ヒア カムズ ザ サン《Here Comes The Sun》 【掌編】
「原田知世が《Here Comes The Sun》歌ってるの観た? 先週NHKでやってたやつ。伊藤ゴローのアレンジで最高なんだよ」
「《Here Comes The Sun》か。私たちも演ったね。知らなかった。観たかったなあ」
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キーボードを売りにきた清香は、リサイクルショップで働く僕に驚いた。
「もしかして、もしかして恵司? なんでいるの? 戻ってきたの?」
「コロナ禍で色々あってね。父親の実家に住んで、去年からここで働いてるんだ」
彼女が持ってきたキーボードには、音階が書かれたシールが貼ってあって、その字もカスれてしまっている。
「…子どもが弾いてたんだね」
「うん、もう弾かないっていうの。うちも手狭になってきたし、売ることにしたの。ごめんね、シールも貼ったままだね。そう言えば、このキーボード、そもそもは恵司たちとバンドやるために買ったんだよね」
音楽の趣味がちょっと大人びていた僕らは、中学時代、ビートルズのカバーバンドをやっていて、一度だけ学園祭で演奏した。ドラマーとベースは、テレビによく出ているビジュアル系バンド好きだったけど、なんとか誘ってバンドの形になった。
「こんな古いの値段つかないかもしれないけど、まだ普通に動くから、捨てるのはもったいなくて」
僕は、値付けの表を確認したりしながら、店内に流れる有線の音量を少し下げた。清香は、今も、音楽が好きなんだろうか。
「原田知世が《Here Comes The Sun》歌ってるの観た? 先週NHKでやってたやつ。伊藤ゴローのアレンジで最高なんだよ」
「《Here Comes The Sun》か。私たちも演ったね。知らなかった。観たかったなあ。ビートルズの最後の新曲っていうのは、聴いたよ。まさか、新曲が聴けるなんてね。その前の新曲は、出たときに、恵司と一緒に聴いたね。何だっけ?」
「《Free as a Bird》 なんと27年前!」
「そうそう。若い時の4人が街を歩いてるみたいなPVだったね。PVに関しては、今回の方が絶対いいね。」
「なんか、色々、意味深。その原田知世さんの《Here Comes The Sun》は、出たばっかりのカバーアルバムに入ってるんだけどさ、その選曲がさ、当時、僕が清香に選曲して渡したMDみたいな選曲なの。《Daydream Believer》とか《Close To You》とか、ジェニ・ミッチェルの《Both Sides Now》とかさ。琴線に触られまくりでさ、誰かにこの選曲の話をしたいなあって思っていたら、まさか清香が目の前に現れるんだもん」
「うん。びっくり。そのMD、まだ持ってるかも。プレイヤーはもうないけど。なんか約27年ぶりにちゃんと話す相手と話す内容じゃなくて、面白いね。変わってないね。ねえ、悪いんだけど、そのキーボードとのお別れに、《Here Comes The Sun》を弾かせてくれない」
僕は、キーボードをセットしてスピーカーに繋げた。清香が《Here Comes The Sun》を弾き始めた。
演奏している清香の手元を見る。長い指の美しい手は、指輪をしてなかった。
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