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それぞれの花火、台南・南鯤鯓代天府にて〜神々の宿る島|フォルモサ台湾ショートストーリー(栖来ひかり)

フォルモサ台湾ショートストーリーは、現地在住の文筆家・栖来ひかりさんによる短編小説です。第3回の舞台は、1662年創建の名刹「南鯤鯓なんこんしん代天府だいてんふ」。台湾の伝統芸能と融合したファッションショーに関わる3人の想いが、微妙に重なり合いながら紡がれてゆく物語をお楽しみください。

── 花火がつぎつぎとあがった。何か月も練習をしてきたショーがもうすぐ終わる。

ピアノとバイオリンの生演奏をかき消すような破裂音。南鯤鯓代天府の空いっぱいにひろがる花が金色や赤色に砕けちる。こんな真近に花火を感じるのは初めてだ。アヒルの塩漬け卵みたいなオレンジ色の大きな夕日が沈むころから、山門の左上に小さく輝きはじめた金星がぼくらを見守っている。ぼくたちの廟の神様は吳府ごふ千歲せんざいといって、唐の時代の官僚だったひと。ものすごく頭がよくて、星を読むのが上手だったらしい。

ぼくは台南の街の北のほうにある廟に所属する家将団かしょうだん武差ぶさだ。家将団は各廟がまつる神様のための舞踊団のこと。どこかの神様が誕生日を迎えれば、それをお祝いするパレードが街を練り歩く。その陣頭指揮をとるから陣頭じんとうとも呼ばれる家将団は、行く手をはばむ悪鬼どもを捕まえては処刑する、神様直属の警察隊みたいなもの。台湾では八家将やかしょうっていう呼び名が一般的だから8人だと思っている人も多いけど、殆どの場合は8人じゃないし、家将の陣頭が生まれた台南ではもともと什家将じゅうかしょうと呼ぶのが伝統的だから、一緒くたにしないでほしい。

まず、捕まえた悪鬼を拘束するための刑具や武器をもった什役じゅうえきは、練り歩きの指揮官だ。全体の様子をみながら歩く速さを調整したり道順をきめる什役は、だいたいベテランの役目だ。今日のショーの什役は大団長だった。長いあいだ団のリーダーだった大団長はさいきん糖尿病が悪化して、団は解散寸前になったけど、大団長の息子が後を継いだことで落ち着いた。でも団を継いだあと、若い団長の頭にはたくさん丸い「ハゲ」が出来た。それぐらい、陣頭をまとめるのは大変なんだと思う。

什役の後ろには文差ぶんさ武差が左右に控える。神様の伝令を受け取るのが武差で、伝令を皆に伝えるのが文差。子供が演じることが多い役柄で、ぼくは武差を務めている。団には何人も子供がいるけど、稽古の量ならだれにも負けやしない。だから、はじめて武差に決まったときは飛び上がるぐらい嬉しかった。小学校でいじめられ、勉強もあまり得意じゃなくてすっかり自信を無くしていたぼくは、什家将に出会って変わった。

什家将ってむちゃくちゃかっこいい。目をカッと見開いてあたりを睨みつけ、八の字で歩いたぼくらをみて、鬼たちは震えあがる。練り歩きのときは、外国からきた観光客も夢中でぼくらの写真を撮る。「カッコいい!」って何度も声があがる。こういうの、すごく鼻が高い。

団長たちが教えてくれる神様の物語もすごく面白いんだよ。例えば、呉府千歳の親友の池府ちふ千歳せんざいの顔がドス黒くて目ん玉も飛び出てるのは、疫病を広める鬼が持っていた毒薬を、村人に代わって呑み込み死んでしまったから。宇宙でいちばん偉い神様の玉皇大帝は、そんな勇気ある池府千歳を自分の部下にしてあげた。だから池府千歳は今、ここ南鯤鯓代天府をはじめいろんな廟で祀られる神様になった。何百人もいる神様たちひとりひとりが持ってる、わくわくするような物語。いつか大きくなったらぼくも、子供たちにこの面白い話を教えてあげたい。

