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ラグビーが世界を救う

日本が南アフリカに勝った4年前、「奇跡」の乱発に踊らされて初めてラグビーに興味を持った。そしてラグビーワールドカップが日本で開催されることになった今年、「4年に一度じゃない。一生に一度だ。」とのクールなコピーに色めき立ち、襟を正して臨むことを心に決めた。お店ではパブリックビューイングを企画し、細かな情報収集もしてラグビーを思いっきり楽しむ方向に舵を切ったのである。

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東京の真ん中でバーを持つことの素晴らしさをこの期間ほど強く感じたことがあったろうか?いわゆるラグビー強豪国たるオーストラリア、イングランド、フランス、スコットランド、ウェールズ、ニュージーランドを中心に来日した多くのラグビーファンが店に寄ってくれたのだが、それぞれ熱烈でありながら品位を感じさせる素敵なお客様たちで、いくつもの温かな交流が生まれることとなった。

序盤にいらしてくれたアイルランドのご家族のことはよく憶えている。息子さんが山口県・岩国の学校で英語を教えていることもあり、お姉さま二人とご両親を合わせた一家が東京に集結して寄ってくださった。
 
「弟は先生、妹はデザイナー、母は看護師、父は弁護士なの。弟が日本に住んでるから今回はみんなで集まるいい機会だったのよ。いろんな都市で試合を観ることになってるから楽しみだわ」
 
そう語ったプロダンサーの彼女はその後も試合観戦行脚を終えてお母様と再び訪れてくださり、「最高の経験だったわ!」と眩しい笑顔を振りまいて帰っていった。

アメリカから来てくれた3人組は別の意味で忘れられない。シカゴの大学で一緒だった仲間だそうだが、そのうちのアレクシーはメキシコ出身で、スペイン語で話してみると私が住んでいたことのあるメキシコシティーの一角からわずか1キロほどのところにご実家があったことが判明して驚いた。
 
3人は翌日大分で試合観戦をする予定だと言い、「最高の寿司を食べてみたい」とのたまったのですぐに大分で一番とおぼしき店をネットで見つけて電話で予約を試みることに。「月の木」という高級店の店主と電話がつながると、「英語が得意でないのでちょっと・・・」とのお返事だったが、「言葉なんか通じなくても本物の寿司を体験したいと言っています!」と頑張ったら最後は快く受け入れてくれた。

大いに感謝されたものの、もう二度と会うことはないかもしれないと寂しく思っていたところへあの台風19号が猛襲。彼らの帰りの便は飛ばなくなり、逆に予定になかった東京滞在が一日加わることとなってまた訪れてくれた。再会を喜んで固く握手を交わしたあと、アレクシィ―は興奮を隠せない様子でこう言った。

「間違いなく人生で最高の食事だったよ!ありがとう!!」 
 
東京でホテルの空き部屋を見つけるのも難しかったと見え、メキシコ出身の幼馴染みである日本人の友人女性宅に泊まることになったそうだが、後から合流してくれたその女性と話すうち、なんとメキシコで私の上司だった方の娘と同級生だったことがわかって驚愕。もちろん私もその娘さんと何度も会ったことがあり、不思議な運命の交錯に手を合わせたくなった。
 
チェコからいらした8人は、同国のラグビー協会に関係する方々。プラハに3年住んだことがある常連さんの繋がりからいらしてくれた巨漢軍団は、桁違いの富裕層らしく、うちに来る前日は銀座で飲んで4人分の会計が100万円を超えたと言って嘆いていた。

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よく飲みよく食べる彼らと対峙すると、会話に最大の力点を置く我がバーが流行りの飲食店のような風情で忙しなく蠢き始めた。私は料理を作ることに追われ、瓶や樽やボトルが次々に空いた。

最後はみんなでチェコ語の歌まで歌って大盛り上がり!彼らはその場に居合わせた日本人のお客様を終止圧倒しながら帰路についた。「なんだかよくわからないけれど」、という前置きがなんともしっくりくるのだがw、チェコという遠い国と文化に少しだけ近づけたと思えた瞬間だった。
 
ニュージーランドからの4人は大いに店を気に入ってくださって3度もご来店。5歳の頃から一緒にラグビーをやっていたという60代半ばの幼馴染同士である。
 
「俺たちはそれぞれ仕事で世界中に散らばってるんだけど、ワールドカップの度にこうやって開催国に集まって一緒に旅をし続けてるんだ。もう何十年もそうしてきたからね」
 
自営業のお店を売却したばかりだというトニーがそう誇らしげに伝えてくれた。ラグビーのおかげで長年ご縁が続いているということ。薄くなり始めているトニーの頭髪が愛おしく思えた。
 
このキウイたち(ニュージーランド人をそう呼ぶ)と日本で類希な友情を育んだのがアイルランド出身でオーストラリアのパースに住むマーティン&イングランド出身でアメリカのテキサスに住むジョンの二人組だ。

滞在するホテルが一緒だったのはいいとして、その後もスタジアムでたまたま会ったり、大阪駅でホーム越しに遭遇したりと不思議な偶然が重なっていたそうなのだが、最終日の決勝観戦後もこのバーで一緒になる奇跡に恵まれて抱き合っていた。ズンとした立派な体躯を持つ男同志が抱き合う様には迫力がある。

彼らは意気投合して飲んでいたが、我々日本人の方へ向かってこんなことをしきりに言っていた。
 
「ワールドカップの度に開催国を訪れているが、今までのホスト国の中で日本はズバ抜けて素晴らしいよ!とにかく日本人がいい。出会った人達はみんなやさしくて、ノリがよくて、礼儀正しくて、本当に最高の人たちだった。そのことを君らは誇りに思った方がいい」
 
パースにお住まいのマーティンは日本代表の頑張りを称え、ジントニックをたらふく飲み、他のお客様にお酒を奢り、最後に私の手をガッシリと握りながらこうまくしたてた。

「Japan is such a beautiful country!! I am so glad that I decided to come this time!! (日本はなんて美しい国なんだ!今回来ることにして本当に良かったよ)」
 
酔った分を割り引いても(笑)、その言葉がなんだかとても感動的で、こちらの目頭が熱くなるのを素直に感じていた。

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敵のファン同士でも仲良く飲みながら応援できるラグビー。主審の判断を尊重しながら試合を進められるラグビー。試合の後もノーサイドの精神でお互いを称え合えるラグビー。一つのチームの中でさえ国境を超えて仲間意識を芽生えさせるラグビー・・・。
 
今回はラグビーに「してやられた」としか言いようがない。熱心なサッカーファンであるはずの私が、完全にラグビーに魅了されてしまっていることに気づいたのである。ラグビーというスポーツこそが、その精神こそが、この世界を救えるかもしれない。この世界に真の平和をもたらせるかもしれない。そんな風に思わされた熱き一カ月半。しばらくこの"ラグビーロス"に苦しめられそうだ。

(了)

*今回は日本になかなか来られない外国人の方が登場しているため影響が少ないであろうと考え、実際のお名前の通りで書かせていただきました。









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