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環境を変えるか、考え方を変える

手っ取り早くラクなるなら、『瞑想』
たまたま実家の宗派は禅宗で
座禅を習ったり、本を読んだりで
僅かな時間を瞑想に使い、過ごすことがあった

瞑想と呼べばカッコいいけど
わたしの場合は、頭を空っぽにして
何も感じない、何も考えない

すぐにできる事ではなかったが
呼吸の仕方を工夫する等、時間を要した

ほんまに、すぐはできないよ
やっぱり、心があるのか
空っぽにするのは、易しいものじゃない

一旦、空っぽにしてしまえば
落ち込んでいた出来事も
自分の主観で混乱していたのが判る

不思議なほど、他人の目線で自分を見て
状況分析と問題解決を考慮できる

もう一人の自分が問いかけてくれる

嫌な言葉で傷ついても
他人の言うことは、その人の自由で
わたしが個人的に受け取る必要がないのに気づく

他人の助言を正確に受け取るなら
他人が責任を持って、わたしのために
お金を出してくれるとき、くらい

お金も出さずに好き勝手なことを言うのであれば
「だったら、あなたがやりなさい」
スルーしても構わない

傷つくことを言う人のセリフを聞いていると
大体が、自分はできやしない棚上げ発言で
自らのことをわたしへ言っているのが多い

それを聞いたからと悲しむか、受け止めるかは
わたしの選択なのだから
聞き流しても差し支えないセリフだったりする

周りがネガテイヴなら
自分が素敵だと思う人のいるところに
環境を変えるか、考え方を変える

わたしはそんなに数多の交流がないので
瞑想をして、気分や気持ちを切り替える

置き去りにしていた習慣を復活させよう
今、それが自分に必要だから