている時間、
まさに現実世界で起こりうる悲劇の構図を見せられた気がした。

深夜の幽霊を思い出すと、胸が張り裂けそうな思いに駆られ、コテージから帰るときは手を合わせよう。

きっと俺たちができるのはここまでなんだろう。