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人生で二度目の恋をした。聡明すぎる彼に魅了され、劣等感にさいなまれた夜

それは唐突な出来事だった。

知り合って1週間後にはすでに恋に落ちていた。4年間も失っていた「好き」という感覚を、たった一人の青年が鮮やかに蘇らせた。
「あっ」と思った時にはもう手遅れ。私は彼に恋をした。


アプリで出会い、初めての電話で5時間話し続けた

はじまりはマッチングアプリだった。
「いいね」をくれた人のプロフィールを黙々と読んでいると、気になるワードがあった。

「京都にある大学院で変な人たちに囲まれて勉強してきました」

無類の変人好きである私は、このワードにアンテナが反応した。
京都の変な人がいる大学なんて、京都大学しか思い浮かばない(私が知らないだけかもしれないが)。変な人って、どんな人がいたのだろう? 
そして、プロフィールの文章力がすごい。人に興味を抱かせる工夫が随所に散りばめられている。言葉のセンスに魅力を感じる。
返事をして、メッセージのやりとりを始めた。

いざ会話を始めてみると、予想通り、非常に語彙力の豊富な人だった。魅力的な言葉遣いは読んでいて感嘆するものがあったし、おもしろがって欲しいところをちゃんと拾ってくれて、ドストライクなツッコミで返してくれる。話術の巧みな人だった。

余談だが、私は芸人のラジオや深夜のバラエティ番組をよく見るようなお笑い好きで、人との会話にも笑いのセンスを求めてしまうことがある。基本的にボケがちな性格のため、的確にツッコんでくれる人がいると嬉しくなってしまう。
彼は、関西出身ということもあったのだろうか、ツッコミひとつとっても秀逸で、予想だにしない角度からのツッコミに声を出して笑うこともしばしばだった。

会話のテンポが尋常じゃなく良い。他にも数人とメッセージをやりとりしていたが、彼との会話が一番楽しく、返信を待ち遠しいと感じた。

やりとりを始めて1週間が経った頃、「普段、自分からこんなこと言わないんですけど、電話しませんか?」と言われた。
快諾し、金曜日の22時から始まった電話は、翌日の3時に終わった。

この時点で、普通ではないと感じていた。初めてしゃべった人と5時間も話し続けられるなんて、今まで経験したことがない。
だから「明日、会いませんか?」と言われた時、素直に会いたいと思った。


初対面の日、居酒屋を三軒はしごした話

18時に駅の改札前で待ち合わせをした。
互いを見つけるのにてこずりながらも、紺色のワンピースをたよりに彼は私を見つけ出した。
マスクからは若干の疲労がうかがえる、くぼんだ目元がのぞいた。目鼻立ちのくっきりとした彫りの深さがわかる。のちにマスクを外した顔を見て「EXITの兼近に似ている」と思った。自分は面食いではないと断固として主張し続けてきたが、彼を見ていると確信が揺らいだ。きれいな顔だと思った。
横に並んで歩きだすと、背丈はそこまで大きくないように感じる。歩く速度が速い。スマホの地図を見ずに目的の店までずんずん歩みを進めるものだから、不思議がって眺めていると「なぜか昔から、感覚的に北がわかるんです」と言った。変わった人だと思った。

ご飯を食べながら、たくさん話をした。
話していて真っ先に感じたのは、「頭がいい」ということだった。実際、彼は京都大学の大学院を卒業した人で、勢いのあるベンチャー企業のエンジニアとして4月から働き始めたばかりだという。歳は私のひとつ上。

あまりにも頭が良すぎて、彼の言っていることを100%は理解できなかった。何気ない会話の中に突然、学術的な理論が引用され「〇〇って知ってる?」という問いのすべてに「知らない」とくり返す私に対し、彼は真摯に説明してくれた。
決して、嫌味で言っているのではない。キラキラと瞳を輝かせながら、いかにも楽しい発見をしたという風に嬉々として話している。
そんな彼の思考力に、明らかに自分の頭脳が追い付いていないと感じた。そのことを正直に伝えると、「相手が理解できるように説明できない自分がいけない」と自らを責めた。できすぎた人だと思った。

もうひとつ、彼ができすぎていると感じたのは、人を否定しない考え方をすることだった。
私が「成功した実業家の本を読んで簡単に感化されて、その人を信仰してセミナーとか行っちゃう人は、自分の軸がないように感じるから苦手」というと、彼は「でも、少なくとも『この人を信仰する』という判断力を持っている人だよ」と言った。
彼は安易に批判に便乗したりしなかった。揶揄して笑いものにしようとしないで、人間の存在を擁護した。私は自分がひどく醜い生き物のように感じて、自己嫌悪した。

彼は人間が好きだと言った。人が好きだから、人と話すことを楽しんでいる人だった。質問の仕方がうまい。何度も「なんで?」「どうしてそう思うの?」と質問を繰り返し、思想の根源を探ろうとした。深堀りし続けた最後には「だからそういう考えに至ったんだね」と言って、自分の考えを述べた。人間を観察対象としているかのように、好奇心に満ち溢れた目で対話をする人だった。

私たちは混沌とした下町の飲み屋街を軽快に渡り歩いた。歩行速度の速い彼の背を追って雑踏をすり抜けていると、どこか未知の世界へ導かれているような感覚になった。楽しい。ワクワクする。

