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#59. 日本語に無い未知との遭遇


外国語を学びはじめる動機として「音がキレイだから」というのはよく聞く話だが、「音が気持ち悪いからこの言語はやりたくない」という文句は斬新である。

今月からスペイン語を勉強してみることにした。英語とも関連の深い言語なので、スペイン語についてよく知ることは、英語の知見を深めることにもつながっていく(このあたりについては、また回を改めて説明したい)。

手はじめに、英語とスペイン語の関係について書かれている、『スペイン語とともに考える英語のラテン語彙の世界』を購入し読んでいたのだが、

目を通しはじめてわずか数ページのところで飛び込んできた、「はじめに」のある部分に、思わず笑ってしまった。

なんでも、この本の著者の山中は、大学で第二外国語としてフランス語を履修したようなのだが、まじめに勉強していてもどうも、この言語を好きになれなかったらしい。

その理由を丁寧に 4 つ挙げているのだが、それがどれも酷評でとても面白いのだ。以下に一番最初の理由だけひとつ引用する:

あの蓄膿症のような発音が気持ち悪かった。きれいでいいというのが大方の印象のようだが。「オ」と「エ」の間のような変な母音が気持ち悪い。r の発音が変。英語の巻き舌音でもない。むしろ /g/ に近い感じである。

と、のっけからボロクソ言っている。

(※ちなみに自分の名誉のために言っておきますが、ぼくはフランス語の発音とても好きですよ)

個人的に、この手のまじめな書籍の中で、大学の教授がある言語の発音について、蓄膿症のようで気持ち悪いとまで書くのがとても驚きだった。よほど気に食わなかったのだろう。

たしかに、フランス語の最大の特徴の一つは、あの「鼻から抜けるような音」にあるのは間違いない(下の動画を参照)。

最大の特徴であるがゆえに、フランス語について語るとき、この部分がネタにされることも少なくない。

次の動画では、アメリカ人のコメディアン Elon Gold が、ふたりのフランス人が話しているのを聞くといつも「お互いをバカにしあっているように聞こえる」と言い笑いを誘っている(1:15~)。

(※ちなみに、フランス語の前に、ロシア語は「英語を逆再生しているように聞こえる」とか、日本語は「間違ってスプーンを入れてしまったときにミキサーが立てる音と似ている」と言っていてどれも非常に面白い)

そして、山中の言う、フランス語の「『オ』と『エ』の間のような変な母音」「 r の発音」については、次のフランス語 sœur で一気に確認することができる。

ここに含まれる œ が、日本語はもちろん英語にもない母音なので、フランス語学習者にはいくぶんとっつきにくく(また人によっては気持ち悪いと)感じるのかもしれない。

r の音も、英語のそれのように舌を後ろに引っ込めて出すこもった音ではなく、なんというか、おじさんが痰を出す前の「溜め」で出すような「ハッ」という音を喉奥で鳴らす。

山中はこの後も、フランス語を好きになれなかった理由の 2 つ目として、「数の数え方が変態的(?)」とまで書いたり、遠慮の「え」の字もない物言いだが、

いずれにしても、新しい言語を学ぶとき、自分の母語や、いままで触れてきた外国語とは違う部分が違和感として感じられるのは、外国語をやったことのある人ならば、だれしも経験のあることだろう。

ただ、山中自身も自分の嫌悪感とは別に「[フランス語の発音は]きれいでいいというのが大方の印象のようだが」と書いているし、あれだけ小バカにしていた Elon Gold も、前置きとして "They say that French is a beautiful romantic language" と言っているように、

ある人にとっては気持ちの悪い発音でも、他の人にとっては美しく聞こえるということはよくあることである。

他人の好き嫌いについてとやかく言う権利はだれにもないが、個人的にはどんな外国語の音だろうと、「嫌な発音だ」と思うよりも「美しい発音だな」と感じた方が平和的だと思うので、

たとえ最初は、日本語には無い音がたくさん含まれていて違和感満載だったとしても、そこに魅力を見出せるように努めている。

それに、自分の言語には無い音を聞き分けたり、自分で発音できるようになるのは一種の快感である。

英語で言えば、f, l, r, v, th など、日本語には無い音を使って英語を話すのは、はじめこそ練習が必要かもしれないが、いつしかそれらがしっかり発音できるようになったとき、英語を話している自分は、日本語を話す自分とは違う人間であるような感覚がして、そこはかとなく気分がいい。

常に私服だった学生時代に、冠婚葬祭などの機会でたまにスーツを着ると、いつもとは違う自分な気がして高まったあの感覚に近い。

自分の操れる外国語を一つ増やすことは、普段着、スーツ、ジャージという風に自分の装いを一つ、また一つと増やしていくような行為なのかもしれない。

そういうわけで、スペイン語も日本語と違う言語である以上、違和感のある音や、とっつきにくい音と出遭うのはもはや回避できない事実だが、

いつかそれらの音をキレイに発音しつつ、スペイン人の友だちと向こうでサングリアを飲む「新しい自分」を夢に見ながら、しばらくはこの西の言語と付き合っていこうと思う。


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