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妻の呼び方、どうしてますか?|齋藤孝が読み解く『学問のすすめ』

3月8日は「国際女性デー」です。
福澤諭吉はその著書『学問のすゝめ』のなかで、“そもそも世に生れたる者は、男も人なり女も人なり。この世に欠くべからざる用を為す所を以て云えば、天下一日も男なかるべからず又女なかるべからず”と述べて、男女平等の大切さを訴えていました。
ここでは、教育学者としておなじみの齋藤孝先生のご著書図解 学問のすすめ―カラリと晴れた生き方をしようから、“妻の呼び方”について考察したコラムをお届けします。

私が教えている大学の女子学生たちに、「自分が『嫁』と呼ばれるとしたら、どう思うか」と聞いてみました。すると、半分ほどの学生は「嫁」といわれるのを気にしていない。しかしもう半分は、ちょっと違和感がある。その違和感のある人たちに、「では、どういう呼ばれ方をされたいか」と聞いてみると、多かったのは「奥さん」でした。

実は「奥さん」という言葉も、本来は身分の高い人の妻に対する敬称なので、夫側が自分の配偶者に対する呼び方としてはおかしいのですが、いまの時代では、「うちの奥さんが」といってもおかしく感じない。

では「女房」はどうかというと、もともとは尊い人のまわりで世話をする女性を指しました。ですから、「女房」も「世話をする係」みたいなことでおかしい。それから「かみさん」。これは敬称ですから使いやすい。テレビドラマ『刑事コロンボ』で、「うちのかみさんが」と、コロンボがよく使っていました。

いま「家内」という人はあまりいないかもしれません。明治時代に、男は外で働き、女は家の中を守るので、「家の中にいる人」を「家内」と呼ぶようになりました。「家の中にいる」という役割を押し付けているわけです。

このように、言葉には、時代の感覚の変化によって使われなくなり、代わりに新しい言葉が生まれてくることがあります。女性の権利が向上していく、という大きな時代の流れがあると、女性に関する言葉も、時間をかけて徐々に変化していきます。

妻が夫のことを「うちの主人が」というのに抵抗がある人もいて、これは「主人」と「従者」の関係ではないはずなので、当然でしょうね。しかし、まだ使っている人もたくさんいます。そのように言葉の使われ方は、元の意味の名残を残しつつ、新しい言葉とのバランスを取りながら、徐々に変化していくのでしょう。

女性解放運動で知られた平塚らいてう(1886-1971)が明治44(1911)年に雑誌『青鞜せいとう』を発刊したときに、同人の一人である歌人、与謝野晶子(1878-1942)が「山の動く日来きたる」で始まる「そぞろごと」という詩を、宣言として寄せています。「山の動く」というのは「女性が動き出す」ということなのです。このように、女性の権利を拡張するフェミニズム運動といえるものが、当時にもありましたが、その後長い間、こうした考え方や運動は押し込められてしまい、そして戦後を迎えたのです。

かつての見合い結婚でも、家ですすめられれば、「そんなものか」と結婚したような雰囲気がありました。女性は、結婚という大事な人生の選択でも、自分の意思ではなく結婚し、またあまり離婚もしないで人生を送ってきたのです。現在ではちょっと測りがたい、ある種の安定というものが、そこにはあったのかもしれませんが、両性の意思が重要なのは憲法にある通りです。

* * *

男尊女卑の色濃い明治の時代に、男女平等の大切さをはっきりと訴えていた福澤諭吉。『学問のすすめ』にはそうした先進性が随所に散りばめられています。ぜひ本書をご覧ください。

目 次
第1章 「社会」とのつきあい方
第2章 「学問」とのつきあい方
第3章 「他人」とのつきあい方
第4章 「自分」とのつきあい方

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