運命を信じてみたくなった夜
''1缶飲んでいくか〜''
締め作業を終えた先輩が、わたしが1番欲しかった言葉をくれた。
19:30
退勤時間を過ぎても、お客様が引かない。同じ時間に上がるはずだった先輩が早退していたので、わたしが残ることに。
でも今ではそれも、すべてこの夜のためだったと思える。
20:00
閉店
先輩は、今月残業時間がかなり多いらしく、''急いで帰らなきゃ…!''とバタバタとレジを締めていた。
わたしもできることを手伝う。
20:05
脅威のスピードで締め作業を終えたわたしたちは職場を出た。
本社の方の送別会に参加しなければならないという先輩。
''さすがに早く着きすぎたら怪しまれそう''
''お散歩しますか?''
''1缶飲んでいくか〜''
都合のいいわたしは、''この時間を作るために急いでたのかな〜ふふ''と心の中で微笑んだ。
飲みながら、お互いの恋人(元恋人)の話をした。
先輩は、いつになくたくさん話をしてくれた。
''本当は3月には関係を終わらせるはずだったんだよね''
初めて聞く話もたくさんあった。
どんなに丁寧に言葉を紡いでも、相手には届かないこと。
我慢しないで不満があるなら言ってほしい自分と、溜め込んで爆発するタイプの相手。
きっかけがあればいつでも終われたけれど、それができずに時間だけが過ぎていること。
まるで、わたしと元恋人のようだな〜と聞いていてびっくりしちゃった。
側にある映画館が煌々と輝いている。
''仕事終わりに映画とかも観たいんですよね〜''
''あ〜わかる。それ最高だよね''
''でも情報に疎いから観たい映画が無いんですよ(笑)''
''うわ〜めっちゃわかる(笑)一回行けば、予告も観られるし流れができるんだけどね〜
でもスラムダンクは3回観たよ''
''え!わたしも3回観ました。あれは映画館で観ないとだめですよね〜!
でも3回目の時、最後の静寂のシーンで隣のおばさまが「あら…」って言ったんですよー!もう台無し!(笑)''
''え、待って。同じ映画館で観てた?ってくらい同じだわ!(笑)''
先輩の表情を見た限り、嘘ではなさそうだった。
今でもその瞬間の先輩の顔を鮮明に思い出せる。
わたしの気持ちが、より確かなものに変わった瞬間だった。
楽しい時間はあっという間。
いつもは反対方向の電車に乗る先輩とわたしだけれど、今夜は同じ方向だった。
袖壁とポールの隙間の2席に腰掛ける。
なんとなく、いつもの電車よりも幅が狭い気がした。
先輩との距離が近い。
''場所がわからないんだよね〜''
とマップを開く先輩。
''どこですか?''
覗き込んだ拍子に、肩と肩が触れた。
触れない距離感を保っていたのに。
鼓動が少しだけ早くなる。
わたしが乗り換える場所と、先輩が向かうお店が近くだったので歩いて向かった。
''他の人(男の人)とは、2人では飲まないんだよね〜失礼ながら、hnさんだけ気を遣わずに誘っちゃう(笑)''
''あ〜失礼ながらわたしも先輩のことは気を遣わず誘ってます(笑)
○○さんたちとは、何話せばいいかわからなくて。楽しんでもらえるかな、って考えちゃいます。''
''え、めっちゃわかる。○○くんたちに楽しんでもらえる自信がないよね''
''その点、先輩には何話しても大丈夫だなーって思ってるので(笑)''
''俺も楽しいからね(笑)''
話しているうちに、乗り換えの場所に到着。
''一緒に行ける飲み会だったら良かったんだけどね、、また明日!''
お互いに手を振り合って別れた。
元恋人には、何度話してもあまり理解してもらえなかったわたしの価値観も
彼ならわかってくれる気がする。
彼といる時のわたしは自然体。
''これを言ったらどう思われるかな?''と心配になることが一つもない。
心を委ねて会話ができる。
そして、話をすればかなりの確率で
''わかる!''という言葉が返ってくる。
この安心感、心地良さは、親友たちに感じるそれに近い。
彼は確実に、わたしにとって大切な存在だ。
もちろん、彼と恋人の関係は
わたしの想像には及ばないほど尊いもので
簡単に壊せるものではない。
そしてわたしに出来ることは
何一つないのもわかっている。
わたしは、わたしらしく。
今はただ、彼と過ごせる幸せな時間を目一杯に愛していよう。
運命だって、あるんじゃないかなと信じてみたくなった夜だった。
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