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フォルモサ台湾ショートストーリー(栖来ひかり)

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現地在住の文筆家・栖来ひかりさんが台湾を舞台に紡いでゆく短編小説集です。描き下ろしのイラストとともに、日本にも関係する数々の物語をお楽しみください。
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それぞれの花火、台南・南鯤鯓代天府にて〜神々の宿る島|フォルモサ台湾ショートストーリー(栖来ひかり)

── 花火がつぎつぎとあがった。何か月も練習をしてきたショーがもうすぐ終わる。 ピアノとバイオリンの生演奏をかき消すような破裂音。南鯤鯓代天府の空いっぱいにひろがる花が金色や赤色に砕けちる。こんな真近に花火を感じるのは初めてだ。アヒルの塩漬け卵みたいなオレンジ色の大きな夕日が沈むころから、山門の左上に小さく輝きはじめた金星がぼくらを見守っている。ぼくたちの廟の神様は吳府千歲といって、唐の時代の官僚だったひと。ものすごく頭がよくて、星を読むのが上手だったらしい。 ぼくは台南

金馬賓館殺人事件|フォルモサ台湾ショートストーリー(栖来ひかり)

「犯人はあなたですね、邱美鏡さん。いや、角鏡子さん」 謝刑事の目はまっすぐ鏡子を射抜いた。もう逃げることはできない。不思議な安堵感に満たされながら、鏡子は軽く目を閉じた。 「ふふ、どうしておわかりになったの?」 トンビの聲が頭上とおくに響き、海に近いことがわかる。北回帰線を越えた台湾南部のつよい日差しが廊下に並ぶ細い柱の隙間から差し込んで濃い影をつくる。貧血を起こしたときのように日陰のコントラストがギラギラと鏡子の眼前に迫り、廊下の壁に貼ってある「検挙匪諜 人人有責(ス

雨、雨、ふれふれ。〜台北市林森公園|フォルモサ台湾ショートストーリー(栖来ひかり)

身体をいっぱいにのばし、街を漂う。 終わりを知らぬように小さな雨粒がわたしのすべてを濡らすこの季節がすきだ。いつもは家の玄関やカバンのなかに居るわたしは毎日のように、彼の手に支えられて街を浮遊する。どこかの小説家がこの街に降る雨を「神様が空から雑巾を絞ったみたい」って感じで表現していたっけ。 そんなどんよりと灰色に染まった景色のなか、咲き誇る色とりどりの花のような仲間たちとすれ違えるのはうれしい。存在を片時も忘れられないこの時期、わたしたちの機嫌はすこぶるいい。雨、雨、ふ