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どこかにマイルで長崎に行った話

【JALのマイル交換特典で長崎を旅してきた報告をしているだけの雑文】

 JALの「どこかにマイル」をご存じだろうか。
 貯まったマイルの交換特典である。

 6000マイルで往復分の国内航空券が貰える、という制度なのだが、ポイントは「行き先を選べない」代わりに「通常の約半分のマイル数で飛行機に乗れる」という点である。要するにお得な旅ガチャである。
 行き先を選べないといっても、厳密には、JAL側が提示した4つの行き先の中からランダムにどれかが選ばれるという形式である。そして選択範囲たる4つの行き先は、納得できるまでシャッフルが可能だ。興味のない場所へ飛ばされてしまうリスクは、実はそれほど高くない。

 JALのマイルを貯めはじめてしばらく経つが、6000というまとまったマイルが貯まったのは初めてのことであった。のみならず、一部は失効期限が近い。ならば断然、早く使ってしまったほうが得である。
 ――やってみるか、どこかにマイル。

 数度のシャッフルの末に私が選んだ4択は、「宮崎」「長崎」「熊本」「花巻」だった。
 そして申し込み後、JALの指定した行き先は――長崎。

 前置きが長くなったが、こうして私は、長崎へ一人旅に出ることになった。

 長崎といえば、個人的な思い出の地である。
 大学1年生の夏、初めて友人同士だけで旅行をした、その行き先が長崎だった。もう15年も前の話である。当時は飛行機ではなく、新幹線と特急電車を利用した。

 15年ぶりの長崎。
 そして、初めての長崎空港。
 飛行機から見る長崎は、海と島と入り組んだ海岸線でできていて、見慣れた関西の景色とは随分と違っていた。

 宿に直行して荷物を預けたのが昼前のことであった。まずは早めに昼食を摂ることにする。卓袱しっぽく料理なるものを食べてみたかったのだが、もう少し手頃に長崎を楽しめるお店があると知って行ってみた。眼鏡橋のそばの、「花ござ」である。島原風の「具雑煮」がいただける。

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 スタンダードなランチセットにするつもりだったのだが、気がついたらお刺身つきの豪勢なセットを注文していた。が、これが大正解である。お刺身がめちゃくちゃおいしかった。さすが北海道に次ぐ海岸線の長さを誇る県である。というか、面積が20倍くらい違うのに海岸線の長さがほとんど変わらないって凄すぎないか長崎県。そういえば、長崎のものはなんでも甘いと聞いていたが、醤油まで甘かったのは衝撃であった。

 眼鏡橋を写真に収め、坂を上り下りし、次に向かったのは――軍艦島クルーズである。
 ここが1日目のメインイベントだった。15年前には行かなかった、完全に未知の世界である。そもそも当時は島への上陸自体が許可されていなかったようだ。
 あいにくと天候に恵まれず上陸は叶わなかったのだが、それでも充分満足できる経験となった。

 風を切って走る船。日射しは強いが、風のおかげで下手な冷房よりも涼しい。
 空と海。遠くに近くに見える船。
 軍艦島に至るまでにも立ち並ぶ、様々な文化遺産や見どころ。
 島の歴史。
 軍艦島の正式名称は端島はしまというそうである。炭鉱のためにつくられた、人工の島だ。
 ガイドさんが大変に話の上手な方で、耳を奪われてしまう。プロの話しぶりというのは心地よいものである。
 接近して、軍艦島に残る建物群を見た。
 あるいは少し離れて島の全景を見た。
 人の手で作られ、そして今となっては役目を終えた島。

「今日が、いちばん新しい軍艦島です。写真にも収めていただきたいですが、よく見てみなさんの記憶に残してください」

 ガイドさんの言葉を聞いて、改めて島の全景を眺める。なんだか無性に切ないような気持ちになる。そんな感想を得るとは想定外だった。
 上陸は、確かにできなかった。
 でも、良いものを見た。間違いなく、そう断言できるクルーズだった。

