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深い信心があれば、寄進などはいらない|齋藤孝『図解 歎異抄』より(4)

歎異抄たんにしょう』は、司馬遼太郎や吉本隆明、西田幾多郎などの知識人にも多大な影響を与えた宗教書です。中世最大の宗教者であった親鸞しんらんの生の言葉を聞いていた弟子が、親鸞没後の世界にはびこる「異説」を「なげき」、正しい言葉を伝えていこうというのが基本スタイル。時代を超えた命題を提示し、ずっと考え続けられる、奥深い魅力を持っています。古今東西の多数の名著を解読してきた齋藤孝先生の新刊図解 歎異抄から、そのエッセンスをお届けします。今回は、昨今なにかと話題になっている「寄進」について。

図解 歎異抄』齋藤孝 著(ウェッジ)
2022年12月20日発売

<原文>
いかに宝物たからもの仏前ぶつぜんにもなげ、師匠ししょうにもほどこすとも、信心しんじんかけなば、そのせんなし
一紙いっし半銭はんせん仏法ぶっぽうかたれずとも、他力たりきにこころをなげて信心しんじんふかくは、それこそがん本意ほんいにてそうらはめ。

(第十八条)

どんな高額な寄進をしてみても
心からの信心がなければ、まったく無意味だ

第十八条では、「僧や寺に、お布施として金品を寄進することがあるが、寄進が多いか少ないかによって、浄土に往生してから、大きな仏や小さな仏になるといわれている。これは、言語道断、不合理きわまりないことで、ありえない」と厳しく断じています。

そもそも、仏の体が大きいとか小さいとかを決めるなど、あってはならないことなのです。

どうして、こうしたことがいわれるようになったのでしょうか。それは、法然上人の著した『選択せんじゃく本願念仏集』に、「大念には大仏を見、小念には小仏を見る」「大きな声で念仏すれば大きな仏を見て、小さな声で念仏すれば小さな仏を見る」と記されているので、この説にこじつけて、こんなふうにいわれるのではないか、と類推しています。

これに対して、引用文に「一紙・半銭も仏法の方に入れずとも、他力にこころをなげて信心ふかくは、それこそ願の本意にて候はめ」とあるように、たとえ一枚の紙、わずかな銭も寄進しなくても、本願のはたらきに心をまかせて深く信心すれば、それこそ阿弥陀仏の本願の心にかなうことになるのだ、と説いています。

こういわれると、ほっとする感じがありますね。「救われたい。それには寄進をしなければ」と、つい思ってしまうけれども、寄進によって救われる、救われないなどということは、ありえない。そうなると、お金のない人にとっては、たいへんありがたい。「自分は寄進をしていない」と、引け目を感じている人たちは、救われた思いがすることでしょう。

寄進によって救われるわけではなく
心の底から信じることによって救われるのだ

これではどうも寄進が集まりにくいでしょうね。自分たちの宗教を広めていくためには、「寄進すればするほど、大きな仏になりますよ」などと説いたほうが、お金が集まります。

ところが「寄進などはまったく関係ありません」といい切っているので、そんなにお金が集まらない。親鸞には、大きな教団などをつくるつもりはなかったのでしょう。それよりも、もっと内面的な、心の中の問題をひたすら考えていたのだと思います

図/大野文彰

寄進を不要とする、こうした考え方とは逆のことが、かつてのキリスト教にありました。それは贖宥しょくゆう状という免罪符の考え方です。信仰とは関係なく、教会が発行する贖宥状を買えば罪がつぐなわれて救われる。そうなると、買わない人は救われないかも、となるので、どんどん贖宥状が売れて、教会にはお金が集まることになります。

これに対して、16世紀ドイツの神学者、マルティン・ルターは、「なんと堕落しているのだ」と憤慨しました。

「イエスの教え、聖書に書かれていることと直接自分たちが向き合って、聖書と対話することが大事なので、真実の信心とは、もっと内面的なものだ。金で信仰を買うなんて、おかしい」と、改革を始めたのが宗教改革です。

親鸞の教えと共通するところがあるように思えますね。

齋藤孝先生の新刊『図解 歎異抄』では、原文と抄訳を掲げたうえで、その内容を図解とともにわかりやすく解説しています。この機会に、多くの知識人に絶大な影響を与えてきた『歎異抄』の考え方や精神のあり方を吸収してみてはいかがでしょうか?

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齋藤 孝(さいとう・たかし)
明治大学文学部教授。1960 年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程を経て現職。専門は、教育学、身体論、コミュニケーション論。著書多数。新刊に『書ける人だけが手にするもの』(SB新書)、『60代の論語 人生を豊かにする100 の言葉』(祥伝社新書)がある。

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