文差と武差のあとに、甘、柳、范、謝という苗字の将軍4人がつづく。将軍は手にいろんな武器を持ってて、悪い鬼たちに罰を与える。それから、春・夏・秋・冬の季節が神様になった四季大神の4人は、尋問や拷問をする係り。最後に歩くのが捕まえた鬼たちの来世を決める文判官と武判官。合わせて13人、だいたいこんな感じで、場合によって増えたり減ったり。ぼくらの顔の化粧にもひとりひとりに意味があり、それぞれの団によっても違う。

ぼくが家将団に入るのに、最初はお父さんもお母さんもすごく反対した。じつはみんな、家将にあんまりいい印象をもってなかった。家将といえば、喧嘩や暴走族、タバコに悪いお薬とか賭けごと。廟はそんな「不良少年」たちのたまり場で、家将はその代表ってイメージ。だからお祖母ちゃんなんか「おまえはヤクザものになるつもりか」と泣き出してしまった。でも、今はそんな家族もぼくを応援してくれて、今日も家族全員が会場に来てニコニコしながらショーをみてる。

「自分たちがやっているのは、台湾の伝統芸能を代表する什家将という文化を残すためなんです。だから絶対に性質たちの悪い連中とは付き合わせません」

こんなふうに家族を説得してくれたのは、大団長だった。稽古はすっごく厳しくて怖い大団長だけど、ぼくとおんなじように昔、什家将になるのを家族に反対されたんだって。

台湾のファッションデザイナーの先生たちと一緒にいっぱい準備をして、ぼくらは今日のファッションショーのいちばんさいしょに陣頭をした。つまり会場の悪い鬼たちをぼくらがまず追い払ったんだ。それから、いろんな服をまとった背の高いきれいなモデルさんたちが、ぼくらが並んでいるあいだを行ったり来たりした。

それを、なんとぼくらの台湾の副総統とか、テレビでよくみる芸能人がみんな座って見ているんだよ、信じられない。ニューヨークとか、パリとか、日本からも取材が来るって団長が言ってた。これまでたくさんのお祭りで陣頭をしてきたけど、きょうばっかりは頭がくらくらするほど緊張して、さいしょは早く終われ!って思ってたのに、いま花火が、打ちあがる花火が今日の終わりの近いことを教えてくれて、寂しいみたいな、涼しい潮風をもっと涼しく感じるようなふしぎな気分。


* * *


── あ、望春風ぽんつんほん

エバー航空の飛行機に乗って台湾が近づくと決まって流れる私の大好きなこの曲、わたしにとっては台湾を象徴する歌だ。この大きな廟の山門と本殿とのあいだに設営されたファッションショーの会場の、真ん中に登場したピアノとバイオリンの調べが空に響きわたるそのとき、左後ろから花火があがった!

今回、学会のシンポジウムに呼ばれて3年ぶりに台湾の土を踏んだ。コロナ禍のあいだ、オードリー・タンだとか台湾の「先進的な取り組み」が日本のメディアで次々に取り上げられていたせいで、なんだか自分の知らない台湾になってしまったような期待と不安の入り混じった気持ちで来たけれど、新しい建物やオシャレなスポットがいくらか増えたとはいえ、交通のひどさも市場のおばちゃんの明るさも笑ってしまうぐらい相変わらずで、なんだかホッとしてしまった。

学会の発表も終わってあと数日で日本に帰国というとき、「布袋戲ぷーたいしー*とコラボしたファッションショーが台南であるから一緒に行かない?」と、古い友人である布袋戲館の館長から誘いを受けた。会場は王爺おんや信仰*の総本山、南鯤鯓代天府だという。ずっと行ってみたいと思っていた場所だったから、二つ返事で「いく!」と答えた。

布袋戲:人形を使った劇で、台湾の民間芸能
王爺信仰:台湾中南部で盛んな道教信仰

鯤鯓こんしんはかつて台南の海岸線をぐるり取り囲んでいた細長い砂州さしゅうのことだ。オランダ統治期に北鯤鯓にはゼーランディア城(のちの安平古堡)が置かれ、オランダを駆逐した鄭成功の時代(1662-1683)には重要な軍事用地だった。一方で、この大きな廟「南鯤鯓代天府」は鄭成功時代が始まった1662年に築かれた。その後、陸地の河川から流れ出た砂が堆積して砂州は消え、台南の海岸線も変わった。海岸沿いにあった南鯤鯓代天府が少し内陸の現在の場所へと移転したのは1817年のこと。ここも、もとは海の浅瀬だっただけに、廟の周囲には塩田がひろがる。

