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失恋を断ち切れないまま3か月が経ち、衝動で石垣島へ逃亡した

この世にはいろんな人がいる。

いろんな人それぞれに気持ちが存在する。

恋愛とは、それぞれの気持ちが互いに向き合うことで成立する。

だが、私の経験上、双方の気持ちが向き合うことは極めて稀で、多くが一方的に気持ちを相手に向けている。
悲惨なのは、相手の気持ちがこちらに向かない限り自分の想いは永遠に一方通行で、なにかのタイミングで終わらせなければ、自ら息絶えるまで路頭に迷い続けるということだ。

はたして、なにをもって終わりにすることができるのか。
さまよった感情は、いったいどこへ向かうのだろうか。


姐さんの助言、そしてみずから失恋に終止符を打つ

彼との連絡が途絶えてから半月が経過した時点で、いよいよ失恋した気持ちに終止符を打とうと思った。
もう返事は来ないことを受け入れ、周囲からは「他の人でいいではないか」とたしなめられて、そうか、もう諦めなければならないのか、この恋は終わりを告げたのかと、そう思っていた。

会社のお姐さんと飲みに行って、酔いにまかせて失恋話をポロポロとこぼした。
現状を聞いた姐さんは、驚くべきことを口にした。

「それ、失恋にもなってなくない? そもそも始まってなくない? 私だったら、『もう連絡しない感じ?』って送っちゃう」

姐さん、めちゃくちゃメンタル強い。
私にはそんなの無理だと思ったけど、姐さん曰く「だって今、失恋したって思って落ち込んでるなら、そうやって聞いて、たとえ連絡する気ないって言われてもブロックされても、状況は今と変わらないじゃん。これ以上マイナスになることはないんだよ? だったら、返事が来たらラッキー!くらいの気持ちで連絡してみれば?」とのことだった。

確かに、姐さんの言う通りに送ったとして、決定打をうたれる可能性はあるが、もうこのまま連絡がこないで終わるんだと思っている今と、決定的に終わることと、結果的には何ら変わりない。むしろちゃんと答えがわかる分、相手の気持ちがわからないと無駄に悩む必要もないわけだし、スパッと断ち切れて潔く終わりを受け入れることができるのではないか。もうどうにでもなれ。

姐さんに言われたことを一字一句たがわずに「もう連絡しない感じ?」と送ってみた。

以前の私だったら想像もつかないような行動力だ。ダメもとで、という気持ちもあったが、それよりも彼とのつながりが1ミリでも残っていることへの期待の方が大きかった。祈るような気持ちで眠りについた。


はたして、翌日になっても返事は来なかった。数日経っても既読すらつかなかった。

ああ、もう終わりなんだ。私は失恋をしたのだ。

完璧に、心が打ちのめされた。

はっきりしてよかったと思う。姐さんはやはり人生の先輩であった。
あの時アドバイスされていなかったら、きっと前に好きになった人と同じように、決定的に通告されることもなく「あぁ、この恋は終わったのか」と自覚するまでにしばらくの時間を浪費し、サラサラと恋心が自然に消滅していく様子を眺めることしかできなかっただろう。
こうやって自分の行動をもって終わらせる方法があることを、この恋で初めて知った。

姐さんの言う通り、LINEを送る前と後で「失恋した」という状況はなにも変わらなかった。依然として癒えぬ心を抱えたまま、胃袋に酒を注ぎ込んだ。アルコールは肝臓にわたって、分解されて、おそらく排泄された。「酒に溺れる」という言葉の意味を、身をもって知る。


1週間後に来たLINEの返信

しかし、LINEを送ってから1週間後、恐ろしいことに返事がきた。

電車内でうとうとしていた時、スマホの振動で目が覚めた。寝ぼけた脳みそでかばんをまさぐってスマホを掴む。LINEの通知がいくつか表示されている。そこに、彼の名前があった。

目を疑った。来るはずのない返事が、そこにはあった。無意識の動作でLINEを開く。間違いなく、彼からのメッセージだった。

動揺した。えっ、という思いが駆け巡って、ずーんと、重いものが胸に落ちてきた。既読をつけずにメッセージを開く。書いてあることは、以前と変わらないようなことだった。

「今は仕事モードだから、落ち着いたらまた会おう」

なんで今さら返事なんてしてくるんだろう。
未読無視のまま放置してもなにも不自然ではなかった。だから私は終わったと思ったのだ。だから自分の気持ちに踏ん切りをつけて諦めたはずだった。

どうして返事なんてきてしまったのだろう。あれほど待ち望んでいた返事だったはずなのに、素直に喜べない自分がいた。
また振り出しに戻る。また前と同じように返事を待つ人生になる。不安を抱き続けることになる。それでもいいのかと自分に問うた。