結局、三軒の飲み屋をはしごしたのち、終電で帰宅した。


彼の聡明さに劣等感を抱いた夜

夢のような夜だった。
家についても二軒目に飲んだ日本酒がまだ残っていて、頭がぐわんぐわんしていた。現実と夢の境界があいまいなまま、彼との会話を思い返していた。

三軒目は延々とウーロン茶を飲み続けていた。彼は「無理しないでね」と言って、背筋を正して座ることもままならない私を心配してくれた。
正直、最後の店では何を話したかほとんど覚えていない。唯一覚えているのは、彼が仕事にしているプログラミング言語について説明された際、「プログラミングは言葉だから、言葉が好きなあなたはエンジニアに向いているのに。人生の道を間違えましたね!」と楽しそうに話している彼を鼻で笑いながら、内心「私は自分の人生の選択を間違えたとは微塵も思わない」とはっきりと自覚したことだった。

ベッドに倒れ込みながら寝たり覚めたりを繰り返している中で、今の自分の感情を吐露しようとそばにあったスマホを手繰り寄せ、メールの新規作成に文章を書きこんだ。

※実際に書いた文章が残っていたので、恥を忍んで転載しておきます。

7月26日(日) 5:17
頭のいい人だった。聡明で、論理的で、分析的で、話の内容も話し方も質問の仕方も、すべてが賢い。びっくりするくらいに。賢すぎて、私は釣り合わないと思った。

あの人といると、自分が惨めに思えてくる。彼ほどの頭脳を持ち合わせていないことに、彼の話を100%理解できないことに、自分がいかに卑小で愚弄でゴミ屑であるかを思い知らされて、どうしようもない劣等感を抱いた。

終始、先生と話しているようだった。頭が良すぎて、ずっと教えを聞かされているような感覚がした。
私は昔から先生を好きになる体質だったし、それは先生が賢いからで、私に物事を教えてくれるからで、尊敬しているから好きになったんだと思う。
でも実際に先生と1対1で話したら、こんな感情になるのだと知った。

とても居心地がいいとは思えなかった。彼と対峙する時間は、自己嫌悪に陥る時間だった。彼が賢ければ賢いほど、賢くない自分が嫌いになる。

おもしろい人ではある。話もおもしろいし、ちょっと奇妙で興味はあるし、趣味的なものも合うから話しづらいことはない。

でもずっと、恒常的に、見下されてる感覚はあった気がする。決して、彼はそんなつもりはないのだと思う。卑しさは感じられなかった。ただ、無自覚にきっと私を見下して、いや、そうではないか。でも、明らかにレベルがあっていないことに気づいてはいたと思う。

プライドが高い人というのが、私は嫌いだった。誇りに思うのは素晴らしいことだけど、自分を持ち上げることで他人を蔑む人が嫌いだった。

彼がそうであるかはわからない。そんな気は、少しするくらい。精神的に超越していて、彼はプライドの高さを克服したのだそうだ。

でも、それって本当に克服できた? したように見えて、根本は変わってないんじゃないの?

そんな猜疑心が充満していた。
7月26日(日) 7:04
触れたいと思った。それも事実だった。
千鳥足で歩く背中に手が回された時、あれは酔っ払っていたのでよく覚えていないが、あ、触られてると思った。それが嬉しかったのかはよくわからない。でも、私が触れたいと思った。
腕につかまりたいとか、肩にもたれかかりたいとか、髪に触れたいとか。私から湧き上がった感情があった。

好きなのか嫌いなのか、正直わからない。
彼に対して抱いた感想としては、
・賢い
・兼近に似ている
・オーダーが早い
・声が通る
・滑舌がいい
・背が低い
・服は黒いが所々赤い
・目がでかい
くらいかな。結構あった。


それは恋だと気づいた

冷静になって考えてみると、私と彼は知能のレベルが明らかに合っていない。日本語をしゃべっているのに、言っていることがわからないことがあった。あんな経験は初めてだった。今まで出会った人間の中で、教授を除いて一番頭がいいと感じた。
すると、彼の言っていることが理解できない自分に対し、劣等感を抱き始めた。あまりに彼ができすぎていて、対照的に自分の愚かさが浮き彫りになる。彼と向き合っている時間は、自分を嫌いになる時間。一緒にいるべきではないのだろうということはわかっている。

わかっているのに、気になってしょうがない。

彼と会った日から1週間、ずっと感じ続けていたのは「かき乱される」という感覚だった。
心がかき乱されていた。あの日のことを反芻しすぎて、何をしても手につかない。仕事に集中できない。生きている心地がしない。

なぜだろう、彼が頭から離れない。彼のことを思い出すと、胸がドキドキする。楽しかったな。また会いたい。会って、話したい。あんなに劣等感を抱いたはずなのに、懲りずにまた会いたいだなんて思っている私はバカだ。でも、どうしようもなく会いたいんだ。

どうしてこんなに会いたいのだろうか。こんな感覚は他の人たちには感じなかったことだった。かつて好きになった人を除いて――

そして、はたと気づく。

「あっ、私、恋をしたのかもしれない」


<つづく>

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