伝説によれば、この廟が出来たのは、5体の神像を載せた無人の船が南鯤鯓の海岸に流れ着いたことが発端だった。神像に添えられた名前から、5人は道教の最高神である玉皇大帝の使いに違いない。明の時代、中国の福建地方ではペストやコレラが大流行し、からがら命を取り留めた人は木や紙で作った神像を船にのせて海に送り出し疫病を遠ざけようとした。

また、そうした船が辿り着いた海岸では、丁重に神像を奉ってからふたたび海へ送り出す風習があったという。これが今の台湾南部に深く根付く王爺信仰の原型で、南鯤鯓でもそれに従って5体の神像をのせた船を沖へと送り出した。ところが、しばらくすると船はまた流れもどってきた。驚いた住民たちは5神がこの地に留まるのを望んでいると信じ、安置する廟を建設した。これが「南鯤鯓代天府」だ。

その後、王爺信仰はここを総本山として台湾で独自の進化を遂げていくのだけど、王爺の起源をさらにたどれば疫病神だとか鄭成功だとか、唐の時代に高祖の気まぐれで殺された360人の進士だとかいろんな説がある。無惨な死をむかえた人は恨みを持って悪鬼となり、生きている人に祟る。そのため台湾では、祠を作って丁重に祀ることで、人鬼は住人に守護と恵みをもたらす存在に転じると信じられている。

などと、南鯤鯓代天府にまつわる伝説を友人から聞きながら、廟の本殿を参拝した。台湾の信仰って、道教と伝説と民話が交じり合ってすごく複雑だけれど、知れば知るほど惹き込まれてしまう。日本統治時代に福建から招かれた伝説的な木工職人による装飾もすばらしい。本殿内にはたくさんの警備員がいて、随分ものものしい雰囲気だなあと思っていたら、波が押し寄せるように沢山の人が入ってきた。よく見ると、来年の総統選挙に立候補を予定している台湾の副総統が大勢のSPに囲まれている。SPの中には若い女性もいる。国をあげての台北ファッションウィーク、秋冬コレクションの開催。いかに今回のイベントに政府も腰をいれているのかわかる。

ショーの内容はいわゆる「八家将」の演武を皮切りに、廟建築の絵師、紙工芸、結び、漆芸、影絵劇、布袋劇、台湾オペラといった台湾の伝統的なモチーフが現代的なファッションに取り入れられ、見ごたえ満点だった。特に、台湾で今いちばん注目されているというデザイナーが廟の絵師とコラボレーションした、歌舞伎の「しばらく」を彷彿とさせる作品は華やかで面白かった。友人の紹介でデザイナーと少し話したが、彼曰く、台湾の地方都市では学校帰りの学生が制服やジャージ姿でよく廟にたむろするらしい。そこで何者かに「憑依」された同級生がいたという昔の神秘体験が、デザインの元になったという。

そうそう、憑依といえば最初の八家将の陣頭は印象的だった。いきなり場の空気が変わり、異次元に引っ張り込まれた感じ。二列目にいた子役なんて、大人顔負けの迫力だったな。

この島の人たちは、古いものと新しいことを合わせて何かを生み出すのが本当に上手だ。ああ、久しぶりの台湾、来てよかった。心地よい風が頬をなでる。強い潮の香りがする。そう、すぐそこに海がある。


* * *


── 爆破予告があったのは、昨日のことだった。

地元の警察や現場監督らといっしょに配置や進行を見直し、副総統が本当に出席するかどうかを再検討する。上を下への大騒ぎだが、副総統の出席するイベントでテロ予告があるのはそう珍しいことじゃない。昨年も、日本で政治家を標的にした大きなテロ事件があった。いつでもどこでも起こりうる。だから私たちがいるし、そのために毎日訓練を重ねている。

