見出し画像

きっとこれはご近所物語。ー吉田戦車『伝染るんです。』(小学館)

北千住の千代田線の駅のホーム。
転落防止のドア越しに、変な茶色い生き物を発見する。
かわうそ君だ!
かわうそ君だ!!
かわうそ君だ!!!
重たい足を引きずりながら、出勤中だったわたしの目の前に「かわうそ君」が急に現れた。

「空気は、読まない。」
かわうそ君は新聞を広げて、そうつぶやいていた。
わたしは空気を読みすぎる傾向にあるので、少し羨ましい。

画像1

かわうそ君との出会いは、確か、大学生か、いや、社会人になってからだったかな。我が家は、漫画を良しとする家庭ではなかったから、漫画が思い出に寄り添っていることはあまりないの。その反動か、歳を重ねるにつれ、漫画をむさぼるように読みはじめた。つげ義治、楳図かずお、諸星大二郎、星野宣之、花輪和一、丸尾末広、大友克洋、大島弓子、萩尾望都etc…….。

「きみきみ、その流れで、吉田戦車を読んでいないのかね?」
と、差し出されたのが『伝染るんです。』だった。四コマ漫画は、新聞のテレビ欄の裏側の端っこに掲載されているイメージで、漫画ビギナーのわたしは、ほほう、こんな風に本という体でも四コマ漫画は読めるのかと、そこからのスタートだった。そして、完全に舐めていた。たった四コマでしょ? 四つのコマで何ができるのよ? と。いつから、お前はお偉い様になったのだ、というひどい上から目線である。

しかし、そんな気持ちは、すぐに撤回され、心底謝った。だって……こんなに漫画で笑わされたのはじめてなんですもの!!! 家のリビングでゴロゴロと『伝染するんです。』を読みながら、「ふふふ」「ぶはっ」と笑い転げるわたし。ちびまる子ちゃんとかのび太くんが、よく漫画読みながら爆笑するシーンとかあるじゃないですか。いやいやいや大げさな。漫画でそこまで笑わないでしょう? と、まるちゃんやのび太のオーバーリアクションに疑問の眼差しを向けていたけれど、『伝染るんです。』を読んでいる時のわたしは、まさに、あの、まるちゃんやのび太状態です。周囲からはその姿に「気持ち悪いんですけど……」と冷ややかな視線を送られるわけですが、「まあ、読めって! こうなるから」とよく、すすめたものである。


それからしばらくして、『伝染るんです。』の単行本は、装丁がすさまじかったということを教わる。わたしがこの漫画に出会った頃は既に、単行本は絶版で文庫しか流通していなかった。すっかり、漫画の中身に心奪われているので、すさまじい装丁も、是非とも拝みたく、古書店を探しまくって購入した。全5巻、ゲットである!装丁は、なるほど祖父江慎さんのお仕事。

しおりが短い。同じ漫画が続く。白紙

と、こんな感じで、「正」の逆をいっている。「誤」を完璧にこなしているとでも言おうか。超真面目に遊んでいるとでも言おうか。
漫画の内容に、こんなに呼応している装丁は、確かにすさまじい。

画像2

『伝染るんです。』の四コマたちは、そのほとんどにオチがない。中途半端に終わっていく。そう、単行本の短いしおりみたいに。学校で叩き込まれそうになった起承転結など、どこ吹く風だ。腹を抱えて笑えるが、もやもやもやもやしてしまう。え、で?! で、で、で?! てな気持ちが残る。

別に、オチなくていいし。
別に、どこかで起きている日常を切り取っただけだし。

シュールにしてやろう! 不条理にしてやろう! そんな筆者の必死さは微塵も感じられず、とてもナチュラルなご近所物語のようなんだよなあ。ご近所だけど、わたしには見えていなかった世界を提示してくれている。オチちゃうと、物語が完成しちゃうけど、オチないからこそ、生活感漂うご近所感があるんだろうな。きっと、かわうそ君は、今もどこかで、かわうそであることを理由に、いろいろ人を困惑させているのだろう。こけしは、今日もどこかの駅のホームで突然、背後に立っているのだろう。自分の日常にぶっこまれる、自分にとってはありえない誰かの日常。

