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おっさんサウナ物語2021~こめかみの記憶~

思いっきり疲れ切った週末。
あなたは何をするだろうか。

まぁたまには朝寝坊を
してみるのもいいし、
今の時期はなかなか難しいが
遠出してみるのもありだろう。

私は、運動・食事・睡眠といった
それぞれのジャンルで
リフレッシュする方法を作って
実践している。

その中で最近取り組んでいるのは
サウナである。
リモートでデスクワーク詰め
の1週間で脳が疲弊している。
そこでリフレッシュのため
休日に時間を作っては
お気に入りのサウナに通っている。

サウナは最近ブームというのが来ていて、
その魅力や効能は様々な人が
発信している。

私も健康経営コンサルの
目線で一番サウナの魅力を
感じていることをひとつだけ紹介したい。

それは自律神経が鍛えられて
感情が安定する
ということ。
イライラしたりすることなく、
メンタルが安定するのだ。

これはあくまで自分の感覚値だが
効果実感中である。

自律神経は交感神経と
副交感神経に分かれていて、
かんたんにいうと前者は興奮状態、
後者はリラックスの
作用が働いて、人はこの両者の
バランスを取っているそうだ。

サウナのスペースは、
一般的には80度以上の高温である。
こんな環境に身を置くことは日常生活
では、ありえない。

つまりサウナに入ると、
一気に身体は危機的状況を認識し、
この人体維持システムとも
呼ばれる自律神経が刺激されて
鍛えられることになる。

灼熱のサウナスペースに身を置き、
身体が一気にピンチを認識する。
その後、水風呂に入りリラックスを実感する。

この繰り返しがメンタルの
安定をもたらしている。
そしてその後の食事も驚くほど美味しい。

そんなサウナの魅力に
とりつかれる日々のできごと。
いま一番のお気に入りのこちらに
お邪魔したときのこと。
何より施設がきれいで、
現在はお一人様専用の受け入れ体制に
なっており快適この上ない。

その日もいつものとおり、
ここの灼熱のケロサウナに入った。
他のサウナと比べて薄暗く、テレビもない。
私語厳禁という立て札もあり、
じっくり目を閉じて瞑想して
過ごしたい自分には最高の場所である。

いつもどおりこの90度以上の
スペースに身を置き、心身を危機的状況に
持っていて、
自律神経を鍛えるモードに入るはずだった。

「はずだった」

左隣だった。
ぼそっとだった
どすの利いた声が、
頭と耳に巻いたタオルを通り越してきた。

「ほりじゃねーか。久しぶりだな」

一瞬で自分の背筋が伸びたのが
はっきり分かった。
そしてその声の主の記憶も。
実に20年ぶりである。

私は「ほーりー」なんていう
ゆるいニックネームで呼ばれることが
多いのだが、「ほり」という
語尾を伸ばさない呼び方をするのは
決まって目上の人だ。

Nさんは私が在籍していた
野球部の1学年先輩である。

4番バッターで、私のような万年補欠選手は
雲の上のような存在であった。
私の在籍した高校は、
特に強豪校というわけではなかったの
だが、上下関係はわりと
厳しくそのころの記憶は強烈だった。

私はサウナの中でもう一つの
危機的状況を迎えた。

声になっているのか、
よくわからない挨拶を返した。
左隣から反応はない。

さすが元4番バッター。その背中を見ると
いまもなおストイックに鍛えているのだろう。

ここは私語厳禁である。
土曜日だったこともあり、
席はすべて埋まっている。

どうしよう。
20年ぶりの先輩だ。
なんてこの後、挨拶したらいいんだろう。
きっと私の脈拍は大変なことに
なっていたに違いない。

そこでこのもうひとつの
危機的状況を乗り越える術がうまく
うかばないまま、数分が過ぎたとき
左側の影が動いた。

Nさんは立ち上がると、
タオルで巻いた
右側の私のこめかみを
指差し、またぼそっと言った。

「無事でよかったよ」

それだけ言って颯爽と部屋を出ていった。
私は慌てて声にならない声で、
強烈に短縮した「お疲れ様です」を
返すのが精一杯。

ん。
なぜこめかみを指したんだ。
なぜここで「無事でよかったよ」なんだ。
クエスチョンマークが止まらなかったが、
そのときだった。

90度のサウナスペースが1分だけ
タイムマシーンになった。

22年前。ちょうど6月だった。

大会の予選を直前に控え、
野球部の練習は緊張感を極めていた。
いつものシートノックが始まる時間。
控えの野手で病欠が発生した
関係でベンチ入りすらできない私も
その日だけたまたま参加
させてもらえることになった。

私が配置されたポジションは一塁手だ。

Nさんはそのレギュラーポジションだった。
私はレギュラー組と本格的に練習するのは
久しぶりで緊張が高まった。

もう次々にノックのボールが一塁に
集まってくるので、
常に全神経を張り巡らしていた。

つまらないミスをして、活気あふれる
練習の雰囲気に水を刺してはならない。
必死だった。

Nさんはいつもどおり鋭い打球も、
味方からの難しいショートバウンド
の送球も難なく処理していく。

その次が私の番。
両手をホームベース側にあげた瞬間。

その次は記憶が抜ける。
私はすっかり暗くなった保健室のソファーに
どらだらけのユニフォームで横たわっていた。

完全なアクシデントだった。
味方の悪送球が私のこめかみを直撃したのだ。

またアクシデントとはいえ、また監督や
先輩に迷惑をかけてしまった。
そんな気持ちで重い足取りで暗くなった
保健室を後にし、部室に戻った。

この時間帯は、下級生しか残っていないのだが
Nさんは部室の前でひとり素振りをしていた。

確か自宅に広い庭があって、そこで練習後は
毎日素振りをしているときいたことがあった。
チームの中心である4番のプライドからか
努力をあまり外に見せるタイプではなかった。

Nさんは、私を見つけると言ったのだ。
「無事でよかったよ」
練習中で見せる厳しい顔ではない、
ほがらかな表情だった。

後になって、Nさんは私を保健室まで
担ぎ上げ付き添ってくれたことを知った。

近くにいて悪送球に気づけなかったことに
責任を感じていたのかもしれない。

一生懸命にプレーしているからこそ
アクシデントは起こりうる。

そんな出来事の記憶。
自分が一つのことにとことん打ち込んだ日々。
まぁちょっぴり美化されてはいても
いいもんだ。

サウナのタイムマシーンは
ここで終わった。

Nさんが出た1分後、いろいろ歩き回った
が姿はどこにもなかった。

またいつか会えるだろうか。

でもその必要はないのかも
しれない。

本当の一瞬のやり取りでも、
たくさんの言葉をやり取りしたか
のような感覚。
おっさん同士の粋な再会だった。

こんなちょっとした魔法に出会いたくて
私は今日もサウナに行くのかもしれない。


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