野々 穂村

ギリシャのホメロスの「イリアス」「オデッセイ」をはじめ、神物語として「語られ」てきた叙…

野々 穂村

ギリシャのホメロスの「イリアス」「オデッセイ」をはじめ、神物語として「語られ」てきた叙事詩。世界各国に伝わる叙事詩。現代文学が見落としてきた「語る」場を目指します。2023年公開/叙事詩「ほのほつみ」(5場・全34話)

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ある兵士とある小さき神の物語

「叙事詩 ほのほつみ」のあらまし物語の構成 「叙事詩 ほのほつみ」は、農民あがりの兵士「野木喜平」と小さな神「ほのほつみ」の7年にわたる戦の物語です。 この物語は、叙事詩のスタイルをとり、主人公の兵士とそれを見守る小さな神が、世界を巻き込んで繰り広げられた「あの戦」を、渡り歩く様が描かれています。人類にとっての最終兵器が使われた「戦」については、史実に基づいた数々の証言集や小説が世に出されてきました。「叙事詩ほのほつみ」はファンタジーとして、つまり神物語として描いています

    • 国名や地域名を「仮」とする、深い理由(わけ)

      幻想で暗く深い谷に橋を架ける叙事詩「ほのほつみ」の物語では、国家や地域の呼称として 「仮に●●●としよう」表現を使っています。 たとえば、「第1場 出兵、目覚めし小さき神」の「1話ほのほつみ誕生」の冒頭は以下のように始まります。 ここに違和感を感じられる方もいるかと思います。なぜ実在の国名や地域名ではだめなのか? その理由について説明します。 立場を違えると正義の実像は変わる 叙事詩ほのほつみが描いている「戦」は、約100年前、ついこの間です。歴史の地層でいえば、比較的

      • 語り伝える「叙事詩」、「いま」なぜ必要なのでしょう?

        「叙事詩ほのほつみ」の「叙事詩」って? 「叙事詩ほのほつみ」は、ことのはを風に伝える神、ほのほつみにまつわる叙事詩です。ことのはとは、ことばの古い言い現し方ですが、「事」の「葉」、つまり大切なことがらを書いた「葉っぱ」なのです。伝えたいものやことがらを、一枚の葉に託し、どこまでもどこまでも風に乗せて運んでいく、心許ないけど、ひとの思いを乗せて風に運ぶ、そんな役割を担う神、それが「ほのほつみ」であり、小さな小さな穂絮のような神なんですね。 そのほのほつみという神が見守り、伝

        • 解説:叙事詩「ほのほつみ」について(1)

          5つの場ごとの物語のあらまし 叙事詩「ほのほつみ」の物語構成 ようこそ! 叙事詩「ほのほつみ」の物語へ! 叙事詩*「ほのほつみ」は、農民あがりの兵士「喜平」と小さな神「ほのほつみ」との7年にわたる戦の物語です。 この物語は、5つの「場」、つまり主人公とそれを見守る小さな神が、戦を渡り歩く国や地域の5つの「場」からなっています。 そして、それぞれの「場」は、いくつかの「話」があり、全34話からなっています。 「話」の順番は、農民あがりの中年兵士、野木喜平の7年にわたる転戦の流

        ある兵士とある小さき神の物語

          あなたはたしかにいた

          あしかび国が、無条件で降伏を受け入れ、hyutopos(ヒュトポス)などとの長い長い戦に終止符が打たれた。 ひろつ流れ海という太洋に浮かぶ小さな島国は、広い広い大洋に芽生えし葦のごとくと名づけられたという。そのあしかび国が、大陸に乗り出し、hyutoposの手から同朋の国を解放するという王ノ王の夢は、むなしく潰えた。いや、そればかりでなかった。 あしかび国の大きな都市の多くは、hyutoposの一国、AMERIGO(アメリゴ)国の爆弾が落とされ、焦土と化した。戦のためにと、

