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㉓叙事詩「ほのほつみ」第4場/ラボーレ島での持久戦、永久の樹と色鳥

3話/椰子の浜の約束


蛇神の護る島々
のひとつ、ラボーレ島は、山がいまも勢いよく煙を吐いている。
うしお巡る太洋、ひろつ流れ海の赤道のすぐ南につらなる蛇神の護る島々を、一つ神を信じるhyutoposの国々と、あしかび国の間で互いに「我が物」にするための争いが始まっていた。
「争い」は、いまや、国をあげて手段を選ばず、あらゆる兵と物資をつぎこむ総力戦となっている。

あしかび国は、ラボーレ島に陸軍と海軍あわせて何万人という兵を送り込んだ。兵だけでなく、医師や看護師、さまざまな商いをする者たち、さらに兵の相手をする女たちも連れてこられていた。

農民あがりの兵士、喜平の属する火砲兵の一団は、ラボーレ島に着くとすぐに、椰子の繁る浜に天幕を張った。

「ここまではるばる来たか」。
喜平が、心でささやいた正直なことばであった。その心のうちを、ことのはを風に伝える神、ほのほつみは椰子の葉の上でそっと感じていた。

ラボーレ島は、あしかび国hyutoposから奪った。それはヒンジャブ国を奪ったのと同じ時期だ。島には、すでにhyutoposがこしらえた飛行場があった。ここを拠点に、南の島々に飛行機を飛ばせる。
また、ラボーレ島には、大きな入り江がある。波静かな入り江の港からは、安心して物資や兵を運ぶことができる。

あしかび国の陸軍と海軍の双方に命令を発する軍の本部は、「王ノ王ため」と命令を出せば兵は動き、「なんとかなる」と思っていた。実際、ここまで「なんとかなった」。
しかし、ことのはを風に伝える神、ほのほつみは知っている。この先あしかび国の何十万人の兵が、ひろつ流れ海の島々に取り残され、餓え、命が失われる運命にあることを。

あしかび国ラボーレ島とは、ひろつ流れ海をはさんでほぼ4,500Kmもの隔りがある。戦には、兵の食料や馬のえさ、武器や弾薬がなくてはらぬ。それらをどうやって、あしかび国から運ぶか?
いやいや、あしかび国は、これまで王ノ王の軍隊として、「同朋」をhyutoposの「属国」の地位から解放してきた。そうした解放した「同朋」から物資を支援してもらえば良いではないか?

確かに道理だ。
あしかび国は、天の中つ国や森繁るヒンジャブ国などをhyutoposの「属国」から解放した。たとえば森繁るヒンジャブ国からは、飛行機や船を動かす石油やゴムを調達できた。

また食料や物資は、同じくhyutoposの「属国」から解放した天の中つ国から運べるはずだ。しかし、思うがままにはいかぬのが戦だ。
天の中つ国は、あしかび国の意のままに従う政府とは別に、新たな政府が生まれた。

大陸のなかの大国で、はるか昔から我こそが世の中心と誇ってきた天の中つ国の民のうちに、ひろつ流れ海の小っぽけな国に意のままにされてたまるかという反発は起こって当然。

天の中つ国にできた新しい政府は、hyutoposと戦のために約束を取り交わしていた。
そして、ひろつ流れ海のちょうど真ん中あたりのエム海戦において、あしかび国hyutoposAMERIGO(アメリゴ)国やぶれたことで、戦に関わらない輸送船であっても、hyutoposの潜水艦や飛行機に狙われるようになった。

いまや、海の上はhyutoposに押さえられてしまった。ラボーレ島に物資や兵器、そして兵たちをあしかび国から運ぶことがままならなくなったのだ。
が、駒として動く下の位の兵たちにそうした状況はとんと伝えられない。

戦場いくさばで火砲兵に必要な兵器や馬、食料を整える役目の野木喜平曹長そうちょう」もそんなひとりであった。
喜平は、ひろつ流れ海を物資や兵が運ばれてくることを信じてやまない。いや、当然、運ばれてくると信じている。でなければ戦ができぬ。


さてあらためて、hyutoposとは、この世を造った一つ神を信じる国々からなる呼び名であった。
ひろつ流れ海をはさんで、東の大陸にあるAMERIGO(アメリゴ)国hyutoposの一国だが、太洋の真ん中、蛇神の護る島々のさらに南にも、ひとつ大陸がある。
仮にAUSUTOS(アウストス)大陸とでも呼んでおこう。それは「南の」ということから名づけられたから。

