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混ぜるな危険「読香文庫」の読後感

comme des garconsの「Odeur 71」。
わたしが好きなオードトワレ。
はじめて身にまとったのはいつだったかな。
高校、いや大学生の頃かしら。
おもしろい匂いがあると、teshがプレゼントしてくれたの。
「よい香り」ではなく「おもしろい匂い」をプレゼントしてくれる彼だから、きっと、わたしは結婚したんだな。で、どうおもしろいかといいますと、このオードトワレの成分がですね、ぶっとんでいるのですよ。

Smell of dust on a Hot Light-Bulb, Warm Photocopier Toner, Hot Metal, A Toaster, Freshly Welded Aluminium, The Ink in a Fountain Pen, Fresh Pencil Shavings, Wood and Moss, Bay Leaves and Bamboo, White Pepper, Hyacinth, Lettuce Juice(公式サイトより引用)

トナー、ホットメタル、インク・・・。
以前、わたしはカレーにバナナを1本まるっと入れて煮込んで、それはそれはお世辞にもおいしいとは言えないカレーを作ってしまい、ブレンドする素材のあうあわない、ブレンド量がいかに大切かを思い知りました。きっとね、隠し味程度のバナナだったら、きっとおいしかったんだと思うよ!きっとね。このオードトワレの香りは、成分だけみるとぶっ飛び感がすごいけれど、都会の雑踏を力強く歩けそうな香りでもあり、大自然の中にもうまく溶け込めそうな香りでもあるの。尖った素材がいい分量で混ざり合い、柔和し、まとった人との体温と溶け合って、かおるごとに少し鋭利な光を放ちながらも、体を包み込んでくれる優しいオードトワレにしあがっているのだと思う。

去る、2020年1月31日と2月1日に二子玉川で40もの本屋が集結して開催された本屋さんのフェス「本屋博」。大賑わいの会場で、ひときわ良い香りを放っているブースがあった。

京都左京区に位置する「恵文社 一乗寺店」さん。

黒いブックカバーに包まれた文庫本たちが陳列されている。
匂う。匂うぞ。
どうやら、良い香りを放っている主は、この文庫本たちらしい。

きっと、怪訝な顔をしていたのでしょう。
店主が、話しかけてきてくれた。

読香文庫(どっこうぶんこ)」

この文庫本たちは、読香文庫というプロジェクトによって誕生したらしい。
一言でいうと「香りで本を選ぶ」、いや、もう少し正確に言えば「香り‘だけ’で本を選ぶ」、そんな体験。デザイナー、本屋、編集者、大工、そして香水専門店・・・など多業種の有志が集まったチーム、その名も「混ぜるな危険」によって企てられたそうだ。

文庫本たちは、黒いカバーに着替え、それぞれに‘あう’、その本のために選ばれた香水をふきかけられる。

「さあ、あなたの好みの香りはどれですか」

読香文庫は5冊。
わたしも、くんくんして、お気に入りの香りを選んだ。
フレッシュだったり、甘かったり、スパイシーだったり・・・さまざまな香りをまとう本たち。

くんくんくん。

わたしは、あまり迷わなかった。
さくっと決まった。
一番、重ための、力強い香りの本を選んだ。
どこか「Odeur 71」を彷彿させたことも相まって。

「これにします。」
この‘これ’は、香りをさすのか、本をさすのか。
タイトルも、作者も、それが日本語で書かれているのか、小説なのか、詩集なのか、ビジネス書なのか・・・。何もわからない。
ただ、「混ぜるな危険」がその本を読み解いて、‘あう’と感じた香りだけが、そこには漂っている。


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帰宅して、早速、ページをめくる。
好きな作家の本で驚いた。
なるほど、それで、この香りか。
香りしか情報がない中で選んだ本が、自分にピッタリだなんて、びっくりしちゃわない?


本のページをめくるたびに、その本のための香りがふわっとたちあがる。
ページをめくる、香る。
紙をさわる、パフュームがおどる。
この行為を繰り返していくと・・・どうだろう・・・なんともエロティックな気持ちが呼び起こされる。

文字、言葉、行間、内容が香りと溶け合って、全身に覆いかぶさってきたからかもしれない。目と頭だけではなく、そう、わたしは今、全身で読書をしている。
この香りが消えてしまわないように、いつもより優しく本を触る、ページをめくる。
逆に、本も香りとなって、わたしにやさしく触れてくる。

エロティック。これがわたしの読香文庫の体験談であり、読後感。



再び「香りしか情報がない中で選んだ本が、自分にピッタリだなんて、びっくりしちゃわない?」
きっと、性癖だ。好きな香り、好きな言葉、好きな感触・・・それぞれ違う「好き」のようだけど、実はつながってるんだね、きっと。だから、好きな香りが、好きな本につながるのも不思議ではないのかもしれない。


「読香文庫」を購入するとわかるけど、真っ黒いブックカバーやしおりにも仕掛けが施されている。この仕掛けも、あなたの読書体験にいろいろな作用をもたらすでしょう。ここも踏まえて、これから手に取ろうとしている人には楽しんでほしいな。




電車の中で、バックの中からおもむろに本を1冊とりだす。
真っ黒いブックカバーに覆われた本。
香水をまとった本。
さあ、続きを読もう。

その日、わたしはお気に入りのオードトワレをつけている。
comme des garcons「Odeur 71」。
バックから本をとりだすときに、本の香りとわたしの香りが混ざりあう。

混ぜるな危険。

相向かいに座っているあなたは、わたしが何を読んでいるかわからないでしょう。
だって真っ黒だものね。
この香りを放つ本が何か気になるでしょう。
だって、なんだかいい匂いだものね。

だけど、ひみつ・・・。


あなたのその好奇心に、混ぜたら危険なので。



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【プロフィール】
中村翔子(なかむら・しょうこ)
本屋しゃん/フリーランス企画家
1987年新潟生まれ。本とアートを軸にトークイベントやワークショップを企画。青山ブックセンター・青山ブックスクールでのイベント企画担当、銀座 蔦屋書店 アートコンシェルジュを経て、2019年春にフリーランス「本屋しゃん」宣言。同時に下北沢のBOOK SHOP TRAVELLERを間借りし、「本屋しゃんの本屋さん」の運営をはじめる。本好きとアート好きの架け橋になりたい。 バナナ好き。本屋しゃんの似顔絵とロゴはアーティスト牛木匡憲さんに描いていただきました。https://honyashan.com/


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