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在野研究一歩前(21)「読書論の系譜(第七回):澤柳政太郎編『読書法』(哲学書院、1892)⑦」

前回に引き続き、澤柳政太郎編『読書法』(哲学書院、1892)の「読書論」について見ていきたい。今回は「第七章」の内容である。

「第七章」(該当ページ:P57~62)↓
「讀書の要は能く書籍の意義を會得して新智識を増加し且之を記憶に存して他日の用に供するにあり、故に口に字句を誦し心に其字義を理解するも若し全躰の意義を解する能はさるときは毫も讀書の用なきものと云ふへし、又縱令其當時能く意義を會得するも若し須臾にして之を忘却するときは是れも亦讀書の効なきものと云ふへし、故に能く之を理解し又能く之を記憶することなかるへからす、今先つ謄寫法及暗記法の得失を説くへし」(P57)
⇒「読書」にとって重要なことは、手に取った本の核となっていた主張や問題提起が把握できているかということと、その内容を忘れることなく記憶し続けることである、と澤柳は主張する。もし、本の中心内容が掴めていなかったり、掴めてはいたんだけど今は忘れてしまったとなれば、「読書」の意味は失われてしまう。この事態に対処する方法として、一般的に考えられているものに「謄寫法」「暗記法」の二つがある。この二方法について分析することが、今回の第七章の中心問題である。

「謄寫法とは其讀まんと欲する書籍を謄寫するの法にして此法たる能く讀者の注意をして一字一句の上に及ほさしめ且長く記憶に存せしむるものとす」(P57)
「謄寫法」とは、書籍内にある文章を書き写していく方法で、その「書き写し」の過程を通じて、内容の記憶化をはかっていく。

「謄寫法ハ今日の世之を實行する能ハさるのみならす、又以て完全なる智識を得るの法にあらさるなり、且此法は往々器械的の弊に陷りて効益を収むる能ハさるのみならす反て弊害を生することなきを保せす、左れハ此法ハ讀書法中最も下等に位するものと知るへし、今日に於てハ全部の書籍を謄寫するか如き愚を爲すものなしと雖も、其中幾分を謄寫し後日の備忘に供するものに至りてハ勉強家に於て往々見る所なり、此抄寫の法ハ謄寫法に優ること數等なれとも尚ほ時間を消費すること多くして得失相償ハさるに似たり」(P58~59)
⇒一般的には受容されている「謄寫法」に対して、澤柳は批判的(否定的)である。文章を書き写す作業は、どうしても器械的な作業になりがちで、あまり効果がでるようには思われない。重要な本だけでもその量は膨大で、それらを全部書き写すということは現実的に難しい。
 勉強家の中には、書籍内の文章を全部書き写す「謄寫法」とは異なり、重要な部分だけを取りだして書き写す「抄寫(法)」を採用している人もいれば、澤柳にすればこれも×である。(私も書籍によっては「抄寫」することがあるため、澤柳ほど批判的にはなれない。)

「縱令其幾部分なりとも徒に之を暗記するハ眞正の讀書法と云ふ能はさるなり」(P59)
「抑々記憶は智識の増進上極めて要用なるものなれとも固と其力に限りあり且非常に記憶を養ふは即ち他の智力(想像、判断、推理等)を損するを以て單に記憶の力を増進せんとするは、啻に其利鮮なきのみならす反て心力全身の發達を害するものなり、特に器械的の暗記は其益とする所最も少きのみならす亦記憶すること最も困難なるものとす」(P59~60)
⇒「暗記」と「読書」の関係性が説かれている文章。
 澤柳は、むやみやたらに書籍内の内容を「暗記」することには批判的である。「暗記」によって情報が貯えられていく「記憶」には限界があり、無理にその作業を続けていくと、他に成長させていくべき力(想像力、判断力、推理力)の成長に力を割く余裕がなくなってしまう。

「知覺、想像、概念、判斷、推理等ハ獨り記憶にのみ據るものにあらすと雖もその關係頗る密なるものありて記憶を離れて他の智力獨り發育すへきにあらす、左れハ記憶すへきものあるときハ反覆閲讀して忘失すへからさるは固よりなり唯茲に排斥せんとせるハ單に器械的に文字章句等を記憶するものにあるのみ、」(P61~62)
⇒一つ前の引用文では、「暗記」及び「記憶」のマイナス面が強調されていたが、ここでは「記憶」が他の力(知覚、想像、概念、判断、推理)を成長させていく上では欠かせない要素であることが言われている。つまり、澤柳が批判したいのは、「暗記」「記憶」そのものではなくて、「何を暗記・記憶の対象とするか」ということである。澤柳は「本の中心内容」について「記憶」することの重要性を説き、一方で、ただ書籍中の「文字章句等」を一言一句間違えずに「暗記」することには批判的であると言える。

以上で、「在野研究一歩前(21)「読書論の系譜(第七回):澤柳政太郎編『読書法』(哲学書院、1892)⑦」」を終ります。お読み頂きありがとうございました。

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