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 時刻は夕方。
 早めの夕食を摂る前に、ホテルへのチェックインを済ませることにした。
 ここでちょっとした驚きがあった。記帳をしようとしたところ、そこには既に、私の名前と住所が記載されていた。今の住まいではない。実家の住所である。――なんと、15年前に宿泊したのと同じホテルを選択していたらしい。完全に偶然である。
 もしかしたらそうかもしれない、とは薄々思っていたのだが、まさかこんな形で答え合わせがなされるとは思わず、ついフロントのお姉さんに話しかけてしまった。それにしても、15年前の宿泊者情報が残っているとは侮れないものである。

 さて、夕食である。
 長崎といえばやはりちゃんぽんは外せないだろう。新地中華街の有名店「京華園」でちゃんぽんを食べることにした。
 これがまた、おいしい。
 特にスープがおいしかった。コクがあるのに適度にあっさりしていてするする飲めてしまう。具や麺を食べ終わってしまったあとも、何度もスープを飲み進めてしまった。行儀の悪さには目を瞑っていただきたい。汗をかいたあとだから余計に塩分が恋しかったのかもしれない。

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 ちゃんぽんを食べながらグーグルマップを眺めていて、ふと気がついた。
 ――出島が近い。

 もともと、夕食を食べたあとには適当にお土産を物色してからホテルに戻るつもりだった。ホテルでゆっくりお酒でも飲みながら旅行記を書こう、と。
 ただ、この時点で18時前である。外はまだ明るく、控える夜は長い。
 出島は21時まで開いているらしい。
 行くか、出島。

 出島。出島和蘭商館跡。国指定史跡である。
 思い立って足を伸ばした施設は思いのほか立派な構えをしていた。スタッフの方に尋ねると、お土産屋さんなど一部の店舗は閉店しているが、資料館はおおむね見ることができるとのこと。この時間なら混まずに見られるだろうと踏んで、入館した。

 当時の建物を復元した施設が立ち並ぶさまは壮観だった。中に展示されているのはレプリカや、復元の経緯の説明、陶磁器などの出土品である。博物館に飾られている重要文化財などと違って、割れたり欠けたりしている品が多かったのだが、なんというか、生活感のようなものを感じて妙におかしくなった。キャプションが充実しており読み応えもあった。

 だいたい1時間くらいで全部回れますよ、とスタッフさんに聞いていたのだが、たっぷり1時間半は居座っていた。その間に空が夕焼けに染まり、うっすらと夜に暮れていった。
 時間帯のおかげか人通りも少ない。
 はからずも、随分と贅沢な景色を堪能できてしまった。

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 ホテルへの帰路、もういちど新地中華街に寄った。辛うじて開いていたお店で角煮まんじゅうを買う。しっかり歩いたのだから、小腹も空こうというものである。もちろんお酒も買った。ほろよいでご機嫌である。

 そうして、長崎の夜が更けた。

 さて、2日めである。
 調子に乗って朝食を食べすぎた。バイキングがおいしいのが悪いのである。

 朝も早くから向かったのはグラバー園である。なんと朝8時から開いているそうで、私が到着したのも8時半頃のことだった。

 今回の旅でいちばん「懐かしい」と感じた場所はここであった。見覚えのある建物や展示がたくさんある。15年前に撮った写真のデータを掘ったら、たぶん今回の写真と似たようなものが山ほど出てくるだろう。比べてみたら面白いかもしれない。
 歩き回って汗だくになったところでちゃっかりとミルクセーキをいただいた。長崎名物である。

 グラバー園でどうしてもやってみたかったことがある。レトロ写真館での衣装体験である。
 一度くらい、綺麗なドレスを着てみたい。そんなささやかな願望を、ささやかに叶えられるのではないかと思ったのである。
 ひとりでも大丈夫ですか? と恐る恐るスタッフさんに尋ねたところ、意外といらっしゃいますよと歓迎してくれた。しかも、手が空いているとのことで、あちこちのスポットで撮影までしてくれた。
 青いドレスに小さな帽子。スカートもちゃんと膨らんでいる。
 私ってば、なかなか可愛いではないか。
 実を言うと直前まで散々迷っていたのだが、行って良かったと思う。本当に。

