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ある兵士とある小さき神の物語


「叙事詩 ほのほつみ」のあらまし

物語の構成

「叙事詩 ほのほつみ」は、農民あがりの兵士「野木喜平のぎきへい」と小さな神「ほのほつみ」の7年にわたるいくさの物語です。
この物語は、叙事詩のスタイルをとり、主人公の兵士とそれを見守る小さな神が、世界を巻き込んで繰り広げられた「あのいくさ」を、渡り歩く様が描かれています。人類にとっての最終兵器が使われた「いくさ」については、史実に基づいた数々の証言集や小説が世に出されてきました。「叙事詩ほのほつみ」はファンタジーとして、つまり神物語として描いています。
7年にわたる物語は、戦場となった国や地域ごとに5つの「場」からなっています。そして、それぞれの「場」は、いくつかの「話」に別れ、全34話からなっています。

叙事詩ほのほつみに登場する国や地域の図。
ここでは、今から80年前に世界を巻き込んだ「あの戦」が行われました。
叙事詩ほのほつみは、それらの国や地域をいずれも「仮」として語られています。
その理由わけは?

第1場 1話 ほのほつみ誕生

ことのはを風に伝える神の目覚め

これはある島国の神といくさの物語り。
島国の名は、そう仮にあしかびとしよう。
島国の誕生のいわれを記したいにしえの書物によれば、はじめは海に浮かんだ水母 くらげのごとく漂っていた、そのときに あしの芽のように、ひとりの神が産まれた、と……。
春まだきころ草原を焼いたあとに湿地に萌えいづるあしの芽のように、力づよく生まれる命、そこより名づけたという。
その葦芽のごとく広き太洋に芽生えし島国、あしかびの国の話をしよう。

あしかび国には、数々の神の話が伝わる。なかにひとり、大変小さな神がいた。そう仮にほのほつみと呼んでおこう。なぜなら、その神は、無数の「穂」が草原から舞い散るようだといわれるから。
ことのはを風に伝える神、ほのほつみの姿は大変小さい。それゆえ、ちょっとした風にのり、高く空に舞い上がり、どこまでもんでゆける。海原であっても、国境くにざかいであってもどこまでも、どこまでも……。

この物語は、ほのほつみがひとりの兵士を追いかけて7年にかけて見て来たいくさの話だ。あしかび国が多くの国人くにびとを兵士として遣わし、国境を越え、異国と闘った惨めで愚かしいいくさ……。
それはいつのことであったろう、遠い昔だったか、いやそれほど昔でもなかったような、あるいはつい前の、昨夜さよの夢であったようにも思える。
そう、あれは、ひとが地の底から火のもととなる石や水を探しあてた頃、黒々としたそいつは、遠い昔、地上をおおっていた植物や動物の亡骸なきがらだったという。それが朽ち果てて地の底に埋もれて、永い眠りについた。
その亡骸なきがらを人がふたたび蘇らせた。
あしかびの国びとが、石炭、石油と呼ぶそれらは、ひとたび火をつけると大きな炎となり、ときに町すらもひとまでも焼いてしまう。
そもそも火というものは、神がひとに与えしもの。それをもとにひとは大いなる文明を生み出した。くろがねといわれる鉄は、火で原石を溶かし、たたき鍛えることで産まれる。そこから田を耕すくわ、馬のつま先を護る蹄鉄ていてつに姿を変える。ときにひとは戦に使う武器も鉄から作った。
火はよく使えばひとにさちをもたらし、あしく使えばまがごととなる。

そもそもこのいくさは、火の文明が行き着くところ、石油を掘り出したことで、世界の国々がそれを我が物にせんとしたことが始まりだった。

あしかび国のあるところに村を護る神がまつられていた。
その神は、遠い昔の武士もののふの神であった。いましも戦争におもむかんとするひとりの農民が、その神のやしろでぬかづき一心に祈っていた。