AUSUTOS大陸は、ちょうど大きなかぶとのかたちをしてる。この大陸には、もともと狩りをする民が暮らしていたが、hyutoposAUSUTOS大陸を発見し、属国としてしまった。そして、AUSUTOS国を名乗った。
そのAUSUTOS国の目と鼻の先の島々が、次々とあしかび国に奪われいく。たまったものではない。
「わが国も、いずれあしかび国に奪われる」と戦に乗り出した。

ラボーレ島に上陸したあしかび国がいままさに戦おうとしている相手は、hyutoposのなかでAMERIGO国に加え、AUSUTOS国の2か国となった。このように、蛇神が護ると信じられてきた島々は、あしかび国hyutoposの国々を巻き込んでの、大きな戦場いくさばとなった。


ラボーレ島
にいる喜平に伝えられた作戦はこうだった。
これまで、喜平は陸軍の火砲兵隊に属していたが、これからは海軍と力を合わせ、主にふたつの島を攻めることとする。それはラボーレ島の南西に位置する「蛇神大島(へびがみおおしま)」と、ラボーレ島の東にある「ガ」島(がとう)であった。

蛇神大島」は、文字通り、蛇神の護る島々のなかでもっとも大きい。大きさでいえばあしかび国と同じくらい。ひろつ流れ海に大蛇おおへびが姿を現すとすれば、頭から背のあたりか。
また、「ガ」島は、ラボーレ島の東側、大蛇の姿でいえば尾にあたるか。そこには大小さまざまな島が連なっていたが、「ガ」島は大きい島に入る。距離でラボーレ島とは1,000Km隔たっている。思いのほか遠い。

このふたつの島は、置かれた状況が少し異なっていた。

「ガ」島は、あしかび国が造った飛行場があったが、すでにAMERIGO国が「我が物」として奪っていた。AMERIGO国は、ここから蜂のごとく飛行機をぶんぶん飛ばす。当然、あしかび国の拠点としているラボーレ島にも。
あしかび国は、AMERIGO国と戦い、ここをふたたびあしかび国のものにする」。
それが「ガ」島の作戦であった。
が、あしかび国の兵たちは、AMERIGO国が送りこんだ大量の兵と兵器の前に、さんざん痛めつけられた。

また、蛇神大島は、AUSUTOS(アウストス)国が占めていた。
AUSUTOS国として、この島をあしかび国に渡すわけにいかぬ。が、あしかび国は、ぜがひでもこの大きな島を手に入れたい。
そのために、あしかび国は、蛇神大島の島の南にある拠点の港の都市まちを攻め落とそうと作戦を立てた。
作戦は、あしかび国の海軍が、海の上から大砲を放ち、その後、兵を上陸させるというものだ。
が、えむ海戦でAMERIGO国やぶれ、ひろつ流れ海はすでにhyutoposが押さえてしまった。海軍の海からの作戦は、かなわなくなった。ならば、陸軍に頼んで山を越えて攻めさせよう。
そんな手はずとなった。

が、問題は、兵たちが超えるべき山にあった。
蛇神の護る島々は、真ん中のせなが高く高く盛り上がっている。
なかでも蛇神大島の背は、4,000mから3,000mと、それはそれは高い。
「あの山を越える」。
それが軍本部の考えであった。

いや「登れ」との命令であれば、兵たちは登らぬではない。が、蛇神大島は、赤道のすぐ南だ。山の回りは深い森に囲まれ、雨も多い。そんな蒸し暑いなかを進まねばならぬ。
うわさでは、森には、恐ろしい伝染病をもたらす蚊がいるというではないか。その病にかかれば高熱が何日も続く。

さすがの軍本部も、ここは慎重に調査隊を派遣して、詳細な作戦地図を作ってからということになった。
が、ラボーレ島に派遣された軍本部で作戦を練る参謀が、おのれの勝手な判断で、「ぐずぐずしている間はない。いますぐに蛇神大島を攻めるべし、これが軍本部の命令である」と伝えてしまった。ひとは思えぬ、死に神の所業である。
こうして、無謀にもラボーレ島の兵の一団が、蛇神大島に送られた。喜平ラボーレ島に着く2か月ほど前のことだ。

一団は、歩兵隊、食料や物資を運ぶ輜重しちょう隊、道などを造りながら進む工兵隊、さらに火砲を放つ山砲隊などからなった。彼らが進んだのは、平坦な道でない。
鬱蒼うっそうとした森のなか、森を過ぎれば起伏のはげしい草原、そしてその先に急峻きゅうしゅんな峠道と続く。熱気と湿気、その状況下で体力はみるみる奪われる。
一団は、なんとか峠は越えたものの、待ち受けていたのは、空と陸からのAUSUTOS国からの攻撃だった。
「やっと」の思いで峠を越えた兵たちは、「たまらぬ」とすぐに退却となった。

