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箒を乗り替えた話【掌編小説】

【架空世界のエッセイストになった気分で書いてみただけの掌編】

「架空世界のエッセイスト的な設定で書いてほしい。昔ながらのほうきから最新式に乗り替えたら意外と良かった話とか」

 友人にそんなことを言われ、創作心に火がついた。
 面白い、やってみようじゃないか。

 そんなわけで書きはじめた掌編小説である。

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 箒が遂に壊れた。

 遂にというと語弊があるかもしれない。思い返せば確かに、最近箒を触っていなかった。出かけるときには大抵歩いていたし、遠出するなら電車である。箒も確かに便利なのだが、日射しの強い昨今、日傘が差せないのは少々痛い。差しながら飛ぶ器用な人もいるにはいるが、私には到底無理だ。風に煽られて傘を飛ばす未来しか見えない。この前も、空から傘が降ってきたとかいってSNSが炎上していた。いっそのこと傘で飛べたら便利なのだが、技術はそこまで進歩していないらしい。第一、傘などで飛んだら腕が疲れてしまいそうだ。やはり箒が良い。座れるし、慣れてしまえば座り心地も悪くない。

 箒の手入れも怠っていた。
 先日久しぶりに使おうとしたところ、玄関先で少しだけ浮き、ぷすんと鳴ってそれきり沈黙された。
 点検すると、穂が随分乱れている。いたところ大量に藁が抜けた。しまった、オイルを塗らないといけなかったのにすっかり忘れていた。
 後悔してももう遅い。
 心なしか痩せてしまった箒は、もう乗り物としての用を成さなくなっていた。悔しいが、掃除に使うしかない。ぽてぽてと飛んでいた頃の姿を思い出し、申し訳ないような気持ちになる。

 さて、どうしたものか。
 これまでほとんど使っていなかったのだから、急いで新調する必要もなかったのだが、ないならないで気になるものである。やっぱりあの身軽さは捨てがたい。電車に乗れば大抵の場所に行けるが、こと高層ビルへのアクセスとなると箒がいちばんだ。ビルの屋上にはたいてい箒置き場が整備されている。都会では公共交通機関が幅を利かせるのが常だったが、箒に関しては例外といえた。都会でも田舎でも、それぞれに愛用されている。

 次の休日、私は箒を見に出かけた。ショッピングモールで気軽に選んでも良かったのだが、せっかくだからと足を伸ばして専門店に向かう。
 いらっしゃいませと店員が微笑みかけてくる。私は会釈をして、店内を見回した。さすが専門店、充実の品揃え。

 少し古いモデルが割引されているなと思ったら、私の箒より3代も新しい型だった。どんな旧型を抱え込んでいたのだ、私は。それは壊れるはずである。
 私はその旧型を眺めた。このラインナップの中では古い型で、だからこその割引対象である。それでも、今の箒より3代も新しい。充分ではないか。ずんぐりした穂は愛嬌があって好きだし、太めの柄は座りやすい。少し硬いのがネックだが、そもそも箒とはそういうものである。値札を見ると思ったより安かった。

 他も見てみるかと振り向くと、一本の箒と眼が合った。

 すんなりと細いが、穂がたっぷりとしていて可愛らしい。穂を束ねた部分の膨らみが、私の旧型に似て愛嬌があった。淡めの色合いも好みであった。
 見れば最新型である。といってもエントリーモデルだ。新しい分値は張るが、思ったより安い。言うなれば、そう、私の予算に少しだけ足したくらいである。

 いつの間にか店員が傍に居て、試乗できますよ、と教えてくれた。私はこくりと頷いた。
 箒を手に取って、店先の試乗スペースに移動する。
 箒に跨がる。思ったよりやわらかく感じた。ニットのカバーを巻かなくても良さそうだ。座り心地を確かめながら、飛んでみる。店の屋根くらいの高さまで上がって、そのままくるりと一周した。試乗用の箒は、だいたい店の周辺しか飛べないようになっている。
 とても静かで落ち着いた箒だった。
 最新の技術で、どなたにも乗り心地良く使っていただけますよ。店員が微笑んだ。あれこれと機能を盛った上位機種もあるが、このモデルは、滑らかに飛ぶことを最優先にしているのだという。速度制限があるし急上昇もできないが、ビルを行き来するくらいなら充分。街中で気軽に使うにはぴったりなのだそうだ。おまけに手入れも楽らしい。オイルを使う必要がなく、梳くだけで良いそうだ。
 なにより佇まいが気に入った。

 私はその箒を買った。
 そして、乗って帰ることにした。

 ありがとうございました、と店員が挨拶する。私もありがとうございましたと返して、箒に跨がった。
 ふわりと音もなく、上昇。滑らかだ。とても良い。
 風を頬が撫でる。久しぶりの感触。下を見ると、歩行者の頭が見える。あれは練習中だろうか、子供が小さな箒でぽてぽてと浮いていた。あの飛びかたはたぶん、旧型だ。私の先代よりは新しそうだけれど。上を見ると、箒で行き交う人が見える。スピードを出している人もいるが、ほどほどが良いと思う。危ないし。
 水面を滑るように、前に進む。
 久しぶりの箒だが、お尻も痛くない。柄が細いからどうだろうかと思っていたが、快適そのものだった。
 箒の柄というのは太ければ太いほど良いと思っていたし、穂はぽってりしているほうが安定していると思っていた。だが、技術の進歩はとっくに私の認識を追い越してしまっていたようだった。
 見た目も良いし、使い心地も良い。
 やるじゃないか、最新型。

 そのうち日傘も差せるようにならないかな。
 更なる進歩を夢見ながら、少しだけ遠回りして帰ることにした。

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