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真似したつもりはないけれど、結果的にミーハー

ロックバンド「筋肉少女帯」のボーカル・大槻ケンヂさんは、40歳にしてアコギに夢中になり、弾き語り活動をスタートさせたという。楽器経験は皆無に等しかった大槻さんが、ライブハウスに立ち、大きなフェスに呼ばれ、その時期にどんな日々を送っていたのかがつづられた本「いつか春の日のどっかの町へ」を読んだ。

エッセイのようでもあり、自叙伝のようでもあり、部分的には創作(妄想?)が入り混じる私小説のようでもある作品。前に「FOK46」という題名で出版された直後に一度読んだが、今回、弾き語りライブをするにあたって新装版にあたる「いつか春の日~」を手に取った次第。

作中で大槻さんは、アコギ初心者のうちから声をかけられるままにステージに立ち、時折挫折しながらも着実に前進していく。あふれるアコギ愛、大切な友との過去や、新たな出会いなどがしっかりと表現活動に結びついていく様子もありありと分かり、いつの間に弾き語りミュージシャン・大槻ケンヂの世界に引き込まれている自分に気づく。読み味はほどよく軽快。ネタバレになるのでここに詳しくは書かないが、途中で何度か泣いた

また本書には、大槻さんが先輩ミュージシャンから授かった薫陶について触れる箇所がある。名曲「カレーライス」で知られるシンガーソングライター・遠藤賢司さんから、大槻さんは「コードとかそんなのは後でいいんだ。大事なのはまず絵を思い浮かべることだ」「その世界を思い浮かべて絵を描くつもりで弾くんだよ。歌うんだよ」と声をかけられたのだそう。これにはハッとさせられた。弾き語りに向き合う以前、前身の「FOK46」を読んだときは、さらりと読み流した部分だったのに、今回は雷に打たれたような気分。

自分も、弾き語りの練習中に『光景』がパッと脳裏に浮かぶ瞬間がある。主体的にくっきりと絵を描き出しているわけではなく、どちらかというと無意識的のうちにパッと絵が脳裏をよぎる感じ。

よく考えたら、作詞作曲するときは、光景を思い浮かべながら書いている。極太マーカーで力強くなぞるようにイメージした光景の輪郭をくっきりさせていくこともあれば、あえてボンヤリと水彩で描いた抽象画のようなイメージで曲や歌詞を書いていくことも。だったら、演奏中もそうあるべきだろう。もっと意識的に「その世界を思い浮かべて絵を描くつもりで弾く、歌う」をやらなければダメだ。実際に自分で弾き語りライブの準備をはじめてから読むと、作品から違った印象を受ける。そして作中で大槻さんが紹介している「不滅の男 エンケン 対 日本武道館」という映画も、いつか見なければ。

一方で「大槻さんほど劇的な人生を送っていない自分なんかが、弾き語りの土俵に立っていいのだろうか」とも思う。でも、それを言ったら何もできなくなっちゃうので「俺は俺の歌を歌えばいいんだ」と割り切ることにした。大槻さんも、ミュージシャンとして随所で割り切りながら歩んできたことが「いつか春の日~」にも、これまでの著書にも書かれている。だから、自分も割り切る。音楽ジャンルも、歌詞の世界観も、大槻さんと自分は全然違うのだからそれでいい。

そもそも、大槻さんからは相当な影響を受けている。筋肉少女帯、空手バカボン、特撮……、大槻さんが参加している音楽が昔から大好きだ。世界中の全音楽のなかで一番好きな曲は特撮の「ルーズ・ザ・ウェイ」。いや、いま聞くと筋肉少女帯の「冬の風鈴」も泣ける、どちらも歌詞が心に沁みる。プログレッシブロックを好きになったのも、夢野久作を読んだのも、オカルトや都市伝説が好きなのも、いつか小説を書きたいと思っていることも大槻さんの影響だ。そして、今回、大槻さんのあとを追うかのように弾き語りに挑む。なんたるミーハー。

でも「弾き語りをやろう」と思った瞬間は、大槻さんの小説「いつか春の日のどっかの町へ」も「FOK46」も意識していなかった。頭の片隅に「大槻さんも弾き語りやってたしな」という記憶があったのだろうけど。

大槻さんのように、年齢を重ねるうちにバンドではなく弾き語りでソロ活動を始めるミュージシャンは少なくない印象がある。たとえば、元スターリンの遠藤ミチロウさん。ユニコーン再始動する前の奥田民生さん。RAG FAIRの土屋礼央さんはピアノで弾き語りを。バンドにはバンドの良さがあるが、一方で、弾き語りはバンド以上に自由で、練習やライブのスケジュールも自分次第。曲の緩急も好きなようにコントロールできる。また、自分ひとりで称賛を総取りできるのも大きい。ただし、その分責任もともなう。それだけに、やり切ったときの達成感はきっと大きい(初ライブはこれからなので、全部想像だけど)。

20代の頃は、ある意味「バンド至上主義者」みたいな視野の狭い人間だったので「なんであのミュージシャンは弾き語りなんかやるんだろう?」と思うことがあったのだが、いまなら弾き語りにのめりこむミュージシャンたちの気持ちがわかる。

ただ、大槻さんのように一切楽器が弾けないところから弾き語りを始めて大舞台にまで立つケースはレアだろう。だからこそ大槻さんの小説「いつか春の日のどっかの町へ」は他にはない作品になっている。きっとまた読む。


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