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『過ち』

 むかし、地球がまだ自然が豊かで、たくさんの動植物に溢れていたころ、地球にたったひとり、人間の赤ん坊が生まれた。

 近くにいた野生動物たちは、警戒しながらも鼻をクンクンさせて、その初めて見る生き物にゆっくりと近づく。

 好奇心旺盛な動物が一匹、その赤ん坊のすぐそばまで近づいた瞬間に人間の赤ん坊は異変を感じ取り、周囲の静けさを力強く引き裂いたかと思うと動物を驚かせ混乱させた。

 その赤ん坊に驚いたいくつかの動物たちは離れていったものの、その場に残り続けた動物がいた。

 その動物は、ゆっくりと時間をかけその赤ん坊の隣に寄り添うと、そのまま夜が明けるまで一緒に眠っていた。

 それからというもの、赤ん坊は生態系の一員となった。母親の代わりとなった動物は、自分の母乳を飲ませ、どこへ行くにもその赤ん坊を連れて回った。

 最初は物珍しそうに遠巻きに見ていた動物たちも、赤ん坊のために昆虫や小動物を餌として持ってくる。だが、まだ食べられそうにない。

 数年が経って赤ん坊だった人間は、周りの動物のように木に登ったり、水たまりで水浴びをするように。

 時には、木の棒を拾って振り回して周りの動物たちを追いかけまわして遊んでいたが、どれも周りの動物たちは温かく人間のことを見守っていた。

 さらに数年が経ち、体格も大きくなってきたころ、一人で狩りをするようになっていた。

 小さいころに母親の動物に教わったやり方を人間なりの方法に変えて、野生動物のように気配を殺し、狩ることを覚えていった。

 野生動物たちはその人間の成長を見守り、時に手助けをしながら生態系全体でともに過ごしていたある日、その人間が寒さに震えているのを見かけた動物がいた。

 その動物は、そばに駆け寄ると包み込むように横たわり、凍えないように温めながらずっとそばにいてくれた。

 その動物の暖かそうな毛を撫でながら暖をとっていると、人間の中にポッと欲望が生まれた。

 季節が進み、人間の体ではとても我慢できないような寒さが襲ってきたとき、人間はある動物のところに行くと、その動物のような暖かな体になりたいと伝えた。

 だが、動物は困った。自分は生まれ持ったものだしあげられるものでもない。けれど、このままでは目の前の人間は死んでしまうだろう。

 その動物は人間に、命と肉体を人間に渡した。

 人間は、心が痛んだが感謝もあった。その動物の鼓動が止まるのを確認すると、昔もらった鋭い爪を使ってその動物の体になった。

 人間は、温かさを手に入れ欲望を満たした。

 そんなある日、狩りが思うようにいかず、何日も食べ物を食べられていないことがあった。狩りをしようにも体に力がはいらない。 

 そんな人間をみて、ある動物が近寄ってきた。

 人間はその動物を力ない目で見つめる。するとその動物が近くにあった狩りの道具を手の上に置き、自らの首をその道具のそばにそっと伏せた。

 人間は、涙を浮かべながら最後の力を使ってその動物の命を、自分の命へと変えることができた。

 その出来事が遠く忘れ去られたころ、人間が狩りに行くと獲物を見つけた。身を低くして獲物に見つからないよう近づいていこうとした時、視界の隅からものすごい勢いで獲物に飛びかかる動物に先を越されてしまった。

 その瞬間、人間には嫌な感じがした。見つけた獲物を別の動物が食べている。だが、人間もそれを食べたかった。すると人間は身を隠したまま別の獲物に狙いを定め、一気に仕留めにかかる。

 狩りは成功した。


 人間は、初めて生きるために食べること以外の目的で動物を殺した。そしてそれを見ていた周りの動物たちは、悲しそうに人間を見ていた。

 それからというもの、人間はいろんなものを欲しがり、そのために動物を殺し始めた。

 鮮やかな動物に見惚れたかと思えば、その動物の命を奪い、食べることも感謝することもなく欲しいものだけ器用に持ち去って亡骸を放っておくようになった。

 人間を見守っていた動物たちは、悲しかった。けれど、それがどうしても欲しいのだろう。それならば…と与えていた。

 次第に人間の欲望は、野生動物たちには手が付けられなくなってしまった。美しい自然も破壊しはじめ、野生動物たちは住処を追いやられ始めてしまった。

 そして動物たちは、自分たちの環境を追いやられその動物では生存もままならないような環境に身を置くと、1匹また1匹と数を減らしていった。

 動物を見かけなくなった頃、人間にも限界が来ていた。好きなだけ自由に自然を壊し、欲しいものを手に入れ、食べたいだけ食べていたが、それをくれた存在がいなくなっている。

 ここにきてやっと人間は我に返ったが、もう遅かったのかもしれない。

 見守っていた動物たちも、寒くて命を失いそうになった時に助けてくれた動物も、餓死から助けてくれた動物も、雨に濡れて震えていた時に雨をよけてくれた植物も、人間の周りには何もなかった。

 代わりにあるのは、昔とは打って変わってしまった自然と、変わり果てた動物を身にまとった自分だった。

 食料も底をつき、水も干からびてきたころ、人間はまた昔のように狩りへと出かけた。

 昔は綺麗な自然だった場所も、今では太陽が照り付け、地面は裸足ではつらいほど熱い。

 しかし、日が傾くまで歩けども動物はおろか、昆虫すら見つけることはできなかった。周りを見ても水はなく、食料にできるような植物も見当たらない。

 徐々に弱っていく体に鞭を打って歩くも、ついに力尽き倒れこんで、死を目前に空を仰ぐと、まん丸い大きな月が見えた。

 これが最後に見る景色かもしれない。そう人間は思ったのかもしれない。

 ふと、あの時のことがよみがえる。狩りが思うようにうまくいかず、倒れこんだ時も仰向けだった。視界の隅に見える大きな動物が、ゴトッと掌に狩りの道具を落としてくれた。

 顔を横に向けると、普段ではありえないような無防備な状態の動物が目を閉じてじっとしている。再び人間が仰向けになると、懐かしい自然が涙で霞んでいた。

 手を握りしめ起き上がり、その動物が苦しむ前に人間なりの方法で命をもらったこと。

 また再び顔を横に向けると、またあの動物がいた気がした。

 人間はそっと目を閉じると、はるかにたくさんの存在に助けられていたと気付くのであった。

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