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【創作大賞2024応募作品 ミステリー小説部門】神の罠はサケられない(1)

あらすじ
暗い蔵の中の孤独な死から、物語は始まる。
売れない漫才コンビ『ビタまん』の牧原香澄と仲野美和は、テレビディレクター前田から、妖しい地酒『神の罠』を探す依頼を受ける。それを飲むと神に会えるというだ。捜索の末に辿り着いた酒蔵で、二人は恐ろしい体験をする。しかし、全てはテレビのドッキリ企画だった。
翌朝、酒蔵で遺体が発見され、香澄は警察へ連行されてしまう。
スマホ動画を証拠に逮捕寸前の香澄。それを救ったのはハーフで金色の髪の刑事エディスだった。隠し撮り動画を使い、心理戦で真犯人を追い詰めるエディス。
最後に彼女は言った、ひらめいたのは神の罠のアナグラムだと。

 発見者の女性従業員は自分が見たものが何か、最初よく分からなかった。

 そもそも、蔵の中は真昼でも薄暗い。まして寒い季節の早朝ともなると、なおさらだ。入口の壁を手のひらでまさぐって、スイッチを入れると高い天井の蛍光灯が黄色い光を投げかけた。

「おはようございます。誰かおられますか」
 蔵の手前の事務所では、引き戸の錠は開きっ放し、デスクライトも点いたままだった。泥棒が入ったとは考えなかった。特に盗られる金品もない。それより、昨日から徹夜作業した者がいたのかも、と思ったのだ。

 歩きながら左右に顔を振って、誰かいないか確かめる。自分の背丈より大きい物がいくつも置いてあるので、影で作業していると分からないからだ。

 床に木の棒が落ちていた。ブンジだ。
「もう、大切な道具なんだから。ちゃんと片付けてよ」

 あきれて、拾うためにしゃがみこむと、目の端に白い塊が映った。少し遠いのだが、暗がりから突き出るように、床の上に落ちている。表面はギザギザして、所々黒く汚れている。なんだこれ、と思いながら棒を片手に持って近づいた。

「なんだ、ゴム長か。誰がこんな所に、放り出して……」
 作業時に履く白いゴム長靴が、横倒しに転がっていた。靴底に刻んである、うねうねとした滑り止めが、やけに気味悪く見える。

 拾い上げようと手を掛けると、嫌な重さが手に残った。最初はよく分からなかった。いや、分かりたくなかったのかもしれない。その中に足が入っていることに。暗がりに横たわっているものが、もう動かない人の体だということに。

 短い悲鳴と慌ただしく走り出す靴音が蔵の中に響いた。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 お笑いライブの雰囲気は、あまり良いとは言えなかった。遠慮がちに、くすくす笑う者はいる。しかし、客席の大半はそろそろ終わらないかと、舞台上の二人を見つめていた。

「だったら、どうやってご飯を食べたらいいの。箸が無いんですよ、箸が」
「手でいったらいいでしょ。こう、ガバガバっと」
「できるか! やめさせてもらうわ。どうも、ありがとうございました」

 二人は揃っておじぎをすると、逃げるように舞台袖へ引っ込んだ。まばらな拍手が今日の出来を物語っている。冬なのに、衣装の下は汗だくだ。

「うけないね」
 美和が暗い声を出した。
「しょうがないよ。今日の客の目当ては、私らじゃないから」
 香澄はあきらめの表情だ。やっぱり、テレビに出ないと知名度が上がらないな、と思ってしまう。

「そんなの関係無いよ」
「じゃあ、何が悪かったの。もう一つのネタの方にしとけばよかった?」
「あれは年寄り向けだから、やめとこうって言ったのは香澄だよ」

「そうかな。じゃあ、次はあれでいこう。新人賞を獲ったときのネタ」
「気が進まない。別のにしようよ」
 二人は軽く言い合いをしながら、廊下を歩いて楽屋へ向かった。

 大部屋の楽屋に入ると出番を待つ芸人が二十人程たむろしている。二人は隅のパイプ椅子にそっと腰を下ろした。なぜか周囲の騒がしさに安心する。

「どうだった。ビタまんのお二人」
 先輩芸人が声を掛けてくる。二人のコンビ名は、『ビターまんじゅう』だが、芸人仲間には『ビタまん』と略して呼ばれている。

「ダメダメ。今日は客が悪い」
 香澄は、先輩へ向けて手を横に振った。ちょっと、情け無い。
 そうかご愁傷様、と先輩芸人は慰めの言葉を残して、離れていった。本当は、そうではないことは分かっているのだ。