          あなたはたしかにいた

          遺されし爪の跡

          喜平が、潮巡る太洋、ひろつ流れ海の南に浮かぶラボーレ島に種を蒔いた「永久の樹」が倒れた。 大蛇が樹の上にいた「永久の色鳥」を狙った。色鳥は、ことのはを風に伝える神、ほのほつみが姿を変えていたものだ。大蛇が鳥を襲ったとき、色鳥と大蛇の2体がひとつとなり大いなる光を発し、それが天に消えていった。あれは8月6日。喜平は目がくらみ、思わず倒れたが、樹が倒れたのは、あの日から数日後の出来事であった。 その日以降、喜平の心の支えとなった、ほのほつみは何者にも姿を変えることなく、喜平の前か

          遺されし爪の跡

          輝ける光りの先に

          あしかび国の軍隊が、蛇神の護りし島々、ラボーレ島に上陸して、3年が過ぎた。 齢40を越え、農民であった野木喜平が、祖国・あしかび国の火砲隊の兵として戦に出向いてから6年の歳月が経った。 ということは、国を離れるときに妻の腹にいた娘、早穂は、ことし6歳をむかえる。 子が育つのは早い。まだ、はいはいの乳飲み子だと思ったら、いつの間にか立ち上がり、ことばを覚える。いたずらをし始めれば、もう一人前だ。生意気盛りだが、それはそれ、可愛い盛りよ。 「一目会いたい。会って、わが胸に抱きしめ

          輝ける光りの先に

          さらなる悲劇の予兆

          あしかび国の火砲兵、喜平がラボーレ島の森に永久(とわ)の樹の種子を蒔いて1年が経った。 その種子は、戦に赴いた喜平を遠くから見守るために付いてきた、ことのはを風に伝える神、ほのほつみが授けしもの。 王ノ王の治めるあしかび国のためにと臨んだ戦に明け暮れる日々のなか、喜平は戦場でばったりであった幼なじみの金治が戦場で玉砕をとげ、自らも潮巡る太洋、ひろつ流れ海を漂流した。 「己はなんのために戦っているのか」と自暴自棄に陥ったとき、一縷の望みとして種子を蒔いたのだった。 永久の樹は

          さらなる悲劇の予兆

          錆びた帯剣、儂はどうしてしまったのだ

          マラリアの治療のためにうるわしの島、高山国に渡ったあしかび国の兵士、喜平は、治療をおえ、高山国よりラボーレ島に戻ろうとした。 が、その途中、乗った輸送船がAMERIGO(アメリゴ)国の潜水艦に沈められた。 潮巡る太洋、ひろつ流れ海を漂うなかで、喜平は九死に一生を得、なんとかラボーレ島に戻ることができた。 「懐かしい」 椰子の浜に降り立った喜平は、我が家に帰ってきたごとく島に安堵した。 ラボーレ島のある蛇神の護りし島々は、「常夏」といわれる。 一年を通し真夏のごとく高い気温が

          錆びた帯剣、儂はどうしてしまったのだ

          なぜ生きねばならぬのだ

          ここは水の惑星といわれる地球にあって、潮巡る太洋は、ひろつ流れ海の、しかも赤道の真下である。 はてさて、いまし、蛇神の護る島々のひとつ、ラボーレ島に基地をすえしあしかび国の、農民あがりの兵士、喜平に目を向けよう。 喜平は、火砲隊に属する兵士であり、戦に加わったときは齢40を超えるところであった。その戦はもはや5年目に入った。兵でいえば「古兵」と呼ばれる古株である。 その喜平、憐れにも、乗っていた輸送船が沈められ、ひろつ流れ海をいま漂っている。 そもそも喜平が漂わねばならな