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 写真データを眺めてうきうきしたところで、次に向かったのは大浦天主堂である。グラバー園から10分も歩けばすぐである。

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 入口のマリア像を見上げ、そして自然に頭を下げた。いつも神社でそうしているように。
 荘厳なステンドグラス。
 静かな聖堂。
 そして、信仰の告白がなされたというマリア像。録音の音声でその際のエピソードが語られていたのだが、この物語がいかに重いものだったか、あとに続く資料館で思い知らされることになる。

 天主堂を見学したあと、順路はキリシタン博物館という資料館へ続いていた。これが想像以上のボリュームだった。キャプションや資料の文字数が半端ではない。というかグラバー園にも出島にも軍艦島にもそんな印象があった。観光地というのはそういうものなのだろうか。
 キリシタン迫害、という史実は、教科書で眺めた程度には知っていた。けれど実際に殉教者の名前や年齢を目の当たりにしてみると、迫害という言葉の重みを突きつけられたような思いになる。
 そういう町で、そういう場所だったのだ――と。

 午後は長崎県美術館に行く予定だったので、その隣の出島ワーフ内にある「アティック」というお店でランチを摂った。ここまできたら当然、トルコライスである。大人のお子様ランチ万歳。

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 さて、この美術館が旅の締めである。
 実は「どこかにマイル」で旅先の4択を絞る際の基準に、「近場の美術館が面白そうな展示をやっている」を据えていた。長崎県美術館で開催されていたのは、「アーノルド・ローベル展」。絵本「がまくんとかえるくん」の作者の展示である。その絵本自体に思い入れがあるわけではなかったのだが、むしろそういうジャンルにも触れられるのが美術館の良いところだ。絵本づくりの過程にも触れられて、なかなか楽しめた。
 小企画展の前田ひとし展も良かった。居並ぶendlessシリーズを前にして呼吸が詰まりそうになった。なんというか、私は狂気を感じる作品が好きなのである。

 長崎県美術館は建築も魅力的だ。隈研吾が手がけた建物だそうである。運河の両岸を繋ぐ硝子張りの通路が特徴だ。私はこういう建築に弱い。とっても。

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 展示と建物をたっぷり堪能して、いよいよ帰路につく。

 ところで、私は空港のレストランというのは侮れないものだと思っている。滞在中に巧く捻じ込めなかったご当地グルメがある場合、大抵空港レストランで取り扱いがある。
 そんなわけで、旅の締めは空港での五島うどんと相成った。余談だが、私は3月に群馬を旅行しており、そのときに水沢うどんを味わっている。三大うどんの決着をつけようというわけではないのだが――三大うどんといえば讃岐、稲庭、あとひとつは水沢だったり五島だったりするそうである――はからずも短期間で制覇するに至った。
 五島うどんはもちろんおいしかった。甲乙つけがたいほどに。

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 お土産を買い込んだ。私には珍しく、ご当地銘菓といわれるものが中心になったのだが、たぶんこれは15年前の記憶のせいだ。当時はまだガラケーで、旅のお供といえばガイドブックという時代である。そういう本では大抵定番の銘菓を紹介しているし、初めての旅とあれば私もそれを買ったはずである。カステラに、びわゼリーに、一○香いっこっこう

 そうだ。単純な話で、私はこの旅が懐かしかったのだ。
 ホテルのロビーも、中華街の門も、路面電車も、グラバー園の調度品も。当時買ったステンドグラスのストラップは、金具が壊れるまで大事につけていたっけ。

 偶然に偶然が重なった、タイムスリップのような旅だった。

 太陽が、飛行機の後ろに去っていく。関西とは呼んでも、長崎に比べればずっと東の土地である。

 ありがとう長崎。
 またいつか。

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