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【第14話】保育者としての私②

研修でインタビューシートの質問項目を読んだ時、順子は保育者を目指した時のことを思い出していた。

順子は長女で5歳下の弟がいる。順子は年の離れた弟の世話をするのが好きだった。叔母が幼稚園の先生をしていて、小学生の順子は時折、行事の手伝いに行くことがあった。小さな子どもたちから、「じゅんこせんせい」と呼ばれることに、くすぐったさと、頼られている嬉しさを感じた。

高校で進路希望を提出する時には、迷わず「幼稚園教諭、保育士」と書いた。保育者養成の短大に入学してからは、朝から夕方まで授業があり、課題の提出などで忙しかったが、目標に向かって一歩ずつ進んでいるという感覚があり充実した毎日を過ごしていた。


短大1年生の夏休みは、現場での実習はなかったため、順子は公立の保育園でアルバイトをすることにした。アルバイトの初日、日差しは強くうだるような暑さであったが、保育園に行く道で、順子の足取りは軽く、ウキウキしながら半ばスキップのように歩いていた。この1ヶ月のアルバイトで、どんな子どもとの出会いがあるのか、楽しみで仕方なかったのだ。また、入学して4ヶ月しか経っていなかったが、自分の学んだことを生かして、一人の保育者として子どもたちに関わりたいと考えていた。

ところが、順子は思いがけずこの夏に、保育者として自信の喪失を経験することになる。


アルバイト開始前に、保育園で園長から仕事の説明を受けた。順子は3・4・5歳児のクラスに補助として入ることになった。

しかし初日に園長から手渡された勤務表では、一ヶ月の8割弱の日数は5歳児クラスに入ることになっていた。


5歳児クラスには、瑠璃(るり)という自閉傾向のある女の子がいて、特別な支援を必要としていた。

順子は障害のある子どもへの支援について、授業で学んで履いたが、直接関わることは初めてだったので戸惑う場面も多かった。担任の先生からは、決まった時間に瑠璃をトイレに連れて行くように言われていた。自分で尿意を感じて自らトイレに行くことが難しいためだという。


瑠璃をトイレに連れて行くと、自分でズボンとパンツを下ろした。どうやら習慣になっているらしい。便座に座ると少量の尿が出て、用を足すことができた。自分でレバーを押して水を流すが、水を流すのが好きなのか、繰り返しレバーを押して水が流れるのを眺めている。

「瑠璃ちゃん、もう流れたから大丈夫だよ。手を洗いに行こう」

と順子は促すが、瑠璃はその場を離れようとしない。

他の先生が今の自分を見たらどう評価するだろう。保育者として未熟なのは仕方ないが、適性がないと思われたらどうしよう。そんな思いが順子に思い浮かんだ。

「瑠璃ちゃん、行こう!」

順子は瑠璃の手を引っ張って連れて行こうとしたが、瑠璃はトイレットペーパーをちぎって流し始めた。瑠璃にとってはこの行動も遊びであったのだが、順子にはその面白さが理解できない。水とトイレットペーパーの無駄遣いをしていることに焦りを感じ、何もできない自分に無力感をいだきながらその場にたたずんでいた。

「ストーリーで読むファシリテーション 保育リーダーの挑戦」一覧はこちら
https://note.com/hoikufa/m/mdab778217cb1

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