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【小説紹介】『カフネ』|忙しい毎日に「おいしい」は足りていますか?

「一緒に生きよう。あなたがいると、きっとおいしい」


阿部暁子『カフネ』講談社、2024年

 初めまして、あまねと申します。
 私は小さい頃から読書が大好きで、物語に何度も救われてきました。そして現在は、自分を救ってくれた物語をもっといろんな人と出会ってもらうため、またその本を愛する人たちと出会うために、読書紹介を書く運びとなりました。稚拙な文章ですが、気になった部分だけでも読んでくださると幸いです。

 さて、今回ご紹介するのは先日5月22日に発売された阿部暁子さんの『カフネ』です。

 主人公は、野宮薫子(のみや・かおるこ)。法務省に務める41歳の女性。
 物語は、薫子がカフェで弟の元恋人である小野寺せつな(おのでら・せつな)と待ち合わせをする場面から始まります。
 薫子は昨年夫に別れを告げられ、さらに溺愛していた弟を亡くしたばかりで空虚な毎日を過ごしていました。ごみ捨ても、洗濯も、食事もままならないけれど、頑張る気力もない__。しかしせつなとの再会が、薫子の生活に新たな風をもたらします。せつなが勤める家事代行サービス会社「カフネ」の活動を手伝うことになった薫子は、徐々に生きる気力を取り戻します。そして最初はつっけんどんな性格で衝突ばかりだったせつなとも、”食べること”を通じてお互いを知り仲を深めていきます。生きることはとても難しいけれど、辛い時はいつでも助けを呼んでいい。そんな風に寄り添ってくれる温かな物語です。

「出会ってほしい」オススメポイント

 まず、装丁が非常に美しい。金色箔押しの「カフネ」という文字に真っ先に目を引かれました。そして、チョコケーキか何かを食べたあとのお皿が中央にあります。料理の写真はよく見ますが、食べ終わった後の写真は珍しく印象的です。「食事をする」ことの大事さを描いたこの小説を的確に表す素敵な装丁だと思いました。
 私はこの本を、「毎日生きるのに精いっぱいで、余裕がない」と感じている人にぜひ読んでほしいと思います。大切な存在との別れや病気、災害など予期せぬ出来事は日常にお構いなしで、誰にでも襲い掛かること。そんな中でも毎日はやってくる。そうすると生活はどんどん閉鎖的になって息苦しくなってしまいますよね。でも、そんなときにこそ「おいしいご飯」を食べる。できれば、気の知れた大切な人と一緒に。作品では、そうやって薫子やその周りの人たちが「食べること」を通して元気を取り戻していく様子が描かれています。おいしいものが人を救う瞬間を今作で何度も見ました。

印象的だったシーン

「もう何ヵ月も、いや何年も、自分に価値を感じられずに生きてきた。もう自分は誰にも愛されず、必要ともされないと思っていた。
 けれど今、誰かの役に立つことができた。たったの二時間、それもたいしたことではない。それでも今、ありがとうと言ってもらえた。
 今、私はあの人を助けたのではなくて、助けてもらったのだ。」

阿部暁子『カフネ』講談社、2024年、p97-98

 これは、薫子が初めて「カフネ」の活動を終えた時、依頼者から深く頭を下げられお礼を言われた場面です。人とのつながりを失い自分に失望していた薫子が、再び外の世界と交わっていく瞬間でした。「誰かのため」という気持ちが、自分にまで自信を与えたのです。

 そしてもう一場面紹介します。これは、亡くなった薫子の弟・春彦についての衝撃的な事実を薫子がせつなから伝えられた場面です。(これから作品を読まれる方もいるかと思いますので、詳細は伏せておきます)

「いきなり突き付けられたいくつもの事実に感情がぐちゃぐちゃにつぶれ、手のつけようのない混乱状態からのがれるために、心は手っ取り早く怒りという手段をとる。騙された騙されたと被害者ぶることで、肝心なことに何ひとつ気づいていなかった自分から目を背け、痛みから逃れようとする。」

阿部暁子『カフネ』講談社、2024年、p215

 人は誰しも自分の中で、人には言いにくい悩みや秘密を抱えているものだと思います。自分に明かされていなかった誰かの秘密を思わぬタイミングで知ってしまった時、特にそれが大切な人だった時に、状況を理解する前に怒りが生まれてしまう。少し冷静になってから、失望、不安、後悔などが押し寄せてくる。作品の中では薫子の元夫・公隆も、弟・春彦も薫子に何も告げないまま遠ざかっていき、薫子は悲観に暮れてしまいます。
 実際は人が隠し事をするのは、悪意ではなく、思いやりからのほうが多いように思います。大切だからこそ、言えないこともある。でもそれは誰かを傷付ける結果を生んでしまうかもしれない。人間って、どうしても独りよがりになってしまう、ひどく勝手な生き物だと気づかされました。避けられないすれ違いや確執もあること、自分にとっての善意が相手を苦しめている可能性があることなども考えさせられました。

主人公・薫子の変化から見られた「救い」

 このように、今作は薫子を中心として様々な人間関係の難しさが描かれています。ただ、この作品を読んだ多くの人は「救い」に出会えると、私はそう思います。主人公の薫子は、物語の終章で「大丈夫、やり抜いて見せる。私は努力によって人生を切り開いてきた女、薫子だから。」と自分に言い聞かせます。何もかも失い自分に失望していた薫子が、自分に自信を取り戻し、さらに周囲に安心や元気を与えようと行動を起こすのです。
 全てを投げ出したいと思ってしまうことは誰しもある。ただ、そこから立ち直りたいと思えることも同じように誰にでもあると、この作品は信じさせてくれました。

おわりに

 ここまで読んでいただきありがとうございました。
 人生の中で幸せな部分ばかりを描いた作品ではなく、人間の弱さや脆さを突きつけられる場面が何度もある作品でした。それでも、読み終わったあとには「大切な人と、おいしいご飯を食べたい」と温かな気持ちに包まれる、優しい物語です。気になった方はぜひ、一読してみてください。

著者プロフィール
阿部 暁子(アベ アキコ)
岩手県出身、在住。2008年『屋上ボーイズ』(応募時タイトルは「いつまでも」)で第17回ロマン大賞を受賞しデビュー。著書に『どこよりも遠い場所にいる君へ』『また君と出会う未来のために』『パラ・ スター〈Side 百花〉』『パラ・スタ ー〈Side 宝良〉』『金環日蝕』『カラフル』などがある。

https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000386916



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