短編ホラー:禁断の檻に流れた水 ⑥
最終章 当事者本人の正義
「ふ〜ん。
うちの社はホラー小説に大賞を贈ったんだ」
私はスマホの画面を見つめた。
2024年10月、
memo文芸大賞の受賞作が発表されていた。
「神穂 裕真 『禁断の檻に流れた水』」
私は現役の記者で、密かに小説を投稿したものの、一次選考すら通過できなかった。
大賞を受賞したホラー小説は、
「リアリティがある」と評された理由が、今にして思えば理解できた。
主人公の里帆は13歳のとき、
両親に騙されて親族が集まる沼へ連れて行かれる。
親族は白い布に包まれた母親の命令に従い、
里帆は沼で水攻めに遭い、男性親族から慰み者にされた。
頭や顔が変形し、目は失明したのではないかと絶望し、気絶してしまう。
翌朝、里帆は山中の捨てられた場所で、外国人夫婦から助けられていた。
港町に住む外国人から戸籍を譲ってもらった里帆はバイトをしながらお金を貯めて、美容整形に挑む。
木を隠すなら森の中と芸能界を目指す、あらすじ。
この物語の内容が、まるで神戸美穂ちゃんの実体験のようだと気づいた。
『神穂裕真』は、あの家族から一字を取っているって、あの神戸美穂じゃないのか。
両親が戸籍上の他人だが、実は“兄妹”だったというのも、母親と父方の祖父から自分が生まれた秘密。
出生をある一家へ責任転嫁し警察沙汰になった等、
一族の中で歪んだ繁殖と思想の実態を示していた。
神戸美穂ちゃんが13歳のときに拉致され、虐待を受けていたのだと、悲しい真実が浮かび上がってきた。
文芸部にいる同期へ電話する。
「岡ちゃん?お疲れ様です。
memoの、うん、そう。
ああ、大量に読んでお疲れでした〜。
でね、ホラー小説の新人。そう。
あれって誰か聞いていい?
仕事?早くないよ〜。えっ?
ウソーーー! 分かった。うん、ありがとうね」
今、どこを歩いているのか自分でも分からない衝撃を誰かに受け止めて欲しかった。
「タツジュンさんですか?浮所です。
お久しぶりです」
こんな時間に男性の部屋へ上がり込むのも如何なものだが、話ができるのはタツジュンさんしかいない。
テーブルに座るハムスターは気のせいか、
目を輝かせて私から出る話題を待っているようだ。
予め電話でタツジュンさんにはホラー小説を読んでもらっていた。
「神戸美穂ちゃんは生きていたんですね」
誰だって第一声はそうなる。
「神戸美穂の正体、誰だと思いますか?」
ハムスターが前のめりになった。
「アイドルの奥田ゆきのです」
ー 完 ー