そもそも兵たちが島に上陸する際にもってきたのは、米1か月分。それを各自、背負った。そのほかに弾薬や火砲の弾など何十kgを背負っての行軍だ。
食料はすでについえ、敗走をする兵は餓えに襲われた。また、兵の多くは蚊による伝染病の熱でうなされていた。

「ガ」島に続き、蛇神大島でも兵の撤退。こうしてあしかび国の思惑は、はずれた。
戦は、勝って進軍するときよりも、やぶれて退却するときのほうが難しい。これは戦の鉄則だ。

火砲兵、喜平ラボーレ島に着いたときのあしかび国の置かれた状況はまさに、敗れつつある兵をいかに救うかにあった。が、そうしたことは、兵たちには伝えられていない。
「前線は奮闘している、お前たちも援軍として戦い、進むべし」であった。


喜平いるか」。
火砲兵の天幕を訪れたのは、歩兵隊の中島金治大尉だった。
中島は、喜平と同郷の幼なじみだが、陸軍学校を出た中島喜平より位が上だった。
「……金治、いや中島大尉、どうした?」
喜平は、天幕から抜け出し、人影が周りにいないことを確かめ、椰子の葉陰に腰を下ろした。
「あす、俺たちは、蛇神大島へ向かうことになった」。
「えっ、明日? ……そうか、武運を祈る!」。
「ありがとう。そこで、喜平、頼みがある」。
「なんだ? なんでもいえ」
「おれの髪毛をそってもらえぬか?」
「なんだ頼みってそんなことか? やすいことだ」
喜平は、天幕に戻り、カミソリに石けん、空き缶などを携えて出てきた。
「そうだ、金治。俺の髪も伸びている。調度いい、互いに髪をそりあわぬか」
「おう、いいな」
ひとりがすわり、もうひとりが背後から髪をそる。まずは、喜平金治の髪をそる。
喜平と同じく、金治よわい四十《しじゅう》を超えて白いものが目立ってきていた。軍隊では古兵こへいと呼ばれ、怖がられ、煙たがれる存在だ。
「おまえの髪はちぢれている、相変わらずだな」。
「はは、そうそう変わったらおかしいだろう。おまえの火砲隊は、いつ出るんだ?命令は?」
「まだ、下らぬ。が、蛇神大島か、『ガ』島か。いずれかだろうな」
喜平、頼みがある」
「またか!」
「すまぬ。もしお前が生きて故郷くにに戻ったら俺の髪をかないに渡してほしい」
「縁起でもないことを」
「いや、本気だ。俺はお前より多少、戦の実状が手にはいる。先に蛇神大島に入った部隊は、AUSUTOS国の猛攻撃にあって、退却を始めたそうだ。が、武器も食料も十分整っていない。そこへ征く。敵は峠を越え、海沿いの北側の港町まで迫っているという。今度は、生きて戻れぬかもしれぬ」
「弱気なことはいうな。俺はおまえとのけんかで一度も勝ったことはない、いつも負かされて泣いてばかりだ。お前なら生きて戻るさ。な、そうだろう?」
「はは、そうだったな。でも、おれはいまだに蛇は苦手だ。そこへいくとおまえは上手うまかったな。なんと言ったって『まむし獲り名人』だ。いっしょに遊んでいて、蛇を見つけると足で蛇の首根っこをおさえて、尻尾しっぽを持ってぶるんぶるん振り回す。あの早技はとても真似できん。さて、今度は俺の番だ」
「おう、頼む。なあ、お前も生きて戻ったら俺の髪の毛をかないに渡してくれ。おあいこだ。けんかのあとの仲直りはいつもおあいこだったじゃないか。な、そうしよう」
「そうだったな」
海の向こうに陽が沈みゆくなか、さっぱりしたふたりは別れた。互いの髪をすこしばかり懐紙に包んで。
ことのはを風に伝える神、ほのほつみは、無言で、幼なじみのふたりを見守っていた。空に十字の星がまたたきはじめた。

【渚の唄】
この渚ははるか故郷に続いている
蜃気楼しんきろうの浮かんだ水辺線へ
思いっきり石を投げてみる
一回、二回、三回はねて、ぽちゃん
遠いな 故郷

この渚に打ちあげられているもの
削られてまるくなった貝殻
芽を出したまんまるな椰子の実
死んだばかりのまんまるな青い魚
ぎょろり目を見開いたまま

生きたものも死んだものも一様に受けとめる渚
大きな穴をほってみる
波が崩し埋めてしまった
足裏についた砂をはらう
ばいばい

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