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よさこいクロニクル①

ついによさこいについて語る時が来たようだ……。

よさこいってご存じですか?

はいはい、ヤーレンソーランハイハイ!のやつね。

はいはい、そう言うと思ってました。
間違いではないが正解でもない!という感じですね。

よさこいと聞くと、ソーラン節を思い浮かべる人が多いかもしれません。
あなたも小学校の頃、運動会で踊りませんでしたか?

しかし、厳密にはそれはよさこいではなく「YOSAKOIソーラン」です。

長崎大学のチーム「突風」さんです。圧巻の演舞をご覧ください……!

YOSAKOIソーランは北海道発祥。
よさこいは高知県発祥です。

では、よさこいとは?

ズバリ、それは「鳴子を持って踊る踊り!」

いやいや、それじゃ説明にならへんと感じたあなた。
もっと詳しく知りたい方のために、今後よさこいについて解説した記事を発信しますので、乞うご期待あれ。

それでは本題へ。

僕と、よさこい、と「肥後真狗舞」についての物語。


よさこいに出逢ったきっかけ

✨18真狗舞レボリューション✨ _1_210823_0

大学時代に、YOSAKOIサークル「肥後真狗舞」に出逢ったことがきっかけでした。

「ひ、ひごましん、いぬまい……?」

NO.「ひごまぐま」です。



僕は小学校から高校までずっと空手をやっていました。
しかし、空手は高校時代で真っ白に燃え尽き、大学からは何か新しいことを始めたい
そう思っていました。

新歓の時期に、同じ学部の友達に「肥後真狗舞の見学に行かないか」と誘われました。
しかし、僕は最初行く気にはなれなかった

何故かと言うと、僕の兄がよさこいをやっていたからです。違うチームでしたが。

兄とは違うことをしたいと思っていたしょうもないプライドが働いて、存在は知っていたけどどこか遠ざかっていた。

そんな中の誘いだったので、気は乗りませんでしたが、仕方ねぇ付き合ってやるか、くらいのノリで友達と見学へ行きました。

そこで、ある事件に遭遇します。


熊本地震


4.14

この数字に聞き覚えのある方はいますか?

この日は、熊本で最大級の地震「熊本地震」が発生した日です。

僕と友達は、肥後真狗舞の練習に来ていました。
練習が終わり、先輩たちと歓談していたとき。

それは訪れました。

「伏せろ!!!!!」

襲ってきたのは、巨大な揺れと、響き渡る轟音。
街の方向を見ると、電線がショートしたのか、花火のように眩しい光が点滅していました。

僕はその時、あまりの衝撃に、
「え?ゴジラきた?」
と思いました。のんきか。

一瞬の静寂の後、悲鳴と困惑の嵐。
まさしく阿鼻叫喚の地獄絵図。

当然練習はそこで解散。そして、しばらく何もできない1ヶ月間が始まりました。

熊本地震については、いつかまた語りたいと思います。
なので今回はここまで。


初めての「祭り」

熊本地震から少しずつ回復を始め、学校生活も元通りになって来た頃。

再び肥後真狗舞との接触がありました。

それは福岡は北九州のYOSAKOI祭り「黒崎よさこい祭り」の見学ツアー。

「参加費500円で福岡行けるよ!」
「屋台奢るよ!」
という先輩の甘い囁きに、まんまと乗っかったのは、以前僕を誘った友達でした。

またもや一緒に行こうと言ってきたので、僕も着いていくことにしました。


バスに揺られて熊本から北九州へ。

到着して驚いたのは、その規模感。

想像以上に大きな祭りでした。
奇抜な衣装の踊り子たちが闊歩し、黒崎の街を彩っていました。

肥後真狗舞は、その日100人近くの大所帯での参戦。
みんな、地震明けの大きな祭りで昂っていたような気がします。

「こんな世界があったのか」、と僕の中に湧き上がってくるものを感じました。

結局のところ、その時点で僕はどハマりしていたのです。

とにもかくにも先輩たちがかっけぇかった。すんごく。
友達と一緒に目を輝かせて応援していました。

そして、着々と運命の瞬間は近づいていた。


肥後真狗舞のファイナルステージの進出が決まったのです。


決意の瞬間

✨18真狗舞レボリューション✨ _1_2108234

肥後真狗舞の演出の一つ「纏」(まとい)です。

黒崎よさこい祭にはファイナルステージがありました。
出場数十チームの中から、十チームほどが選ばれて、ファイナルへ進む切符を手に入れます。
そして、ファイナル審査を勝ち上がり一位になったチームに大賞が贈られるわけです。

ファイナルに上がるチームは、九州中から集まった選りすぐりのチームばかり。

「え、これ勝てんの…?」というのが当時の正直な感想でした。

肥後真狗舞のファイナルステージの出番がやってきました。

その時会場を襲っていたのは激しい雨。

それでも会場には多くのお客さんの姿がありました。

熊本地震を越えてやって来たぞ。
そんな会場の雰囲気が、肥後真狗舞の気迫を後押ししていたようでした。

僕と友達はもう辛抱ならねぇと言わんばかりに、人混みの中をかいくぐり、なんとか最前列へ。

そこにいたのは、堂々と立つ先輩方。僕はもうすっかり惚れちまってました。


巨大な轟音とともに始まる演舞。


激しい動き、ほとばしる熱気、その豪胆さたるや。

水しぶきが顔にかかろうが、関係なかった。食らいつくように見ていた。

何よりも、肥後真狗舞はみんなが笑っていた

僕は今まで生きてきた人生の中で、これほどまで大勢の人たちが同じ笑顔でいるのをみたことがなかった。

涙が溢れそうでした。でも顔は笑っていた。

曲の終盤、大サビと共に、全ての旗が上がりました。肥後真狗舞お得意の大迫力な演出です。


大旗、幟(のぼり)、纏、踊り子、そして声、全てが一つになった。

その瞬間、僕の中に一閃、雷が落ちました。


そして芽生えた想い。


「ああきっと僕は、このチームに入る」


先輩方が最後の力を振り絞り、最高潮のまま演舞は終了しました。
降り続く雨の音に負けないくらいの拍手と歓声。僕と友達は一緒になって声をあげていました。


そして、最終発表。

MCの方が、大賞受賞チームを発表します。

『大賞は……このチームだっっ!!』


あの轟音が響き渡りました。

大賞は肥後真狗舞。

僕は近くにいた他の見学者と一緒に、まるで自分たちが踊っていたかのように喜び、抱き合いました。

出会ったばかりの人たちなのに、阿保みたいに喜んでいたこと。
今思えば不思議でしたが、オリンピックで初めて見た競技なのに、気付いたら応援してしまっていた感覚に近いでしょうか。

少なくとも、その時点ですっかり僕は肥後真狗舞の虜になっていた。

僕のよさこい人生は、この瞬間にすべてが始まりました。

実際の大賞演舞の映像です。


入部を決意するも……

さて、祭りの後、僕が肥後真狗舞に入部を決めたことは言わずもがなです。

しかし僕は、そこで一つの選択を迫られることになります

また余談ですが、僕を散々誘ってきた友達は結局入部しませんでした。

何でやねん。

と、今日はここまで。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

人には人生のターニングポイントというものがあるといいます。
僕の場合は、間違いなくよさこいに出会ったこと。
そして肥後真狗舞に出会ったこと。

そんな素敵なチームのことをたくさんの人に知ってもらいたい。

と同時に、あの時の気持ちを忘れないようにここに綴りたい。

そんな想いで思い出を書いていきます。


よかったらお付き合いください。


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