 次の出番まで、待機は二時間。ビタまんの二人は、スマホを取り出した。
「おっ、前田ディレクターから連絡来てる」
 美和が片手で操作しながら言った。先日、深夜のテレビ番組へ奇跡的に出演したときに、連絡先を交換していたのだ。

「今晩空いていますかお願いがあります、だって。どうする?」
「次の出番の後は暇。バイト入れてないし」
「じゃあ、行ってみるか。ご飯にありつけそうだし」

「意地汚いなあ。でも、いやらしいお願いとは違うよね」
「ああっ、乙女の貞操が」
「おバカ。三十前の女が言うことか。さっさと返事書け」
 香澄がツッコミを入れた。

 午後九時。舞台がはねた後、二人は指定された居酒屋へ向かった。店内は客が少なく、前田の他には仲良さげなカップル一組とスマホを操作している若い男が一人いるだけだ。

前田はスーツ姿で普通のサラリーマンのようだ。ビタまんの二人を見て、右手を上げた。
「急にごめんね。忙しい中」
「暇です。暇暇です。よく知ってるでしょ」
「そりゃそうだな。社交辞令だよ」
 香澄のツッコミにも、前田は平気な顔で答えた。おそらく、何百回と繰り返してきた会話だろう。

「食事をしながら話そう。夕食まだでしょ」
「はい、期待してました」
「助かります」
 二人同時に答えた。売れない芸人には、一食まともに食べられるのは、非常にラッキーと言える。ライブ出演料などすずめの涙だ。二人は、前田を拝むように、手を合わせた。

「よし、まずビールかな。後は適当に好きなものを注文して」
 前田は手を振って、店員を呼んだ。

 ビールが来ると、ジョッキを持ち上げた。
「お疲れ」
「お疲れ様です。牧原香澄です」
「仲野美和です。ありがとうございます」
 ビタまんの二人は、さらりと自己紹介を入れた。誘われたからといって、前田が自分たちの名前を憶えているとは、限らないからだ。その証拠に、前田はなにも言わずに笑っているだけだ。

 食事の間はくだらないテレビ業界の話や先輩芸人への愚痴などを話していたが、腹が満たされると美和が思い出したように言った。
「そういえば、お願いって何ですか」
「ああ、焼き鳥に目が眩んで忘れてました」
 香澄も調子を合わせる。すっかり、忘れていた。すると、前田は喉を潤すようにビールを一口飲んでから、おもむろに話し始めた。

「君たちのネット配信番組を見たんだけど、あちこちで食レポとか突撃取材をやってるよね。あんな感じでいいから、行ってほしい場所があるんだ」
 ビタまんは、暇にまかせて番組配信をしていた。十五分程度の番組を週に二、三本アップしている。コンビ紹介のつもりで始めてみたら、仲間内での評判は上々だった。

「ちょっと面白いネタを見つけたので、自分で取材したいところだけど、今やっている企画で手いっぱいなんだ。かといって、うちの社員を動かすと経費が発生するから、思いつきだけではできないんだ」

「そこで、私らに行ってほしいと」
「そういうこと。交通費と宿泊費は、ちゃんと出すから」
「でも、カメラやマイクなんかの機材はありませんよ」
「配信みたいに、スマホで十分。実は取材してもらった素材を使って、社内で正式な番組撮影にGOサインをもらいたいんだ」

「正式な番組になったら、ビタまんを使ってもらえるんですか」
 香澄の目が大きく見開いた。藁であっても、すがりつきたい気持ちだ。
「当然、第一候補だよ。功労者だから」
「やったあ!」
 二人は抱き合って、喜びの声を上げた。

