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家と妖精の話【掌編小説】

【架空世界のエッセイストになった気分で書いてみただけの掌編その2】

 先日、「架空世界のエッセイスト」になった気分で掌編小説を書いた。

 これが好評だったので味をしめ、第2弾を書いてみることにした。
 今回のお題は「同級生の家にいた妖精の思い出」――である。お題をくれた友人に感謝。

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 同級生の家には妖精がいた。

 街中ではときどき見かけるが、住みついて同居しているという話は聞いたことがない。
 古い家だからね、と彼女は笑った。どうやら妖精というのは場所にこだわるものらしい。確かに彼女の家は、昔ながらの古い一軒家だった。聞けば、祖父母の代から同じ家に住み続けているのだとか。それでも妖精の側にしてみれば、自分たちのほうが軒先を貸してやった気分でいるらしい。
 遡れないくらいの昔から同じ場所に住んでいる妖精もいれば、最近隣町からやってきて迷子になっている妖精もいる。例えばスーパーの片隅や信号機の上で遊んでいるあの妖精たちにも、どこかに帰る家があるのだろうか。

 私と彼女は中学で出会った。厳密に言うと小学校も同じだったのだが、親しくなったのは中学時代だ。隣の席の人と自己紹介をしましょう、と言われた最初のホームルーム。宜しくお願いします、と、最初に挨拶した相手が彼女だった。
 小学校が同じとはいえそれまで話したこともなかったのだが、蓋を開けてみると、私たちは思いがけず気が合った。運動が苦手で本が好き。四六時中一緒にいるわけではないけれど、昼休みにおすすめの本を紹介しあっては、面白かったとかあっちのほうが好きだとか、お弁当そっちのけで花を咲かせていた。
 いつの頃からか、定期テスト前は一緒に勉強する習慣になっていた。私は数学が得意で、彼女は英語が得意。利害が一致したわけである。
 二学期の中間テスト前。その日は彼女の家で勉強していた。英単語がなかなか覚えられず苦戦していた私の視界の隅を、なにかがふいと横切った。
 私は顔を上げた。
 くりくりとした眼が、私を見つめていた。
「……妖精?」
 私はきょとんと呟いた。どこから入ってきたのだろう、と思った。妖精というのは外で見るものだ。例えば、雀みたいに。
「うちに住んでるんだよ」
 彼女がこともなげに言う。
「住んでる? 妖精が?」
「もともと妖精が住んでたところに家を建てたんだって、お祖父ちゃんが言ってた」
 へえ、と私は声をあげた。そういうこともあるのか。知らなかった。
 妖精は警戒しているのか、ぬいぐるみの陰からこちらをじっと見つめている。にこりと笑いかけて手を振ってみたが、相手は険しい表情のままだった。
「あんまり愛想良くないから諦めたほうが良いよ」
 彼女は笑ってジュースを飲んだ。私は肩をすくめ、再び問題集に挑むことにした。
 四苦八苦しながら和文英訳問題を解いていると、――ぽたり。ページの隅に白いインクが落ちた。
 顔を上げる、までもなく、真横に妖精が浮いていた。
 小さな身体で抱えるように、修正ペンを持っている。いったいなにをどうしたものか、器用にもインクを絞り出して、一滴だけ私の問題集に垂らしたらしかった。
 妖精はまるい眼で私を見て、それから、きゃらきゃらと笑った。修正ペンを派手に落として、部屋の外へ飛んでいった。
 あっという間の出来事だった。
 問題集の隅っこに、インクの白い花が咲いている。これが赤ペンや絵の具でなくて良かったなぁ、と思う。拭けば大して目立たないし、速乾だし。
 彼女が吹き出した。
「気に入られたね」

 ――子供の頃の出来事を、突然思い出した。

 あれからもう二十年以上が経つ。彼女は元気にしているだろうか。それからあの妖精は。
 彼女の実家が引っ越したという話は聞いていない。きっとあの妖精は、今も無邪気に家の中を飛び回っているのだろう。たぶん、家より妖精のほうが長く生きるはずだから。
 私はといえば、引越の真っ最中である。旧居はすっかり空にして、新居がもうすぐそこに見えていた。引越業者のトラックも、まもなく到着するだろう。
 古いマンションを購入し、リノベーションして住むことに決めたのだ。工事は無事に完了し、いよいよ今日から、新しい生活が始まる。
 室内に足を踏み入れる。日当たりの良いリビング。こだわりのキッチン。小さな部屋は二つ繋げて、なるべく広くなるようにした。まだがらんとして殺風景だが、家具が並べば様になるだろう。家族は明日合流する。それまでに、できることはしておかないと。
 窓を開けようとして、ふと、視線を落とす。熟慮の末に選んだお気に入りのフローリング。その上にぱらぱらと、野の花が落ちていた。
 首を傾げる。傾げたまま、窓を開けた。
 ふわりと、爽やかな風。
 ベランダの隅に、小さな妖精が座っていた。
 待っていたとばかりに、私を見ている。どこで集めてきたのか、花や草をブーケのように束ねている。尖った耳が、得意げにぴくぴくと動いた。
 私はしばらく妖精を見た。
 ――なるほど。つまり私たちは、この子の家にお邪魔したわけだ。
「よろしく」
 微笑みかけると、妖精はにっこりと笑った。

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