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短編: 1秒だけ、1秒、1秒のあと

終業式の日、颯太からのLINEが鳴った。
「告白成功した!」
その後、颯太は暇さえあれば沙良とのデートプランを相談してきた。

颯太はその名の通り、颯爽としたイケメンで、茶髪に細身の沙良とお似合いだ。

今夜の花火大会でどうやって手を繋ぐか、そんなことを僕に聞かれても、「おい、コラ!童貞に聞くんじゃありません」と返すしかない。

LINEスタンプを押した瞬間、
無言で枕にパンチし、そのままベッドに倒れ込む。想像したくもない。

沙良のことは中等部の頃から好きだった。
「蒼と話してると、時間がすぐに経ってしまう」「沙良となら会話が弾むんだよ」
彼女の言葉が胸に刺さる。
放課後、理科室での語らいが今や幻のように思える。

廊下から見えないように床へ座り込んで、
沙良が「見て、これが枝毛って言うんだよ」
言った瞬間、桃のような香りが漂ってきた。

無邪気に毛束を近づけられ、ドキリとする。
「雨、降ってきたみたい。髪がうねると思った」
沙良が言う。
彼女の「帰る?」という言葉に、僕は「帰ろうか」と答えた。

その時、1秒だけ、沙良に袖を掴まれた気がした。
上目遣いの半開きの口元が色っぽくて、目を逸らすしかなかった。中学3年の冬だった。

こうしてベッドにうつ伏せになりながら、僕は自惚れていた。沙良は僕が好きだと、どこかで過信していたのかもしれない。

学校はサッカー部や陸上部の合宿に使われ、夜も開放されていた。

気づくと理科室に忍び込み、高等部の校舎は蛍光灯で煌々と輝いている。
打ち上げ花火が音に遅れて光り出す。

ああ、あの下には颯太と沙良がいて、手を繋いで見上げているに違いない。
空に大きく開く花火の横には三日月が浮かび、心が欠けてしまった僕は、その光景にただ立ち尽くす。

スマホが振動する。
「沙良とはぐれた」と颯太からのLINE。
思わず「女の子1人に出来ないだろ!早く探せよ」
返信する。
「今からそっち行こうか?」聞いてみたが
「いや、いい。もう少しこっちで探すわ」颯太からのLINEは途切れた。

あの時、沙良が僕の袖を掴んだ1秒。
もし僕が「まだ居ようか」と理科室に留まっていたら、今、沙良の隣に立っていたかもしれない。

1秒、背中に感触がした。
振り向くと「言わないでね」沙良の真顔。

1秒の後、沙良は僕の首に手を回し、顔が近づいた。戸惑いもなく、打ち上げ花火と校舎の灯りの間で、僕らはキスをした。

#PJさん
#1秒の恋