「待って。ボツの可能性もあるから」
「どれくらいですか」
「八割くらいかな」
「なんですかそれ」
 香澄が、あきれた声を出した。

「ボツになったら、配信番組で流せばいい。それだと、損はないでしょ」
「なるほど、使い道はあるのか。香澄はどうする? 私はいいと思うけど」
「美和がいいなら、協力します」

 二人は、前田を見て頷いた。舞台で度胸は付いている。突撃取材などはお手のものだ。
「ありがとう。助かるなあ」
 前田は笑顔で言った。他人に仕事を頼み慣れた、つくり笑顔だ。

「ところで、何処へ行けばいいんですか」
「N県S市だから遠くはない。だけど、それがS市のどこにあるかは分からないんだ。探してもらう必要がある」
「それ? それって何ですか」
「酒蔵だよ」
 前田は美和と香澄の顔を真剣な目で見た。

「知らないと思うけど『神の罠』というお酒があるんだ」
「カクテルですか」
「なんか、フランスのワインぽい」
 二人はお酒は飲むが、こだわりはない。知っているのはそれくらいだ。

「日本酒だよ。銘柄が、神の罠なんだ」
「へえ。聞いたことありません」
「なんだか、悪酔いしそう」
 香澄が眉をひそめた。

「有名なお酒ではないらしい。酒場で隣に座った客の話で聞いたんだ」
「盗み聞きですか」
「違うよ。年配の男性二人が、小声で会話しているから気になって」
「やっぱり、盗み聞きでしょ」

 前田は仕切り直しに、咳ばらいをした。
「それはともかく、生産量がすごく少なくて、地元の人しか飲めない酒のようなんだ」
「知る人ぞ知る、日本の美酒を探す旅って感じですか」
「そう聞くと美味しそうな気がしてきたな」
 香澄の頭の中で、美味しい地酒と料理の撮影イメージができる。喉が鳴った。

「いや。美味しいかどうかは分からない。飲んだことないから。酒の名前からして、お神酒なのかもしれない。お神酒って、そんなに美味しいかな」
 前田は二人の想像を否定した。
「それより、大事なのはこの後なんだ。男たちの話によると、その酒を飲むと神様が見えるらしい。神様に会えるんだ」
「ん?」
 話が妖しくなってくる。一瞬間があいた。

「またまた。冗談うまいなあ」
「それ、合法ですか」
 二人は気を使って、愛想笑いで返した。少し、酔いが醒める。

「いやいや、いたって真面目な話。ちゃんと聞いたんだよ」
「それなら。話半分くらいで信じますけど」
「おじさんたちに、インタビューすればよかったのに」
 そう言われて、前田はとても気まずそうな顔をした。

「僕もそのつもりだった。だけど一瞬目を離したら、いなくなってた」
「最初からいなかった。というオチでしょ」
 香澄がツッコんだ。

「スマホに着信があったから、下を向いて一分ほど話して顔を上げたら、もういなかった。席を立った気配もなかった」
「それ幻覚でしょ」
「漫才師相手に、ボケないでくださいよ」
「いやいやいや、いたって真面目な話」
 前田は手振りも使って、さきほどの台詞を繰り返した。

「それで、会話を思い出して情報をまとめると。お酒の銘柄が神の罠。酒蔵があるのがS市。世の中には出回っていない。飲むと神様が見える。ということになるんだ」
「そのお酒を探しに、私らが行くと」
「そうそう」
「見つけて、飲んで、神様に会ってこいと」
「うんうん」

 前田が良い調子で相槌をうつ。人をその気にさせるのが上手いのだ。美和と香澄は顔を見合わせた。目と目で会話をする。

「仕方が無いなあ。行きますよ」
「見つからなくても、勘弁してくださいよ」
 二人は、しぶしぶ依頼を受けた。テレビ出演という皮算用があったのも確かだ。その後は、さんざん飲み食いして、お開きとなる。取材の期限は一週間後と決まった。
(つづく) 


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