さらに、こんなに笑ってしまう漫画なのに、登場人物に幸せそうに笑っている人はほぼいない。だいたい、「……」と呆れたり、不穏に満ちたり、絶叫したりして終わっていく。怖さ、怒り、切なさ、恥じらい……。笑いはいろいろな感情を包括してしまうブラックホールのような不思議な感情だなと気づかされる。うぅ……怖い漫画だよ『伝染るんです。』は。



箱を壊せ。
真面目に遊べ。
日常を笑いで飲みこんでしまえ。

『伝染るんです。』に出会えて、中の人は大いに心が楽になった。


追伸
このnoteを書くために、『伝染るんです。』を読み返しはじめて、まるちゃん状態になり、筆がとまったことは言うまでもない。

画像3

 

追伸2
何も語らずに、自分の好きな本を7日間に渡って紹介する企画「7bookcovers」に参加したのだが、やはり、なぜ、その本が好きなのかを伝えたくなってくる。7bookcoversの番外編として、ここで各本への想いを綴ろうと思ったの。

 


《書籍情報》
吉田戦車『伝染るんです。』(全5巻)
装丁:祖父江慎
出版社小学館
出版年:1990年
吉田戦車さんtwitter: https://twitter.com/yojizen

単行本は古本屋さんを根気よく探すべし。日本の古本屋。

画像4

文庫版は買えるよ〜。ポケットに忍ばせてみよう。この笑いを。





【プロフィール】
中村翔子(なかむら・しょうこ)
本屋しゃん/フリーランス企画家
1987年新潟生まれ。本とアートを軸にトークイベントやワークショップを企画。青山ブックセンター・青山ブックスクールでのイベント企画担当、銀座 蔦屋書店アートコンシェルジュを経て、2019年春にフリーランス「本屋しゃん」宣言。同時に下北沢のBOOK SHOP TRAVELLERを間借りし、「本屋しゃんの本屋さん」の運営をはじめる。本好きとアート好きの架け橋になりたい。 バナナ好き。本屋しゃんの似顔絵とロゴはアーティスト牛木匡憲さんに描いていただきました。



【こちらもよろしくです】
わたしたちの南方熊楠―敷島書房と本屋しゃんの往復書簡
敷島書房の一條宣好と本屋しゃんの中村翔子は、それぞれにひょんなことから南方熊楠に出会った。そんな2人が、1冊の本を『街灯りとしての本屋。』をきっかけにお互いを知った。この誌面は、南方熊楠と一冊の本の縁によって出会った2人の本屋の往復書簡。



【オンラインブックフェアはじめました】  
ONLINE ブックフェア 映画「タゴール・ソングス」誕生記念
100年後に、この本を心を込めて読む、あなたは誰ですか?

期間:2020年5月1日〜100年後もずっと続きますように。
会場:note & 全国の本屋さん(募集中) 



【日記屋 月日さんでインド日記販売中!】
わたしが、はじめてインドを旅した時の日記ZINE『あなたが見せてくれたガンジス川ーインド旅日記』。下北沢の日記専門店「日記屋 月日」さんのデジタルリトルプレスプロジェクトによりPDF版で販売していただくことが決まりました。ZINEも引き続き、月日さんにて販売していただいています。

この日記が、あなたの「月日」に寄り添えますように。


この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
note.user.nickname || note.user.urlname

いつも読んでいただきありがとうございます。この出会いに心から感謝です!サポートをはげみに、みなさまに楽しい時間と言葉をお届けできるようがんばります。

BE HAPPY!!!
13
本好きな人とアートが好きな人ってきっとつながると思うの。だから、本が好きな人に見てほしい展覧会、アートが好きな人にオススメしたい本を紹介したい。だけど、わたしは批評家でも評論家でもないから「日記」として綴ろうと思う。きっと体験の周辺も大切。あくまでも、わたしの眼鏡越しなんだけど。
コメント (2)
コメント失礼します、僕も吉田戦車ファンで、読み漁ってました!いじめてくんは読まれましたか?あとゴッドボンボンとか…あ、すみません、つい戦車熱が汗
ありがとうございます😊いじめてくんは読みました!ゴッドボンボン知らなかったです!!読まなくちゃ
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。