予告した犯人を徹底的に捜索しつつ警備を強化することで、結局、予定通り副総統の出席が決まった。このファッションショーが、台北以外の場所で行われるのは今年が初めてだ。絶対に成功させたいという上層部の意気込みを感じる。警官から総統府づきのSPになって2年。女性のSPは多くないし、まだ新人の域を出てないけど、女だってこうした仕事ができることを私が証明したいという気持ちもある。そして何より、この仕事が好きだ。

16時、配置されて本殿で控えていると、無線で連絡がきた。副総統がもうすぐここへ参拝にやってくる。副総統が動くときはいつも場の空気が張りつめる。いや、私たちが空気を張りつめ「させる」のだ、一ミリも周囲に隙を作らないために。参拝が終わると何人かを残してショーの会場に移動し、新しい配置場所に着く。

そのときだった。

チームのすぐ上のチーフがきて耳打ちをした。犯人が捕まった。爆破予告はイタズラだった。一瞬、ふーっと息がもれる。でも、犯人の言葉は見せかけで共犯者がいる可能性もあるから、厳戒の警備をゆるめたりはしない。ショーの内容はチラリと目にしたぐらいで殆ど見ていない。

ただ、今日のショーに参加しているファッションデザイナーのひとりを私はよく知っている。彼とは、同じ高校で同級生だった。学校では喋ったことがなかったけど、放課後たむろしていた廟に彼もいた。私たちは別にそこで何をしていたわけでもない。アイスを食べたり、タバコを吸ったり。普段は口数こそ少ないけれど、独特の観察力をもつ彼はここぞというときに強烈な皮肉の効いた一言を発しては皆を笑わせた。

ある日おかしなことがあった。一緒にいた同級生のひとりが、突然、泡を吹きながら白目をむいて叫びだした。みんなで抑えつけたけれど、恐ろしいほどの凄まじい力で抵抗された。廟の社務所から飛び出してきた道士が、呪文みたいなものを唱えて首の後ろをたたくと同級生は倒れ込み、しばらくして目を覚ましたときは正気に戻っていた。気を失っているあいだ、「船に乗って、どこかの島に辿り着いた」と言う。

彼も、そのとき一緒にいた。覚えているだろうか? 髪を伸ばして今やスターの風格をもつ彼だけど、いたずらっ子のような目つきは昔のままだ。人間、どんなに経験を積んでも中身はそんな簡単に変わらないのかもしれないな、と思う。ただ、何かを心に宿したとき、人は変わるんじゃなくて強くなるのだ。良いほうにも、悪い方にも。

ショーは問題なく進行している。ああ、今日も無事に乗り切れそうだ。

フィナーレの、花火があがった。


文・絵=栖来ひかり

このショートショートは、2023年3月に行われた「台北ファッションウィーク」に取材したもので、歴史部分以外の登場人物や出来事はすべてフィクションです。
<参考情報>
・ファッションブランド「JUST IN XX
<参考文献>
〈鬼〉から〈神〉へ―台湾漢人の王爺信仰について(三尾裕子)
・『走讀南鯤鯓』(黄文博・著/財団法人南鯤鯓代天府)

撮影:Atsushi Tanabe

栖来ひかり
台湾在住の文筆家・道草者。1976年生まれ、山口県出身。京都市立芸術大学美術学部卒。2006年より台湾在住。台湾に暮らす日日旅の如く新鮮なまなざしを持って、失われていく風景や忘れられた記憶を見つめ、掘り起こし、重層的な台湾の魅力を伝える。著書に『台湾と山口をつなぐ旅』(2017年、西日本出版社)、『時をかける台湾Y字路~記憶のワンダーランドへようこそ』(2019年、図書出版ヘウレーカ)、『日台万華鏡』(2023年、書肆侃侃房)。

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台湾在住で日本人の著者が、2016~2023年 にかけて“日台のあわい”で書き続けた33篇のエッセー。台湾社会や日台の文化比較、歴史的交錯から、映画やアート、ジェンダー、LGBTQにまつわる話題まで広く言及し、リアルな台湾をあわいの視点からあぶりだす。

◉南鯤鯓代天府

南鯤鯓代天府 山門(大牌樓)
(Photo by:Mk2010 / Wikimedia Commons / CC-BY-SA-3.0-migrated)
南鯤鯓代天府 正殿
(Photo by:Pbdragonwang / Wikimedia Commons / CC-BY-SA-3.0-migrated)


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