小説「哀愁のアクエレッロ」:五章・お披露目
店の前に辿り着くと、緊張で体を強張らせながら中を覗き込んだ。そして、昨日の料理人が奥で仕事をしているのを確認し、遠慮気味にドアを押し開いた。客は例の如くほとんどいない。左手の奥に一組のカップルが静かに談笑しているだけだった。この店は値段が割高な上にロケーションがよくない。お客さんも来にくいのだろう。しかし僕は、明るくておしゃれな独特のいい雰囲気を持つこの店が好きだった。
入り口のあたりでおろおろしているうちに、かなり太った五十歳くらいのおばさんが笑顔で出迎えてくれた。よほど上半身が重いのか、歩くと体全体がゆさゆさと揺れる。そのくせ足だけはとても細く、いかにも頼りなげだった。簡単にマンガにできそうなそのユーモラスな体型は、初対面の緊張感をほどくには充分だったが、それにもまして僕の心を和ませてくれたのは、二重あごに支えられた大黒様のような笑顔だった。彼女の笑顔はすべてを悟ったかのような穏やかさと、今にも溶けて消えてしまいそうな儚さを同時に感じさせてくれるのだった。
「お一人ですか?」
「あ、はい。あの、奥にいる人に昨日会った者ですが・・・。」
「ああ、フランチェスコね。ちょっと待っててちょうだい」
おばさんは重い体をゆっくりと反転させると、手招きしながら、
「フランチェスコ、あなたに用があるみたいよ」
と言った。
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