ああ、私、振り回されている。彼によって感情が左右されている。
恋とは、しかし、こういうものであるはずだった。


人生はひとりで生きていた方が楽だと思う。自分の感情を自分でコントロールできるから。
他人と関わるから「私の感情」という神聖な領域が荒らされて、傷ついたり苦しんだりすることになる。だから大事な自分を守るために、他人を好きになんてならなければいいと、中学生の時に思ったのだった。

あれから10年以上が経過しても、私はなにも進歩していない。いまだにひとりでいた方が楽だと思ってしまう。
それでも彼を好きになったのは、好きな彼との進展を望むのは、振り回されてもいいと思ったからだった。感情が左右されることになろうとも、彼といることを望む自分がすでに存在してしまっている。

むしろ、他人に感情が左右されない人生など、なにがおもしろいというのだろう。他人の言動や行動に感情がかき乱されて、喜び、悲しみ、怒ることが、生きることそのものではないだろうか。
私が彼に振り回されていることは、私が生きていることの証だ。

「わかった! お仕事落ち着いたら連絡して」

お手本の定型文のような返事を送る。
当然のように、彼から連絡が来ることはない。


失恋の終わらせ方がわからない

夏が過ぎ、秋が訪れる。
私の心は取り残されたまま、なにも変わっていない。

ルミネ広告

恋が終わるのなら、せめて夏がいい。

かつて見かけた広告のキャッチコピーは私の心を励ました。

彼を好きになって1か月が経過し、2か月が経過してもなお、気持ちが冷めることはなかった。未練と呼んでいいのだろうか。付き合うこともできなかった人に何か月も片思いし続けるなんて、今までの自分から考えて正常ではないことはわかっていた。
でも、断ち切り方がわからない。人は決定的ななにかをもって恋を断ち切るのだろうか。どうしたら彼を好きでなくなることができるのか。どうしたらこんなに苦しまなくて済むのだろうか。 


失恋を受け入れるにあたり、彼のように素晴らしい人はこの世に2人といないし、もう二度と人を好きになることなどないかもしれないという恐怖が襲った。絶望という言葉がぴったりなほど打ちひしがれていた私には、彼以上の存在などあり得なくて、それくらい狭い視野で、むしろ彼以外の視野を必要としないほど夢中になっていた。
もう他の誰かと出会いたいなんて思わなかった。彼でなければ意味がなかった。

思い出が美化されているのかもしれない。たった一度しか会ったことがないから、彼の知らないことの方がたくさんあるはずで、彼の一部を見て猛烈に惹かれているだけなのかもしれない。
でもそれでもよかった。「彼のすべてを知ったとしてもきっと愛する」という根拠のない自信があった。当時の私は自分を信じて疑わなかった。

彼を好きでいる自分がすべてだった。それだけが存在していれば問題なかった。そのうえで彼に愛されたならば、私はほとんど完璧であったと錯覚したかもしれない。ある意味、私を目覚めさせてくれたという点で、彼に好かれなかったことを前向きに受け止めるべきだった。


11月の冷たい風が頬をかすめ、身震いしながら街路樹の落葉を眺める。
木々は自身の終わりを受け入れて葉を枯らしているというのに、私はまだ夏に置き忘れた恋心を引きずって、いつまでも終わりを受け入れることができないでいた。


失恋、過労、そして石垣島へ逃亡

どうしようもないくらいに失恋をこじらせた3か月の間、ちょうど仕事が多忙な時期と重なった。
幸い、仕事をしている間は彼のことを考えないで済んだからある意味では助かったのだが、ほとんど終電で帰宅する日々が1か月近く続いた頃には精神の限界を感じていた。

なにかを考えるような余裕がなかった。
疲弊した体を会社まで引きずり、深夜まで労働し、終電に駆け込んで家まで体を届けることの繰り返し。
そこに正常な判断力は存在せず、健康な心は失われ、抜け殻のようになって布団に横たえた体は、朝日を浴びると再び会社へ連行される。
目をつむっている間に、どうか遠くへ連れて行ってくれとばかり願っていた。

どこでもいい。どこか遠くへ行ってひとりになりたい。
だれもいないところで、なにもない場所で、なにもしないでただぼーっとしていたい。
そして、彼に対する自分の気持ちを整理するための時間がほしい。

深夜2時。失恋で荒んだ心と、過労で鈍った思考力によって導き出されたのは、南の島――。

瞬間、衝動的にスマホを掴んでいた。
飛行機の空き状況を確認し、仕事の予定など考えずに4日間の日程でホテルを予約した。
細かいプランなどなにも考えていなかった。「たったひとりで南の島に行く」ということ以外、他になにもいらない。
ものの数分で、1か月後に石垣島にいる未来が手に入った。便利な時代になったものだと感心する。現代に感謝。


そして未曽有の2020年もいよいよ終焉を迎えようとしていた12月上旬、私は石垣島へ逃亡した。


<つづく>

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