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 Amazonには、商品を五段階(星1〜5)で評価できる機能がある。
 私の変わった趣味として、発売日直後に星1がつけられている書籍を見かけると、どうしても買わずにはいられなくなる。「星1であれば、気絶するぐらいひどい内容にちがいない!」という好奇心に、打ち勝つことができない。

 先日も、芳ばしい星1レビューを発見した。対象書籍は、『いいね! ボタンを押す前に』(亜紀書房)。星評価だけでなく、文字のレビューもあったので、以下に引用しておこう(2023年1月29日確認)。

「個々の主張がいちいち稚拙で独善的なものばかり
 期待して読んだがガッカリしてしまった」
(2023年1月26日のレビュー)

 バッサリである。書籍の発売日は1月25日であるから、よほど期待して、むしゃぶりつくように読んだにちがいない。そうしたら、拒絶された……。

 これは期待できる。入手して、読んでみることに決めた。

 読みながら確認したいことは、各論稿の内容が「いちいち稚拙」で「独善的」かどうか。本当にその通りなら、私も読みながら白目を剥くだろう。
 一つ目の論稿は、本書の序論にあたる、小島慶子の「私たちはデジタル原始人」だ。さっそく読んでみる。

「インターネットが広く使われるようになってから、まだたったの30年ほど。現在主流のSNSの誕生やスマホの普及からは20年も経っていない。私たちは今、デジタル人類史の旧石器時代を生きている。手のひらの中のその四角い物体は、はるか昔のご先祖様が握りしめていた石のかけらと同じだ。今、目の前で起きていることはとてつもなく新しいけれど、だからこそ未来の人々から見れば、私たちはとてつもなく未開である。あなたも私も、Z世代もアルファ世代もこれから生まれてくる子どもたちも、人類史のスケールで見れば同時代人。画期的な技術の獲得によって新時代を拓いた、素朴な人々だ。」
小島慶子・文、『いいね! ボタンを押す前に』亜紀書房、P6)

 私の能力が低いからか、「稚拙」で「独善的」な文章には見えない。むしろ、的確な文明評である、と私には思える。
 インターネットもSNSも、使うのが当たり前の日々を送っているから、つい忘れがちだが、どれだけ熟練した(?)ユーザーであっても、長くて20〜30年しか、その環境に身を置いていない。人類史視点で考えてみれば、人類はまだインターネット・SNSの使い方を模索する段階にあると言える。章題の「デジタル原始人」という言葉は、そのことをコンパクトに表現している。

「ユーザーは無力ではない。SNSの炎上騒ぎやアルゴリズムのおせっかいに疲れたときには、声に出して自分に言って聞かせてあげよう。「私の態度や振る舞い方次第で、世界は変わるかもしれない」と。大事なので、もう一度。「私の態度や振る舞い方次第で、世界は変わるかもしれない」。」
小島慶子・文、『いいね! ボタンを押す前に』亜紀書房、P8)

 小島のこの文章は、本書の各論稿を貫く一本の指針を示している。「インターネットもSNSも問題だらけだから、使わなければいい」と言っていられる段階に、今の社会はない。それよりも、日常生活に根付いたインターネットやSNSを、どう実りあるツールに変えていくか。その問題提起が、本書ではなされている。

「多様性というものが、「人権」や「社会正義」などの共有された尺度のもとでの判断に照らされることなく、ただ投げ出されたまま「文字情報」として浮遊しつづけているのがSNSの言説空間の実体である。浮遊する「文字情報」からは発話者の属性や発話者間の関係性が消し去られているため、あらゆる発言は、その内容がどのようなものであれ、均等で対等なものであるかのように受け止められる。その上で、発言内容の「強度/強さ」を測るための指標は、「いいね」や「リツイート」や「コメント数」といった数の力に委ねられることになる。」
田中東子・文、『いいね! ボタンを押す前に』亜紀書房、P142)

 例として、田中東子の論稿「なぜSNSでは冷静に対話できないのか」から文章を引いてみた。
 誰に頼まれるでもなく、次々とSNS上に放たれていく発言には、その量からして、いちいち真偽を確かめる時間が与えられていない。その結果、多くの一般ユーザーは、「いいね」や「リツイート」「コメント」の数から、内容が信用に値するかを判断するようになる。
 数を集めたければ、他の人と同じような発言をするわけにはいかない。平凡な内容では、埋もれてしまう。そういう心理から、発言が過激化していく。過激化にともない、その支持者も数を増し、発言を訂正することがますます困難になる。
 ユーザーはみな対等である以上、この事態の改善は、プラットフォーム側に一番の責任がある。この点についても、本稿は解説を行なっている。

 いいね! ボタンを押す前にを通読してみたが、結局、本書のどの点が「稚拙」で「独善的」なのか、最後まで分からなかった。

 レビューで、星1をつけようが、星5をつけようが、個人の勝手である。ただ明らかなのは、本書の論評を2行で行うのは無理がある、ということだ。


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