          なぜ生きねばならぬのだ

          巡る因果の糸車

          あしかび国の火砲隊の兵士、喜平は、蛇神の護りし島々のひとつ、ラボーレ島に戻るために、高山国の港から船に乗った。 喜平が乗ったのは、大型の輸送船であった。 輸送船は無骨なずうたいをぶるぶるとふるわせ、真っ黒な煙をはいて、港をあとにした。その様は、潮巡る太洋、ひろつ流れ海を潮を噴きあげて進む巨大な鯨のようだ。輸送船は2隻がともに連なっていくが、さらに周りには、潜水艦を見つけ攻撃する小型の「駆潜艇」が付いていた。 喜平は、島影が遠くなってゆくのを甲板から眺めながら、胸に下げた護り

          巡る因果の糸車

          母よ病は癒えたぞ

          ことのはを風に伝える神、ほのほつみは、不老不死の海亀の背なの苔につかまり、潮巡るひろつ流れ海を北に向かっていった。 ラボーレ島でマラリアに侵された喜平が、治療のためにうるわしの島、高山国の病院に送られる。ことのはを風に伝える神、ほのほつみは、それに付いていくためだ。 その病院は戦に傷つき、病に侵された前線の兵たちの病を治す軍の大きな病院で、野戦病院と違い、マラリアの薬も十分に備わっている。 病院のある島は天の中つ国の近くにある。その島は、あしかび国が天の中つ国に戦をしかけ、

          母よ病は癒えたぞ

          小さきものの名を呼べば

          潮巡るひろつ流れ海の南、ラボーレ島。その島にあしかび国の火砲隊の兵、喜平が、マラリアの熱に浮かされていた。 喜平は、その数日前、天幕のなかでマラリアに侵され、高熱にうなされているところを、部下の兵に見つけられ、近くのこの野戦病院に運ばれたのだった。 「病院」といっても、この世を造りし一つ神を信じるhyutopos(ヒュトポス)の民がラボーレ島の民に神を広めるため建てし堂。それをあしかび国が、奪って、いまは戦場の兵のため野戦病院として使っている。 野戦病院は、木造の骨組みの

          小さきものの名を呼べば

          闇に再びレンズの男

          潮巡る太洋、ひろつ流れ海の赤道すぐ南に浮かぶ蛇神の護りし島々。その最大の、蛇神大島に向かった喜平たちのあしかび国兵の船団は、上陸前に、hyutopos(ヒュトポス)はAMERIGO(アメリゴ)国からの攻撃に遭い、やむなくラボーレ島に引き返した。 そして、農民上がりの兵士、喜平はラボーレ島で、新年を迎えることとなった。早いもので、戦場での正月は4度目だ。 喜平は齢40|を超えたころ、あしかび国の王ノ王の戦のための大義「わが同朋である大陸の東の民たちをhyutoposから解き放

          闇に再びレンズの男

          夜動く鼠のごとく進め

          あしかび国の歩兵隊の少尉、中島金治が、蛇神大島(へびがみおおしま)に赴いたのを追いかけるように、その数日後、同郷の幼なじみ、野木喜平に蛇神大島への出兵命令が下った。 出兵を明日に控え、あしかび国の火砲隊は宴を開いた。 椰子の葉陰が浜の上でゆらゆら揺れるほど月が明るかった。 酒が振る舞われ、火の周りに兵の輪ができた。 今宵ばかりは位の上下なく、兵たちはみな酔った。 兵たちが囲んでいた火に、蛾が飛び込み、ぢっと音がする。 見れば、蛾の群が火を取り巻くように舞っていた。 兵たち

          夜動く鼠のごとく進め

          あした、生きていろよ

          蛇神の護る島々のひとつ、ラボーレ島は、山がいまも勢いよく煙を吐いている。 潮巡る太洋、ひろつ流れ海の赤道のすぐ南につらなる蛇神の護る島々を、一つ神を信じるhyutoposの国々と、あしかび国の間で互いに「我が物」にするための争いが始まっていた。 「争い」は、いまや、国をあげて手段を選ばず、あらゆる兵と物資をつぎこむ総力戦となっている。 あしかび国は、ラボーレ島に陸軍と海軍あわせて何万人という兵を送り込んだ。兵だけでなく、医師や看護師、さまざまな商いをする者たち、さらに兵の相

          あした、生きていろよ