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ただ自然と呼吸がしたいだけ【絵から小説】

その日は何も予定のない日曜日だった。休みの日にに予定がないことはいつものことなのだが。

せっかくの休日には寝坊したいところなのだが、なぜか体が朝7:00を覚えている。
体を起こすといつもなぜか肺に空気が入りすぎている感覚になり、いつも咳をこんでしまう。

「はあ。」
咳の次にでるのは割と大きめなため息。

休日くらいは顔を洗う作業を省きたい心持ちはあるのだが、謎の罪悪感を感じ、いつもの通りの手順で洗顔を終え、オールインワンのクリームを顔に塗りたくる。

昨日は夜遅くに夜ご飯を食べたので、あまりお腹が減っていなかったが、お腹が減っていてもいなくても、朝食はがっつり好きなものを食べる派だ。

甘いコーンフレークにたっぷり牛乳をかけ、ボトルコーヒーをコップに半分、豆乳を半分いれたコップを手に持ち、テーブルにつく。
携帯をいじりながらTwitterを開き、好きな声優のおはようツイートと本日のイベント活動を目で追う。
本当は毎週末好きな声優のイベントに行きたいくらいなのだが、手取り19万のOLにはそんな余裕はない。

朝ごはんを食べ終え、一週間分溜まっていたアニメをベットの上で見漁る。妹と同じ相部屋は8畳ほどの部屋で、間切りもないので、いつも視界に妹が目に入る。父と弟は自室を持っているが、母はいつもリビングで就寝をしている。母の布団が常にリビングにあるのは、そういう訳だ。

最初はテレビを見たり、ごはんを食べたりする場所に母親が寝ていることに違和感を侘しさを感じていたが、何にでも慣れというものはくるもので
今では、自分が母より先に起きてリビングに行き、どこでも熟睡できる母が気持ちよさそうな寝息を立てながら眠っているのを見ても何も思わなくなった。

父が母を部屋から追い出したわけではなく、いつからだったか母が自ら夫婦部屋を脱してきた。
私が中学生くらいまでの、父の印象はよくしゃべる人だった。今振り返ると家族とコミュニケーションを取っていたわけではなく、独り言が多めだったなと思う。

高校生になった頃に父は急にしゃべらなくなった。(独り言を言わなくなった。)その理由は家族の誰が尋ねてもいつも無視だった。だから誰もなにも聞かなくなり、父は家の中で他人を化した。

そんな父が変わらなかったのは、怒りの沸点だ。
父は些細なことでいつも怒る。廊下でよろけて肩がぶつかってしまった時、お米が食べたいタイミングで炊けていなかった時、見たい番組がある時間帯で妹がドラマを見ていた時、など。
とにかく沸点が低いのだ。

父はPC機器をいじるのが好きで、休日も一日中パソコンの前にいる。
自室でやればいいのに、といつも思うのだが、朝から夜までリビングにいる。

狭いリビングにパソコンに繋がれた数本のコードが絡み合って敷かれており、踏まないようにしながら行き来しなければならない。

時々寝落ちをしながら、アニメ鑑賞をし、気が付けば時計の針は16:00をさしていた。

「ああ、今日も何も生産性のない日として終わっていく」

お昼ごはんを食べていなかったのでとりあえず小腹満たしにおかしを食べようと部屋にあるおかし箱をあさる。アーモンドの袋を開けようとして、どこにも切れ目がないことに苛立つ。部屋にはさみがなかったのでリビングに向かった。

父が座っている側にある戸棚にあるはずのはさみを取りに行こうとして、いくつにも連なるコードをまたごうとした瞬間、携帯を見ながら歩いていたせいで、コードを踏んだどころかPCから数本コードを抜いてしまった。

「げ、しまった。」と思ったころには既に遅く、父の顔を見ると少し赤らんだかと思ったその次の瞬間、手元にあった本を机に叩きつけ、しまいには自分ですべてのコードをぶち抜いてしまった。足音を立てて自室にむかったかと思えばわざと大きな音をたてながらバタンとドアを閉めた。

同じリビングにいた母は何も言わずにうつむき、妹は「しね。」、弟は「うせろ。」ひとことずつつぶやいた。

私は体中が熱くなり、息ができなくなった。

いてもたってもいられなくなり、家を出た。

時間はすでに17時をまわっていたようで、たまご売りのワゴン車がマンション前に止まっており、「コォケコッコー」と響き渡る音響のもとに数人の主婦の方々が列を成していた。

マンションから数分歩くと多摩川に通じる川沿いがあり、私はそこに向かった。土手沿いの階段を上ると、そこにはブラッドオレンジ色に染まった雄大な空が広がっていた。

私は人の邪魔にならないところで立ち止まり、空を見つめ、ようやく酸素を体にいれることができた。

さっきまで乱れていた脈が少し落ち着き、改めて目の前の景色を認識することができた。

夕日はどんどんと沈み、鮮やかなオレンジは瞬く間に闇にのまれていく。

このまま私のことも飲み込んでくれないかな。

地面に立っているという感覚を忘れていく。

「ちゃりん、ちゃりん。」
右方向からきた自転車が私に向かってベルを鳴らした。

私はそのベルで自分が個体としてこの世に存在していることに気付き、少し道路の脇に寄る。

日が落ちてしまったし、お腹も空いていた。

けれども、もう少し歩いてからから帰ろうと、すうっと息を吐き、一歩足を前に出してその場を後にした。

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