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#小説
【女優とゲイと私たち】5.再会まで
行き先は、おどろくほどあっさりと決まった。まるでタイミングを待っていたかのように差し出された新しい流れに、乗ってみることにした。物理的にも心理的にも、泣きくれる時間もなければ失うものもない。
元彼の部屋を引き払う様々な後始末により、自分の引越し資金すらなくなった。せめて2ヵ月か3ヵ月程度、お金を貯めて部屋を借りるまでの間、住まわせてくれるところがほしい。あるんだろうかそんなところ。私が受け入れる
【女優とゲイと私たち】4.別れ
ルームシェアをしてみたかったのか、と聞かれたら、答えは否だ。断然、否である。知っているひとだったならまだしも、いや、知っている人でも相当好きな人か一緒にいて苦痛でない人でなければ難しいと思う。
ではどうして、見ず知らずの他人とわざわざ同居生活をする流れになったのか。
A:家がなくなったから
B:お金がなくなったから
C:選択肢がなかったから
正解は、ぜんぶ。言っていて情けなくなってきた。
【女優とゲイと私たち】3.女の園
新宿駅の東口と西武新宿駅のあいだ、大通りにはさまれた細い路地にひっそり佇む喫茶店「浪漫珈琲」。ひっそりしすぎて入り口がわかりにくい割に入るとかなりの奥行きがあり、1階は10個のテーブル席とカウンター10席、地下フロアにはゆったりとしたソファ席を大小取り揃えている。ひとつひとつのテーブルも広くどっしりとしているので窮屈感がなく居心地がいい。ひとりでふらりと立ち寄る常連のお客さんの他、昼間は打ち合わせ
もっとみる【女優とゲイと私たち】2.真夏の野外ステージ
しのぶさんを舞台で初めて観たのは、彼女と知り合う3年前のことだった。新宿の花園神社の敷地内に組まれた野外ステージ。そこで展開される現代劇を、薄っぺらい座布団が敷かれた桟敷席、ぎゅうぎゅうづめの蒸し暑さの中で観た。
しのぶさんは、海外の要人につく通訳の役を演じていた。言葉を発せず、顔色ひとつかえず、淡々と手話通訳を続けるのみ。彼女の手話はコメディだった。それっぽいのに全く違う荒唐無稽な手話アクショ
【女優とゲイと私たち】1.北風と太陽
イソップ寓話の「北風と太陽」。力比べをする北風と太陽が決着をつけるため、目の前を通りゆく旅人の「上着を脱がせたもん勝ち」という勝負に挑む。
北風は、旅人に強く風を吹きつけて上着を脱がせようとするが、旅人は凍え、よりがっちりと上着を着込んでしまう。反対に太陽は、暖かく照らして旅人を包みこみ、強い日差しに汗ばんで旅人は上着を脱ぐ。よって勝負は太陽の勝ち。力技で人を思い通りには動かせない、という比喩で