マガジンのカバー画像

齋藤孝が読み解く『歎異抄』

10
中世最大の宗教者であった親鸞聖人の教えを記した『歎異抄』。生誕850年を迎える2023年は全国で様々な催しが行われます。ここでは、古今東西の多数の名著を解読してきた齋藤孝先生のご… もっと読む
運営しているクリエイター

記事一覧

心に魔物を住まわせないために|齋藤孝『図解 歎異抄』より(10)

念仏をしていると、何にもさまたげられず安らかな心で生きていける「念仏者は無礙の一道なり」。これもたいへんすっきりとして、とても清らかな感じのする一文ですね。 「礙」とは「さまたげ」のことです。念仏をする者は、何ものにもさまたげられない、一筋の道を歩くのである。そこでは、「天神や地祇」もひれ伏して、「魔界・外道」というものも邪魔をしない。「天神や地祇」とは、天上と地上に住む善き神たちのこと。「魔界」とは、悪い魔の住む世界で、「外道」とは、仏の道に外れた者のことです。 阿弥陀

700年前の親鸞の教えを伝える『歎異抄』が、なぜいま人気なのか?|齋藤孝『図解 歎異抄』より(9)

およそ700年ほども前に記されたとされる宗教書『歎異抄』が、なぜ今の時代にも読まれ続けて、人気があるのでしょうか。 親鸞が生きた当時は戦乱が続き、病気の蔓延、飢饉、地震などいろいろな厄災がおきた不安の多い時代で、働く人びとの生活は、日々たいへんな苦労の連続でした。人びとは少しでも心を安らかにして生きる道を求めていたのです。ところが、救いを約束する仏教は、支配層の貴族たちに取り入って民衆を顧みないでいました。 そうした中で説かれた親鸞の教え、信仰が、当時の人びとに支持され、

声に出して読みたい『歎異抄』|齋藤孝『図解 歎異抄』より(8)

『歎異抄』を声に出して読んでみると、親鸞という人の考え方が、自分の心や身体に染み込んでくるような気がします。そこに記されて、いわば冷凍保存されていた親鸞の言葉や語りが解凍されてくる、といった感じがするのですね。親鸞の言葉が、声として聞こえてくるのです。 もちろん私たち自身の声で読み上げるのですが、その声に出された言葉が、生命をもち、身体性をもった言葉として、立ち現れてくるわけです。これは、実は文字というものの不思議な作用なのです。 話された人の言葉は、そのとき声にして発話

現代の私たちが“他力”を信じる意味|齋藤孝『図解 歎異抄』より(7)

いま、「自己責任」という言葉がよく使われています。自分で判断し、行動し、それでおきた結果も自分で受け負う。そのような世界観になってきていると思います。 これは、自分のやったことが、そのまま評価につながる実力主義ともいえますし、一方では、「現在の状況にあるのは当人の努力が足りないせいだ」といった、自力を前提とした考え方でもあります。 もちろん、『歎異抄』でいわれている「自力」は、この世でさとりを開いて仏となるために努力をすることをいいますから、自分の力で生きていく、自己責任

親鸞が説いた“悪人正機説”とは?|齋藤孝『図解 歎異抄』より(6)

善人とは自力でやっていける人であり 悪人とは他力にすがるしかない人だ「善人なほもって往生をとぐ。いはんや悪人をや」──知らない人はいない、というほど『歎異抄』で一番有名な言葉です。「善人でさえ浄土に往生できるのだから、まして悪人はいうまでもない」。これは「悪人正機」といわれている教えで、「正機」とは「仏の教えや救いの対象となる人」のことです。 ところで、一般の考え方を言葉にするなら、「悪人なほ往生す、いかにいはんや善人をや」で、「悪人が往生して浄土に行けるのならば、善人なら

親鸞の話法に学ぶ|齋藤孝『図解 歎異抄』より(5)

親鸞の話法には、いくつか特徴があります。 まず、逆説が多いのです。一見ほんとうのことに背いているようだけれど、実は真理をついている表現のことですね。第三条の悪人正機説など、その典型です。 「善人なほもって往生をとぐ。いはんや悪人をや」という件は、高校時代に社会科、日本史、倫理社会などの資料として、みんな読んだ経験があるでしょう。ほとんどの日本人が知っているフレーズなのです。 こんな圧倒的なキラーフレーズを生み出せる、「逆説力」ともいえる表現力を、親鸞はもっているので、そ

深い信心があれば、寄進などはいらない|齋藤孝『図解 歎異抄』より(4)

どんな高額な寄進をしてみても 心からの信心がなければ、まったく無意味だ第十八条では、「僧や寺に、お布施として金品を寄進することがあるが、寄進が多いか少ないかによって、浄土に往生してから、大きな仏や小さな仏になるといわれている。これは、言語道断、不合理きわまりないことで、ありえない」と厳しく断じています。 そもそも、仏の体が大きいとか小さいとかを決めるなど、あってはならないことなのです。 どうして、こうしたことがいわれるようになったのでしょうか。それは、法然上人の著した『選

「他力」の考え方があなたを生きやすくしてくれる|齋藤孝『図解 歎異抄』より(3)

あるとき、大学時代の友人8人ほどと、久しぶりに会ったことがあります。そのうちの一人が、非常に大きな会社の社長になっていたのです。 「ほう、なにか功績があって社長になったの?」と聞くと、「いやあ、上の人が順々に抜けていってしまいまして」などと答えるのですね。 上の人が抜けていったからといっても、同期や周囲にも候補者がいろいろいるわけでしょう。けれども、「そういえば、いろいろなプロジェクトに関わっていましたかね」というばかり。自分のどこが評価されたのか、いわないのです。 こ

波乱に満ちた親鸞の人生|齋藤孝『図解 歎異抄』より(2)

中級貴族の皇太后宮大進(皇太后宮に関する事務をつかさどった官吏)、日野有範の息子として生まれた親鸞は、母を早くに亡くしており、9歳で比叡山に上って慈円という僧の弟子になりました。そして建仁元年(1201)、29歳のときに比叡山を下りて、法然の門に入ります。つまり、9歳から20年間、ひたすら日本最高峰の仏教の聖地で修行したのです。 親鸞は、すでに比叡山時代に、源信などが説いた、浄土に往生してさとりを得るという教えに、親しんでいたと考えられます。 しかし比叡山の僧たちを見ると

僧侶でもない私が『歎異抄』を読むワケ|齋藤孝『図解 歎異抄』より(1)

私は、仏教者、いわゆる僧侶ではありません。みなさんと『歎異抄』を読んでいくときにも、僧侶の方たちが説くようなものとは違った読み方、受け取り方になります。私も「南無阿弥陀仏」と念仏することがありますが、ほんとうの信仰者の気持ちや立場とは、少し違うところにいます。 一つには、道元や栄西など禅の言葉を学ぶときでも同じですが、親鸞の教えを学ぶときには、その考え方や精神のあり方を、謙虚に受け入れるかたちで読むのです。ですから、特定の宗教に全身を投げ出して信じ切るとか、浄土宗の信徒にな