武士もののふの神よ、どうか、どうか、われを戦より無事帰したまえ。われ20歳はたちを迎えたころ、火砲かほう使いとして大陸に出向いた。あのときは若かった。死は怖くなかった。しかし、いまよわい 40しじゅうをむかえ、死ぬことが怖い……。
我にいま家族がいる。まだ死ぬわけにいかぬ。男の子ばかり4人、そして身重の妻がいる。明くる年には新しい命を授かる。
我には護らなければならない家族や家屋敷がある。そう思ったとき、死が怖くなった、生きなければならないのだ。
どうか、どうか、我にこの村の土をふたたび踏ませてくれ」

この農民、仮に喜平と呼んでおこう。やしろの境内で喜平の深い祈りを捧げる姿を見る他人ひとはいなかった。
喜平は、祈りを終えると、だれにも見られていなかったことを確かめ、安堵あんどした。
きびすを返し鳥居をくぐろうとした、とその時、ふと傍らの朽ちかけた小さなほこらが目に入った。
「こんなところに」
何度となくここに足を運んだはずだったが、いままで見たこともない小さな石のほこら喜平は認めた。ほこらと呼ぶにはあまりにも粗末で、形が失われかけていたが……。
大きめの石の上にさらに石でかたどったほこらが、傾き、全体がこけおおわれていた。だれがそなたのかあわの穂がそなえられていた。喜平は祠に近づくと、ひとまず神前の穂をけて、泥芥どろあくたを手ではらい、両手を合わせ祈った。さらに手のひらで苔を丁寧にぬぐうと、小さなほこらに光が射し、そよとした風が起こった。

ことのはを風に伝えるという神、ほのほつみが目覚めた瞬間だ。

「なんて大きな入道雲だ! あ~よく寝た……、わたしを呼んだのはだれ? うん? この男か。村で蝮獲まむしとり名人と呼ばれる喜平だな。どれどれ、ちょっとひとの世がどんなになっているか久しぶりに見てみようかな」

さわやかな、ここ数年抱いたことのない軽々とした心持ちが喜平にわいてきた。
不思議な夢から覚めたような目で空を見やると、無数のつばめたちが乱舞していた。円を描きながら、ときに急降下をしたり、群からはずれて近くの木の枝にとまるもの。
「そうか、そろそろ南へ帰る時期だな」
喜平の目には、つばめたちよりもさらに小さなほのほつみの姿は入らない。

【ほのほつみ誕生の唄】
舞い上がれ
舞い上がれ
小さな 小さな ほのほつみ

ことのはの羽をつけ
風に乗り 国境くにざかいを越えてゆけ
はるか彼方へ
小さな 小さな ほのほつみ

火がおこり木っ端が焼かれ 舞い上がる
火が放たれ町が焼かれ 叫び声があがる
愚かなるひとの世をうたえ
羽をもったことのはを風にのせて


2話以降の物語リスト

第1場 出兵、目覚めし小さき神

2話/別れの晩餐
3話/船出
4話/大陸へ

第2場 天の中つ国へ進軍、目覚めし竜

1話/上陸-姚光子ヨウコウシの国へ
2話/作戦会議
3話/火砲演習
4話/妻からの手紙
5話/非情の選択
6話/輝ける姚光子ヨウコウシ都市まち ⑩
7話/山中夜間行軍
8話/貯水池からの砲撃
9話/華港島上陸作戦
10話/輝きの失せた都市まち

第3場 ヒンジャブ国へ進軍、神宿りし鳥

1話/自動車火砲隊の誕生
2話/南へ、馬を載せて
3話/天へ黒き煙立ち上る
4話/森の奥から見つめる目
5話/語り部の預言
6話/あてどなく南へ ⑳

第4場 ラボーレ島での持久戦、永久の樹と色鳥

1話/わたつみの竜
2話/蛇神へびがみの護る島へ
3話/椰子の浜の約束
4話/蛇神大島へびがみおおしま
5話/十字架の家
6話/永久とわの色鳥
7話/うるわしの島
8話/原隊復帰の船で
9話/幻影-漂いながら
10話/永久とわの樹の種
11話/ばかは死ななきゃ治らない
12話/あま駆ける
13話/舟を待つ

第5場 帰還、喪われし小さき神

1話/燕の子

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