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【第35話】油井園長の葛藤③

それから油井は、これまで順子とともに取り組んできた様々な取り組みを話した。とにかく職員が辞めないように、人間関係を考慮して人員配置を工夫したこと。仕事に負担を感じないように、極力職員に新しい仕事を振らないようにしたこと・・・。


「そうですか。お二人とも色々と職員に配慮されてきたのですね」

栗田の傾聴の姿勢が、徐々に油井を饒舌にした。

「そうなんです。どの先生もとても優しいので、子どもたちは安心して生活できていると思います。ただ・・・」

「ただ?」

「・・・先生たちは一生懸命やっていると思いますが、子どもの要求や現状に応えられているかということが以前から課題だと思っているのです」

「・・・子どもの要求や現状に応えられていないと・・・。もう少しそのことについて詳しく教えていただけますか?」

「はい・・・。何と言えば良いのでしょうか・・・。たとえば、保育環境なのですが、もう少し保育者が自ら考えて環境をつくって欲しいと思っているのです。どうしたら子どもたちが遊びに没頭できるか、どうしたら遊びが発展するのか。そういったことを考えながら環境をつくって欲しいのですが・・・。なかなか環境を変えようとしないので、私が保育に入ったときには、代わりに環境をつくるんです。でもなかなか、先生たちは環境による保育に取り組もうとしなくて・・・」

「なるほど。園の保育において、養護的側面は充分であるように感じているけれども、教育的側面が不十分だということでしょうか。そして園長先生が率先して動いて、現場の先生方が保育環境の大切さに気づけるようにしている、ということですね?」

「その通りです。1歳児クラス担当の新人の先生が・・・まだ経験が浅いということもあるのでしょうけど・・・ある時、室内用の玩具を買ってほしいと言ってきたことがありました」

「室内用の玩具が欲しいと」

「そうです。それで、どうしてその玩具が欲しいのか、と尋ねたのですが、返ってきた言葉は『たくさん玩具があればたくさん遊べると思って』だったのです」


栗田は、油井園長が淡々と話をすることが気になっていた。これだけ長い間話を聴いているのに、油井園長の話は事実の説明のみで、一向に感情を表す言葉が現れないのだ。

油井園長が何を感じているのか、どう受け止めているのかを聴きたくなって、栗田は特に感情に焦点を当てて対話をするようにした。


「つまり、子どもの興味や関心、育ちから環境を考えていないことを残念に感じたのですね?」

「そう、そうなんです。でもどうやら、日々の保育の様子を観察してみると、その新人保育者だけではなく、経験のあるベテランも、子どもの発達を促したり、遊びを深めたりといった関わりが見られなくて・・・」

「なるほど。あまり教育的な側面の関わりが見られなかったと・・・。そのことに気づくと、園長先生としては焦りも感じられたでしょうね」

「そうですね・・・。保護者の期待に応えられないという焦りを感じました。同時に、もったいないとも思ったんです」

「もったいない?」

「ええ。やっぱり保育者も楽しんで保育をして欲しいなと思いました。それに、保育者が楽しく過ごすことができれば、子どももワクワクや感動も味わえないと思いますから」

「園長先生ご自身は、保育者が保育を楽しむことが、子どもが楽しむことにつながると考えていらっしゃるのですね?」

「私は保育者としてだけではなく、親としても子どもに関わってきましたから、それについては断言できます」


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https://note.com/hoikufa/m/mdab778217cb1

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